1507年 ぼかし肥料と商人
「冬の間に出来ること……農書によれば肥料づくりじゃな。米ぬかと菜種の絞り粕、そして牡蠣貝の殻を粉末にした物が様々な作物の基礎となる肥料になると書かれているのぉ」
「ぼかし肥料ですね。米ぬかをそのまま畑に撒くよりも作物の収穫量を上げる効果があるとか……特に米と相性が良い肥料ですね」
「そうじゃ! 他の肥料は量を集めるのは難しいのじゃが、米ぬかも菜種の絞り粕も領内で集める事は容易い。そして貝殻は商人に頼んで集めようと思えばほぼタダで集められるのじゃ!」
「まぁその商人が居ないので、当分私が材料を集める必要がありますがね」
「むむ……すまぬ」
「まぁそこまで気にしてませんがね!」
私は庭に材料を置く。
ビニールシートの上に米ぬか10キロ、菜種の絞り粕3キロ、貝殻由来の石灰3キロ、失敗しないために今回は追加で発酵を助ける菌床を少々と水を入れた桶1杯。
他の人達も興味津々に様子を伺う。
「まず農書によればこれらの材料を混ぜる。そして水を少しずつ加えていく……(世鬼)政時、ワシが混ぜるから水を少しずつ加えてくれ」
「分かりました」
松寿丸様と私が手で材料を混ぜながら政時が少しずつ水を加えていく。
それを繰り返すこと10回ほど。
少しずつ水分が染みてきてダマになってきた。
「農書によると握った時に少し固まるくらいが良いらしいのじゃ。うん、触ると崩れるこれくらいで良いじゃろうな」
続いて袋に混ぜたぼかし肥料の元を入れていく。
今回は米ぬかを入れていた紙袋がまた使えそうだったので、その袋に全て入れて口を縛る。
これを何度か繰り返して作り、今回は5袋ほど作った。
「1袋でどれくらいの田畑の肥料として使えるのです?」
「1反当たり1袋から1袋半ほど土に混ぜると良いらしいのじゃ。投入する時期は田植えの数週間前じゃ」
「ちなみにこのぼかし肥料ができるのにどれぐらい時間がかかるのです?」
「農書によると60日発酵で7日乾燥すれば完成じゃ。あと日光に当たる場所や雨の当たる場所も良くないらしいから、今日作った肥料はビニールシート? この青いツルツルしている敷物に包んで床下に保存しておくのじゃ」
「これならば農民も間違うことが無いでしょうね」
「失敗するかもしれないから多く作ったが、できると良いのぉ」
そんな会話をしてぼかし肥料作りは終わるのだった。
ある日、志道様が商人の方々を連れてきた。
「我も取引したことのある商人達だ」
「失礼ながら乞食同然の生活をしている若様が支払える物があるとは思いませんが……金を貸してくれは辞めてください。我々この度の毛利家出兵で多くの資金を貸しましたし、井上様が関所の税を上げたために困窮しているのです」
商人達も困りきっていたが、今回の話はそうではなく、未来から持ってきた物を借金返済に充てて、今後の繋がりを得ようということであった。
「なに、商人達に損はさせん。借金の返済として売れそうな物を見繕ってきた……例えばこれなんかどうじゃ?」
松寿丸様があばら屋の床下から箱を取り出し、中には雑貨屋で買った色付きの茶碗が5枚入っていた。
「城の宝物庫にあったのだが、父上の死の際の混乱で紛失していた物をワシが発見し、井上元盛に見つかる前に持ってきた。おそらく父上が大内様に従属した時に贈られた大陸由来の物であると思うが……」
商人達は各々触り始める。
わざと同じ柄と大きさの茶碗(どんぶり茶碗)にはしないように松寿丸様に言われていたが、均一の作りで美しいながら、同じ作りをしているので同一の職人が焼いたと誤解させる。
そして茶碗のベースとなっている乳白色も日ノ本では作れず、唐由来(大陸由来)である証明となる。
「まだあるぞ……この茸はどうじゃ?」
松寿丸様が出したのは私がネットで買ってきた訳あり干し椎茸1キロを籠に移し替えて見せた。
「まさかこれは……椎茸ですか!」
「そうじゃ。ワシの部下が群生地を見つけてのぉ……来年からはもっと椎茸を用意することができるかもしれんが……まだ足りぬか? そうかそうか。ならばこれじゃな」
商人達は唖然として言われていないが松寿丸様は追い討ちで床下から壺を取り出す。
「中身を舐めてみるのじゃ」
そう言われて商人達は中身を舐めると
「あ、甘い!」
「これは……蜂蜜!?」
「養蜂の技術も有ってのぉ……来年からは更に採れると思うのじゃが……幾ら付ける?」
5人いた商人達は直ぐに話し合いを始める。
「ワシとしてはこれだけでも兄上(毛利興元)が借りた500貫に足りうる金額じゃとワシは思っておるが……どうじゃ?」
戦国時代中期……まだ勘合貿易が続いていた為1文10円、1貫1000文として、現代換算で500万円……それが1000円も満たない茶碗5枚、1500円の訳あり干し椎茸1キロ、1キロ1000円の輸入蜂蜜5キロの未来では1万5000円にも満たない金額で支払ってしまおうとしていたのだ。
とんだ詐欺であるが、それを突っ込める商人はこの場に居ない。
そもそも領主がした借金は殆どが踏み倒されて終わりな為にこうやって返す気があるだけで商人の信用を得ることができる。
それに現物があることで来年は販路を確立して商品を他の商人に卸す事もできる。
しかも、毛利領は大内領内にも近く、大内家は現在日ノ本1の金持ち大名であり、商業圏に連結するだけでも莫大な富が流れてくるのである。
椎茸と蜂蜜で十二分に毛利家を苦しめている貧乏からある程度脱却することも可能だ。
「ただしこれは井上元盛にバレてしまったらワシも何されるか分かった物ではない。貴様ら商人達は(志道)広良から信用できると思われて呼ばれた者達じゃ。末永く利益を得たいならば元盛にバレないように動いてくれ。今回は借金の返済として譲るが、来年からは相応の金額を頼むぞ」
「「「「「は、ははぁ!」」」」」
商人達が居なくなるのを見て
「どうじゃワシの演技は? 広良!」
「お見事でございます。いやぁああ言われれば商人達も我らを粗雑に扱うことはできぬでしょうや」
「そうじゃろそうじゃろ!」
「しかし、未来では1貫と少しの金額で500貫の借金を返済してしまうとは! 詐欺ですね!」
「詐欺とは彩乃酷いのぉ。互いに得のある契約じゃぞ」
「そうですね」
「じゃが、とりあえずやるべきことは決まったのぉ」
「養蜂と椎茸栽培ですか」
「そうじゃ! 来年はこの2つを主に行っていく。付近の村の者にも協力してもらわねばならんのぉ」
「そうですな。何で釣りましょうや」
「農民達の餌は考えておる。広良、(井上)俊秀、俊久、杉殿、(世鬼)政時、皆協力を頼むぞ」
「「「おう!」」」




