1507年 あばら屋生活開始
年が変わり1507年(永正4年)、松寿丸様はすくすくと成長し、1年で、国語だけなら小学6年生までの漢字や文章の読み書きが出来るようになっていた。
算数に関しても九九の掛け算は覚え、現在は算盤を使った2桁掛ける2桁の計算を勉強中である。
「井上元盛の言う古臭い計算よりも未来の算術の方が素早く計算できる。それにこの算盤の決まりを覚えてしまえば色々な計算が素早く出来て便利じゃな」
「次は割り算を覚えれば小学生で習う算数は完璧ですよ」
「ほほう! そうなのか! いや算盤が無くても筆算で計算することも出来るが、そのうち暗算でも出来るようにならねばならんな」
「アラビア数字には慣れましたか?」
「バッチリじゃ。未来の教科書に書かれている数字もこれで読むことができるのじゃ!」
「では今日から家庭科という授業を覚えましょうか」
「家庭科?」
「前から度々言っていた食事の栄養とかを学ぶ学問です」
「ほほう! なるほどのぉ……」
「実際に料理をするので未来の道具で覚えて、戦国の世でも出来るようにしていきましょう」
「うむ! そうじゃな!」
また勉強ばかりでは辛いと思ったので、私は息抜きとしてここまで勉強できたら漫画や料理を買ってきますよというご褒美を用意するようになると、松寿丸様の学習意欲は更に高まり、スルスルと頭に入っていくのだった。
松寿丸様が頑張っている間に私も将来戦国の世で出来そうな事を纏めたノートや動画等を参考にした技術ノートを纏め、将来についての勉強をするのだった。
あと私自身の勉強として中国語の勉強を初め、中国語を扱えるようになれば戦国の世でも役立つのでは無いかと中国語の教材を買って勉強したりするのであった。
そうこうしていると京で細川政元が暗殺されたという情報が毛利領内にも入ってきて、松寿丸様の兄で毛利家当主幸千代丸様が元服し、毛利興元に改名したが、興の字は大内家当主大内義興の偏諱であり、大内家が上洛をするので毛利家も兵700を率いて参陣しろという要請に頭を抱えていた。
前にも言ったが現在の毛利家の最大動員数は1000名であり、そこから700名もの兵を抜いた場合領地の維持はおろか、他の国人からの防衛も成り立たない為に遠征として連れていける数は300名が限界であった。
毛利興元はその事を大内義興に伝えると、大内義興から兵を減らす代わりにその分の軍需物資と金は出せと言われ、ただでさえ貧乏な毛利家にはその様な資金は無く、各所から借金をしてどうにかこうにか軍需物資と資金を集めることになったが、負担は領民にのしかかった。
しかしなんとか兵と物資と資金を集めた毛利興元は重臣達の多くを率いて大内軍と合流し、京へと上洛していくのであった。
毛利興元と重臣が居なくなると井上元盛は更に横柄な態度を取り始め、勝手に追加の徴税を行ったり、関所の金額をつり上げたりし、それを松寿丸様が怒ったら、城を追い出されてあばら屋に幽閉されてしまうことになるのだった。
ちなみに理由は不当に家臣を疑った為に城主としての器量に疑問がある為、器量が成長するまで井上元盛が代わって猿掛城及び周辺領地を管理するという流れであった。
井上元盛はこの時杉殿を娶る事を計画していたが、私が井上元盛が松寿丸様を幽閉しようとする動きありと伝えたところ、杉殿は松寿丸様があばら屋に押し込められたその日のうちに、猿掛城から退去してあばら屋にて寝泊まりするようになるのだった。
井上元盛は杉殿を口説こうとするが
「私の旦那は毛利弘元様ただ1人、そして毛利弘元様より遺児の松寿丸様を我が子の様に扱い、立派に育てて欲しいという遺言もある。私を旦那様の遺言を破るような薄情な女にする気ですか? それに松寿丸様の器量を育てるためには支えてあげる人が必要じゃなくて?」
と正論で返されてしまい、井上元盛の杉殿を娶る計画は破綻するのであった。
そして井上元盛が松寿丸様に対して興味を失ったのを確認後、私はあばら屋に向かい、あばら屋の床に畳を敷いたり、未来に隠していた寝具類や教材等をあばら屋に移動するのだった。
「彩乃、ワシが猿掛城から追い出されるのも未来では有名な話なのか?」
「はい、そしてこの苦しい経験を得て松寿丸様の器量が大きく成長することになるのですよ」
「彩乃がいるお陰で苦しくは無さそうであるがな……領民には苦労をかけるのが心苦しい……」
「その分未来で優しくしてあげましょう。井上元盛が圧政をする分だけ松寿丸様が領主に戻った際に善政が際立ち、領民も松寿丸様に従うようになるのですよ」
「そうなるように努力せねばな……」
そしてそんな松寿丸様に味方する者も現れる。
「親族の元盛がこの様な暴挙に出てしまい誠に申し訳ござらん」
「我ら2人が元盛に虚偽の報告をしますので松寿丸様は自由に過ごしてくだされ」
史実でも松寿丸様を支えたとされる井上俊久、井上俊秀の若武者2人は井上元盛から松寿丸様の監視を言い渡されていたが、志道広良様の根回しにより既に懐柔されていた事と、志道様から私と事前に会合し、その時に未来の食材で作った鍋を食べさせたところ、美味さに感動して、松寿丸様の手足となって働けば、役得としてこれに匹敵する料理を毎日食べられると言ったら味方になってくれた。
もともと井上元盛と仲が良くなかったのもあるらしいが……。
それに志道様は念入りに松寿丸様の影武者を用意し、松寿丸様が武芸鍛錬で居ない時を万が一他の井上元盛の部下に見られても蟄居中であると分かるようにしていた。
「いやはや、松寿丸様、根回しに時間がかかってしまい申し訳ございません」
「いや、広良のお陰で自由に動くことのできる。助かるぞ」
「影武者になりますが孤児故に名前がございませんが、松寿丸様と一緒に育ては将来の手足になるかと……名前を付けてやってくだされ」
「ふむそうじゃな……ちなみに何処の生まれじゃ?」
松寿丸様が孤児に聞くと
「世鬼の村で育ちました……」
とか細く答えた。
「ふむ、なら世鬼政時と名乗るが良い。なに、ワシの下に居れば面白いことを沢山できるぞ!」
「は、はい!」
こうして松寿丸様のあばら屋生活が始まるのであった。




