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3 修道女は愚痴る

 フローラにも結婚に憧れた時期はあった。聖女になったら貴族と結婚できて、なんでも好きなものが食べられるんだと聞いてワクワクしたこともある。大聖女になったら王子様と結婚するのだという話も聞いて、当時聖女見習いだった仲間たちときゃあきゃあ言い合った日もあった。


 王子様に見初められて、お姫様みたいな綺麗なドレスを着て結婚式を挙げ、キラキラしたお城に住む。そんな幻想を抱いたことだって、なくはない。


 だけどそんな夢はすぐに消え去った。


 聖女たちが過ごしている教会は、修道院と隣接している。寝起きする棟は違うものの共用の場所は多く、毎日修道女とも交流する。所属する組織は違い、それぞれにルールはあるが、お隣さん同士助け合いながら一緒に生活しているようなものだといってもいい。


 そんな修道院にはいろんな事情を抱えた女性たちがいる。

 そう、修道院には、いろんな、本当にいろんな事情を抱えた女性たちが集まっているのだ。


 もちろん、特に問題があったわけではなく、神に仕えることを目指して自ら望んで修道女の道を選んだ人もいる。もしくは聖女見習いだったものの聖女にはなれずに修道女になった、そんな女性もいる。


 だけど強制的に送られてきた人や、逃げてきた女性も少なくない。それが修道院だ。


 フローラは話しかけやすいオーラでも出しているのか、洗濯をしていたり、掃除をしているときなどに修道女からもよく話しかけられた。仲良くなるにつれて、彼女たちはいろんな話をしてくれた。



 まだ大聖女になる前のある日、フローラは修道女三人と一緒に裏庭の雑草を抜いていた。フローラから見るとずっと年上だが、まだ若い修道女たちだ。


 三人のうちの一人、ヨハンナはここにきて間もないという。残りの二人、アマーリアとクラウディアともあまり話したことがなかったらしい。


「あなたはどうして修道院に来たの?」


 アマーリアがヨハンナに事情を聞いた。

 フローラは撒いた種から出た芽を取らないように、雑草だけをつまみながら耳を傾ける。彼女たちはまるで不幸自慢をするかのように、ここに来た経緯を語った。



ケース1:元子爵家嫡男の夫人アマーリアの場合


「人に聞く前に自分が先に話すべきよね。私がここに来たのは、もう十年以上前になるわ」


 優し気な印象のアマーリアは、三人の中では一番年上だ。おそらく三十代半ばといったところだろう。ヨハンナが話しやすいようにと気を使ったのか、ゆっくりと、まず自分の話を始めた。


「お父様が決めた相手だったのよ。政略結婚ではあるけれど、結婚前に会った時は優しい言葉を掛けてくれて、紳士的だった。いつも私を尊重してくれて、優しい人なんだと思った。当時はこの人と結婚できる私は幸運だとまで思ったわ。当時はそれなりに女性から人気もある人だったしね」


 家の繋がりで結婚が決められたアマーリアは、これからの幸せな生活に胸を躍らせていたという。だけど実際に嫁いでみると、夫となった人はその優しかったはずの顔を豹変させ、アマーリアをぞんざいに扱った。


「いつの間にか、彼は私が思い通りに動かないと殴ってくるようになったわ。それでも私は彼の気に入らないことをしてしまったのだと思って、なんとか耐えていたの。優しい日もあったしね」

「殴る人に優しいもなにもないでしょう」


 クラウディアが怒っているような呆れているような、そんな声を出す。


「今ならそう思うんだけど、当時はわからなかったのよ。殴られた次の日にはごめん痛かったよなって謝ってくれて。本当は優しい人なんだって、そのたびに信じたの。私が馬鹿だった」

「馬鹿って、そんなことないわ。殴る方が悪いに決まってる!」

「そうね。それで、ある日よほど腹に据えかねたことでもあったんでしょうね、その日は殴る蹴るで大変だった。殺されるんだと思ったわ」


 意識を失ったアマーリアが目を覚ますと、夫だった人はいつものように謝ってきたのだという。


「そんなつもりじゃなかった、すまなかった、君のことが大好きだって言われたのよ」

「殺しかけておいて、それはひどすぎますわ」

「呆れてものも言えないわね。大好きならなんで殴ったり蹴ったりするのかしら」

「私もようやくおかしいって気が付いたの。次があったらきっと本当に殺される。そう思って、身体が動くようになってすぐに彼の留守を狙って、なんとか逃げてきたのよ」


 その後しばらく、アマーリアの元夫は修道院に何度も乗り込んできたのだという。修道院はそんな女性を守るための場所でもあるので、護衛もいる。当然追い返され、アマーリアと会うことはない。彼女への仕打ちも徐々に広がって、子爵家からは勘当されたらしい。

 子爵家からは謝罪とともに充分な賠償金を払うと約束されたそうだが、それでもアマーリアはここを出るつもりはないという。


「そのお金は教会に寄付していただいているの。だから私も教会で、ある程度やりたいことがやれるのよ」


 ふふふ、とアマーリアは笑った。



ケース2:元次期伯爵夫人ヨハンナの場合


「わたくしの場合、暴力を振るってくる人ではなかったのはまだ幸いでしたわ。アマーリアさんみたいに命からがら逃げてきたってわけではないもの」


 修道女にもランクがあって、新参者のヨハンナは見習いとわかる薄いグレーの服を着ている。


「それならどうして修道院に?」

「心が折れてしまったの」


 ヨハンナは伯爵家に嫁いで約五年。最初は優しい夫だったが、子ができないことを理由に次第にヨハンナを罵るようになったという。


「なんでも私のせいにされるようになったの。家の中で何か問題が起こったときはもちろん、夫の仕事が上手くいかなかったときも、お前の選んだブローチが良くなかったとかなんだとかって」

「それってあなたのせいではないじゃない」

「完全に八つ当たりですよね。そもそも彼は私との結婚を望んでなかったんですって。地味で可愛げがない、少しは俺の好みに合わせる努力をしろっていつものように言われたわ」


 そう言いつつ、彼の好みに合いそうなものを身に着けたところで鼻で笑われるだけだったという。


「子も産めない役立たずを置いてやってるんだからありがたく思えって。それなら離縁しましょうって言ったけれど、それは受け入れてもらえなかった」

「どうして?」

「世間体が悪いって。あとは私の実家からの補助が惜しかったのでしょうね。離縁しないでやるのは俺の優しさとでも思っているようだったわ。彼の中では全て私が悪なのよ。それで私も生きている意味がわからなくなってきてしまって……」


 毎日罵られ続け、精神的にボロボロだったときに伯爵家の貢献活動のひとつとして寄付金を納めにこの修道院にきて、修道女と話したときに視界が開けたのだという。


「そのままここに飛び込んじゃった」

「そのまま修道院に?」

「そう。幸いにもいままでに寄付金を納めていたから、じゃあ気持ちが落ち着くまでこちらで過ごしてみましょうか、って受け入れてくれたの。でも落ち着いても戻るつもりなんてないから、立派な修道女になれるように頑張らなくちゃ」


 ヨハンナはニコッと笑った。きっとそうやって笑顔を見せることもなかったのだろう。


 修道院にも決まりがあって、見習いのまま長期間をここで過ごすことはできない。ただでさえ希望者が多くてパンク状態なので、神に仕える者として相応しくないと判断されれば出されてしまうのだ。


「クラウディアさんはどうしてこちらに?」

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