25 レストラン翌日
どうやらやってしまったらしい。
見覚えのない部屋の、見覚えのないベッドで目覚めたフローラは頭を抱えていた。
部屋やベッドに見覚えがないのは、ある程度は仕方がない。移動中なのだから、部屋は日替わりだ。
問題なのは、そこで寝た記憶がないということだ。
(ええと、昨日は何をしていたんだっけ)
エルマーとレストランに入って楽しく食事をした、という記憶はある。
料理は全体的においしくて、エルマーがマナーを気にしなくていいと言ってくれたので、ただ楽しく話しながら食べて、お酒も……飲んだな。
だけどそのレストランから出た記憶がない。
フローラはお酒が好きだが強くはない。だけど酔っても記憶をなくすことはなく、だいたい覚えている。
そのフローラの記憶が全くないということは……。
(まさか、そこで寝ちゃった?)
さぁっと血の気が引いた。まさかまさかそんなこと、と思いたいが、身に覚えがありすぎる。記憶をなくすことはほとんどなくても、いきなり寝落ちしてしまうことはしょっちゅうなのだ。
いつもは教会の中だから仲間の聖女たちも慣れたもので、適当に近くのベッドに転がしてくれたり、もしくは机に突っ伏した状態で寝たフローラにふとんをかけてくれていたりする。
でも昨日はレストランだった。
一体どうしてここにいるのか。
フローラは昨日の会話を思い出してみる。
修道院の話をしていて、エルマーに結婚が決まったのは嫌だったかと聞かれたから、嫌なのはエルマーだろうと言った。そしたらエルマーは嫌じゃないし嬉しいと言った。言ったな、言ったよな……。嬉しいって……嬉しい……。
「んーーーっ!」
鼓動が速くなって、叫びそうになって口を必死に押さえた結果、言葉にならない声だけが漏れた。
部屋の中でガタッと音がして、護衛として同行してくれている女性騎士、ハイダが顔をのぞかせた。彼女は騎士というだけあって、女性としては大柄でがっちりとした体格をしている。サバサバした性格で、フローラとは同僚といった感じでいい関係だ、と少なくともフローラは思っている。
「起きましたか? おはようございます。あら、顔が赤いですね。体調がすぐれませんか?」
「んんっ、大丈夫です」
彼女とは同室のことが多い。どうやら昨夜も同じ部屋だったようだ。
「あの、私、昨夜の記憶がないのですけれど……」
「でしょうね」
「ええと、レストランまでは覚えているんです。そのあと、ここまで歩いて戻ったのかしら……?」
希望も込めて言ってみたものの、あっさり「違いますね」と否定されてしまった。
「もしかしてだけど、私、お店で寝てしまいました?」
「もしかしなくても寝てましたよ。それはもうぐっすりと」
やっぱりやらかしていた。お店で寝たということは、エルマーの前で寝たということだ。記憶が切れているところで寝たとすると、会話の途中だった気がする。
「ハイダさんが運んでくれたのですか?」
「いいえ、殿下です。私が運びますって言ったんですよ。でも殿下が自分が運ぶからっておっしゃって、本当にここまで運んで下さったんです」
「ひぇ」
変な声が出た。考え得る中で最悪だ。
レストランとここはそんなに離れていないとはいえ、フローラを抱えて歩くのは簡単ではなかったはずだ。ましてや普段から鍛えている騎士ではなく、王子様である。
会話でもやらかしている気がするし、途中で寝るし、さらに運ばせた。平民が、王子に。
「私、首落とされますかね」
「さぁ?」
フローラは本気で聞いているのに、ハイダはクスクスと笑う。
「殿下はその程度で首落とすような方ではないと思いますけどね。ご自身で運ぶっておっしゃられて譲らなかったし、少し嬉しそうにも見えましたし。もしかして聖女様、護衛が見ていないところでも相当の不敬をしたとか?」
「うっ」
「まぁ今それを考えるよりは、集合時間に遅れて殿下を待たせるという更なる不敬を避けるために準備したほうがいいんじゃないですか。早く水でも浴びたほうがいいと思いますよ」
彼女の視線をたどって自分の服を見ると、昨日のままだ。着替えさせられでもしていたらもっと慌てたのでよかったが、たしかに急いだほうがよさそうだ。ハイダの言う事がもっともすぎて、ぐうの音も出ない。
なんとか身支度を整えて外に出る。幸いエルマーはまだ来ていないようだった。それでもわりとすぐにエルマーが姿を見せたので、危なかったと胸をなで下ろす。
いつものように騎士たちの体調を聞き、そのまま騎士たちの乗る大きな馬車に乗せてくれないかなと、しれっと混ざろうとしてみたけれどやっぱり無理だった。聖女様はあっちでしょう、といつもの馬車に乗せられてしまった。
馬車はいつも通りの顔をしたエルマーと気まずい顔をしたフローラを乗せてガタゴトと走り出す。
フローラは覚悟を決めて口を開いた。
「エルマー様、昨日は申し訳ありません。せっかくお誘いいただいたレストランだったのに、途中で寝てしまったみたいで、しかもエルマー様が宿まで運んでくださったとか」
必死に言い募るフローラに、エルマーはフンと鼻で小さく息を吐いた。
「そうなんだよね。楽しく話していたと思ったら寝てしまって、仕方がなく運んだんだ。おかげで今日は足が痛くて……」
「すぐ癒します! すぐ! どのあたりですか?」
ああどうしようと思いっきり慌てるフローラを見て、エルマーはクッと笑った。
「冗談。なんともないから」
「本当に?」
「本当に。俺は騎士のようには鍛えていないけど、フローラを少し運んだくらいで体を壊すほど軟弱ではないよ」
そう言い切ってから、「そのはず」とエルマーは弱気に付け加えた。フローラはやはりどこか痛めているのではないかと手をかざそうとして、揺れる馬車の中では正確に診るのは難しいと諦め、取り急ぎ光を降らせた。エルマーは目を丸くして、それから苦笑する。
「本当に大丈夫だから、力を無駄に使わない」
「すみません」
「フローラは俺のことを優しいと言ってくれたのに、その程度のことで気分を害したとでも思ったんですか?」
まさか首を落とされるかと思いましたとは言えず、フローラは目を泳がせる。
「フローラ、体調は?」
「えっと、問題ないです」
「お酒二杯で寝てしまうほどに疲れていたのに?」
「しっかり寝てしまったので、回復しました」
「なるほど」
納得していない様子ながら、エルマーはそれ以上追及してはこなかった。
とりあえず首を落とされることはないらしいということにホッとしながら、フローラはエルマーの前ではしばらくお酒は控えようと決めた。




