21 移動初日
王都を出る門の近くで、エルマーは馬車を乗り換えた。王家の印が入った馬車だと狙われる可能性があるからだそうだ。
聖女も狙われることはあるが、王族はその比ではないのだろう。
「王族も大変ですね」
思わずそう呟くと、エルマーは苦笑した。
「このまま何もなければ、フローラもいずれその王族になるのですけどね」
「……そうでした」
フローラの意識は、大聖女となった今でも平民だ。実際に平民なのだ。だからその自分が王族になると言われても、どうにも実感がわかない。
最近慣れてきてしまったけれど、目の前に座る人も本来ならば雲の上だ。
馬車を乗り直しても乗り心地はあまり変わらない。特別に誂えられた質のいい馬車のようだが、外観だけはどこにでもあるような馬車に見えるようにされている。
「私はあちらの騎士たちと同じ馬車でいいと言ったけど、受け入れられませんでした」
エルマーは前を行く馬車を見ながら言う。騎士たちと荷物が乗っている馬車はこちらと違って大きい。
「それは駄目だと言われるでしょうね」
「やっぱりそうか。皆でわいわい行くのも楽しいと思ったんですけど。フローラはいつもはあのような馬車に同乗しているのでしょう?」
「そういう時もありましたし、別の時もありました。毎回王都から騎士が派遣されるわけではありませんから」
王都から行く騎士がいる場合は一緒に行くが、現地集合のこともある。
「あちらの馬車に乗っても、わいわい楽しいかはわからないですよ。最初は賑やかでも、その後は寝ている人も多いですから」
馬車の旅は、ただ座っているだけでもそれなりに疲れる。現地に着いた時に役に立たなければ意味がないので、騎士たちは休めるときには休んでおくものなのだそうだ。
「そうなんだ」
軽い感じで返事がかえってきたので、フローラはふっと顔を緩ませる。
「はい、そうなんです」
王子殿下から丁寧に話しかけられるのは落ち着かないです、と言ってからしばらく。いきなりは変わらないらしいけれど、少しずつ敬語でない時もでてくるようになった。距離が縮まったようで嬉しく感じてしまう反面、そう思ってはいけないと自制もする。
「以前、大聖女になる前のことですが、聖女三人で瘴気払いに行ったことがあるんです。騎士の皆様とは現地集合だったので、聖女だけでの馬車の旅でした」
その時はたしか馬車で一日半ほどのそんなに遠くない場所だった。歳も近い聖女たちで、馬車に揺られながらわいわい楽しく移動した。
「聖女はあまり外に出る機会が多くはありませんから、仕事なのに旅行気分になってしまうんです。怒られてしまいますね」
「誰も怒りませんよ。騎士たちには悪いけど、私もちょっと旅行気分がありますから」
そんなたわいのない話をしているうちに、いつのまにか時間が経っていたらしい。
休憩のために馬車が止まった。馬車の旅は頻繁に休憩が入る。馬にも休息が必要だからだ。
フローラは馬車から降りると騎士たちのところへ向かった。
「お疲れ様です。体調の優れない方はいますか?」
「今のところ、皆大丈夫です」
馬車に揺られていると、馬車酔いをする人が出てくる。そして長時間になってくると腰やお尻を痛める人も出てくる。フローラは休憩ごとに様子を伺って癒しをかけるのだ。
ざっと皆の顔色を見て大丈夫そうだと確認すると、次は馬を見る。怪我をしたり調子がよくなさそうな場合は人と同じように癒しをかける。一頭の馬に軽く癒しをかけていると、エルマーが驚いたように声を出した。
「馬まで診ているのか」
「馬は専門外なので、診ているというほどではないのです。でも癒しをかけると表情が和らぐんですよ。お馬さんもずっと走らなきゃいけないんですから、大変ですよね」
馬たちは元気よく水を飲んでいる。今のところは問題なさそうだ。
しばしの休憩を終えて、また馬車は走り出す。そしてしばらく走ってまた休憩し、それを繰り返して一日目の宿のある町に着いたのは夕方のことだった。
馬車を降りてうーんと伸びをすると、エルマーに見られて笑われてしまった。
フローラは騎士たちのあとについて宿に入る。なぜかエルマーもついてきた。
「エルマー様もこちらに泊まるんですか?」
「そう。騎士の一人ってことになってる」
清潔な宿だけれど、商売でここを通る商人向けの宿なので豪華さはそんなにない。エルマーは別のもっといい宿に泊まるのかと思っていた。だけどよく考えてみればここは大きな町でもないから、貴族向けの宿自体がないのだろう。
「後で食事を一緒に取りましょう。騎士たちが行くところに同行しようと思ってるんだ」
「あー、えーと……。すみません、行くところがあるのです」
正直に言うと、エルマーは首を傾げた。
「私がついて行ったらまずいところ?」
「いいえ、そんなことはないのですけれど、お疲れのところ来てもらうところでは……」
「お疲れなのは同じでしょう。それにこの時間から出歩くなんて危ないですよ」
「護衛の方は一緒に来てもらいますから大丈夫です」
「ふぅん?」
結局エルマーもついてくることになり、フローラと護衛、エルマーと護衛が夕方の道をぞろぞろと歩く。一日歩いた馬は休ませているので徒歩だ。
着いた先はこの地区の教会。扉は開いており、中には多くの人が集まっていた。
ここの司祭と思われる初老の男性が、エルマーを見て驚愕の顔を浮かべる。彼はどうやらエルマーの顔を知っていたようだ。エルマーが小さく首を横に振ると、察したらしい彼はエルマーではなくフローラに頭を下げた。
「聖女様、お待ちしていました。わざわざ足をお運びくださりありがとうございます」
「いいえ。急な話ですみません。あまり時間がないので、早速ですが始めたいと思います。よろしいでしょうか?」
「もちろんです。よろしくお願いします」
今日この地区に寄ることは分かっていたので、フローラはあらかじめ手紙を出していた。その手紙を読んで、彼が声をかけて集めてくれていたのだろう。
ここには常駐している聖女はいない。フローラはざっと見回すと、優先度の高そうな人から癒しをかけ始めた。
読んで下さりありがとうございます。
すみませんが、明日の更新はお休みします。次の更新は月曜の予定です。




