19 仕事の相談
エルマーはヴォルフの元を訪れ、フローラとの最近の出来事を嬉々として報告していた。別に報告義務があるわけではもちろんない。ただ言いたいだけだ。
「叔父上が教えてくれた通りに服を贈ったんですよ。恐縮されたけど喜んでもらえて、劇を見に行ったんですけど、その時に着てきてくれたんですよ。自分では選べなかったので侍女のカルラに選んでもらったものなんですけど、自分が贈ったものを着てる婚約者って、もう言葉にならないですね。叔父上も贈ったときそう思いました?」
「思ってないな」
意図的ではないが、早口で捲し立てるようにあったことを語る。ヴォルフはつまらなそうにエルマーが持ってきたナッツ入りのクッキーを頬張っているが、エルマーは気にしない。
「劇もすごく楽しんでくれたんですよ。あとは今は俺の宮で食事を一緒にしてるんですけど、もう少したったらレストランに行こうって話してるんです。最初から食べ方も綺麗でしたし、たぶん問題ないと思うんですよね。それに、少しずつマナーも勉強してくれてるみたいなんですよ。教師をつけるかって聞いたらいらないと言われてしまったのでその気はないのかと思って、それはそれで仕方がないと思っていたんですけど、俺のために頑張ってくれているのかもしれないとか都合のいいこと考えちゃって」
「あーそうかそうかよかったな」
ものすごい棒読みである。だけどエルマーはそんなことも気にしない。
言いたいだけ言って喉が渇いたのでお茶を飲む。
「それで用件は何だよ。上手くいっていない俺に、上手くいっていることを自慢しにきたのか?」
「それもありますけど」
「あるのかよ!」
「今日は仕事の話です。次の遠征、俺に代わってくれませんか?」
ヴォルフは一度エルマーを見て瞬きをして、それから「なるほど~」と呟いてニタリと笑った。
ヴォルフは王弟なので、当然ながら公務がある。彼の主な仕事は王の補佐だ。ヴォルフは意外にも王からの信頼が厚く、王都からなかなか離れられない王に代わって忙しく動き回っている。
例えば、とある伯爵領の建領百五十年記念式典の祝辞とか、毎年有数の騎士たちがしのぎを削る騎士大会の開会宣言とか。エルマーとフローラの婚約の立会人などもそうだ。
要するに、たしかに王族がそこにいて、王家として祝辞を述べたとか、宣言したとか、見届けたという事実が大切な仕事だ。そのために遠方に行くことも多い。
ちなみにヴォルフが直近で参加したのは、高齢だった元侯爵の葬儀だ。故人とかかわりが深かったわけでもないが、長年国に貢献してくれた元侯爵に王族として弔辞を読んだ。
そういう仕事なら王族ならば誰でもいいだろう、と思われがちだが、意外にもそうでもない。まず第一に、王に叛意のない人でなければいけない。王都から離れた地で反逆勢力を集められでもしたら大変だからだ。
その点において、ヴォルフは誰よりも適任である。
本人に王になろうなんていう意志がないことはもちろん、彼を王に持ち上げようとする貴族もいない。学生時代の成績も仕事のできもパッとせず、人望もそんなにない。自身の派閥もない。王に見えないところで反逆勢力を集めたり、支持者と根回しをしたりすることができる頭もたぶんないし、そんな面倒臭いことをやる気もない。そして明らかに王の器ではないことは自他共に認めている。
それにもし万が一ヴォルフを持ち上げようなんていう勢力がいたとしても、その場合ヴォルフ自身が「お前頭大丈夫か?」と言うだろう。「俺にできると思っているのか?」と言われたら、悲しいかな黙るしかない。
そしてそれは次世代についてもそうだ。
エルマーを気に入ってはいるが、だからといって特定の王子に肩入れしているわけでもないし、するつもりもない。したところで大した影響力もない。
そしてまぁいろいろあれだが、王族としての対応ができないほどひどいわけじゃない。
だから王家にとって、ヴォルフは安心して送り出せる王族という肩書を持つ、非常に使い勝手の良……優れた男なのだ。そういった理由で、ヴォルフは大変信頼を得ていて忙しい。
次の仕事もそんな種類の一つだった。
王族がその場で確認すればいい話なので、同じ王族の一人であるエルマーに代わったところで仕事自体には問題はなく、ヴォルフにとっては仕事が減って楽になるのでメリットしかない。
「遠征中のお前の仕事と代われっていうのはなしだぞ。俺は普段のお前の仕事など知らないしできないからな」
「それは終わらせてから行くので大丈夫です」
「陛下の許可をとったり根回ししたりするのは自分でやれよ。それで問題なく許可がでれば、別に代わっても俺は構わない」
エルマーは王になりたいと思ったことなどないけれど、母である王妃の実家などはエルマーを王に押し上げようと画策していた時期があった。だからヴォルフのようにどこでも行けるわけではなかったけれど、その勢力も平民であるフローラと婚約したことで諦めたようで、落ち着きを見せている。
「もう父上には話して、許可をいただいています」
「うっそ」
「本当です。叔父上がいいなら構わないそうです。俺も叔父上同様に信頼してもらえているみたいですよ」
「お前、仕事早いな」
ヴォルフは驚いたように目を丸くしたが、それは次第にジトッとした視線に変わる。
「お前、今『叔父上とは違いますから』って思っただろ?」
「…………やだなぁ、尊敬する叔父上に対してそんなこと思うわけがないではありませんか」
「なんだよその間は? あー、やっぱり今回の遠征、俺が行きたくなってきたな。そういえば道中で気に入ってるレストランもあるし、代わるのやめようかな?」




