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平民聖女の政略結婚  作者: 海野はな


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15 叔父への相談

「それで、俺のところに来たのか?」


 フローラに贈り物をすることにしたエルマーは、何を贈ったらいいか相談するために王弟で叔父であるヴォルフの元を訪れた。


「なんで失敗している俺なんだよ。相談相手、絶対に間違っているだろう」

「失敗っていうのは認めてるんですね」

「なんか癪に障るな」


 ヴォルフはエルマーの持ってきたジャム入りクッキーを口に放り込んで、エルマーを睨んだ。だけど本気で怒っているわけではないとわかっているエルマーは怯まない。


「大聖女様と結婚していて相談できる方というのは叔父上だけなので。贈り物といっても貴族女性とは求める物も違うのではないかと思ったのです。参考にさせていただきたいので、その失敗談も含めていろいろ教えてください」

「やっぱり癪に障るな、お前。物を頼むときの態度じゃないだろそれ」


 ヴォルフはエルマーにとってはいい叔父だ。王家に生まれながら微妙な立場にいるという共通点があるからか、生まれた時から何かと気にかけては構ってくれている。


 フローラとの婚姻が決まった時も、真っ先に「お前も難儀だなぁ」と慰めてくれた。

 舞い上がっていたエルマーには、全然いらなかったが。


 だからといって尊敬しているかと言うと微妙なところで、いや、一応尊敬はしているのだが、結婚した大聖女イゾルデの扱いに関してはありえないと思っている。だけどエルマーからすると憎めない人で、こうして時折お茶を飲んでは気兼ねなく愚痴でもなんでも言い合える貴重な人物でもある。


「贈り物なぁ。本人に聞いてしまうのが一番いいとは思うが?」

「本心は言わないのではありませんか? 遠慮されてしまう気がします」

「そうなんだよなー。女ってのはさ、何もいらないとか、気持ちだけで充分です、とか言うくせに、実際に贈らないと不機嫌になるんだよ。欲しいなら欲しいって普通に言えばいいのに、面倒くさい」


 ヴォルフはいろいろやらかして拗らせた結果、懲りて性格が丸くなったところまではよかったが、女性はやっかいで面倒くさい生物であると悟ってしまった。表向きはにこやかに対応しているものの、今は女性全般が苦手らしい。

 まぁ、イゾルデならやっかいで面倒くさいのはヴォルフのほうだと言うに違いないが。


「そういうことは言わなくても察してほしいものらしい。そんなのわかるかよ。俺はお前の頭の中を読める超能力者じゃないんだっての。頭の中を読めたら読めたらで気持ち悪いとか言うくせにさ」


 愚痴が止まらなくなってきて、エルマーは苦笑した。そう思わなくもない、と思うところもあったので、反論せずに聞き流しておく。

 一通りいつものような愚痴を垂れ流して満足したのか、ヴォルフはお茶を飲んでクッキーをつまんだ。言葉は荒れているが、小さいころから叩き込まれている所作は変わらずに綺麗だ。なんともちぐはぐに見えて面白い。


「それで、贈り物だっけか?」

「そうなんです。本来だったら婚約の証しのような物を贈り合ったりするんでしょう? だけどいきなり決まって即婚約だったので、何の準備もなく、いままで何も贈ることなく来てしまったんです」


 エルマーは参考にはしたいと思っていたけれど、この叔父から明確な回答が得られるとまでは思っていないし、そこまで大きな期待は抱いていなかった。大変失礼だが、叔父には数々の女性遍歴があるものの上手くいってはいないから、むしろ反面教師にしようくらいに思っていた。ひどい扱いである。


 だけど思いのほか、得られた回答は非常に有益なものだった。


「お前さぁ、婚約の証しだなんだと言う前に、服を贈れよ、服。もしくはそれを仕立てるお金」

「服? ドレスですか?」


 それはいずれ公の場に出るようになる前には贈るつもりだけど、すぐに必要なわけでもない。


「いや違うから。そんな大層なものじゃなくて、街に出るときの服。お前先日一緒にコンサートに行ったんだろ。その時にフローラが着てた服、あれ俺が以前イゾルデにあげたやつだから」

「えっ?」

「やっぱり知らなかったのか。着ていく服がないと相談されたので貸した、ってイゾルデが言ってた」


 コンサートの時の水色のワンピース。とても可愛らしいと思っていたけれど、あれはヴォルフがあげたもの?

 ……なんか嫌だ。

 じゃなくて、着ていく服がない?


「服がないって、どういうことですか?」

「聖女ってのは貴族令嬢とは違うんだ。必要だと言えば与えられるという環境じゃないし、欲しければ自分で買うしかない。特にお前の婚約者殿は平民なんだろ? 俺たちが思っている以上に、おそらくお金も物も持っていない」

「それは……」


 たしかに、コンサートは初めてだと言っていた。そういった場所に行くことがないのなら、持っていなくても不思議ではないのかもしれない。


「コンサートに誘われて困ったんじゃないの? 王子からの誘いなら断れない、だけど着ていく服もないし、どうしよう、って。可哀想だなぁ」


 ちょっと楽しそうにヴォルフはエルマーを見た。だけど青ざめ始めたエルマーを見て、からかい甲斐がないと思ったのか、ハァと溜息をついた。


「お前、真面目だな。それとも本気で惚れたのか?」

「どっちも」


 真面目な顔でエルマーが答えると、ヴォルフは目を丸くして、一拍ののちに「ブフッ」と吹き出した。


「それならなおさら。デートに誘うなら、そのために必要な物も一式用意しろ。もしくはそれらを用意できるだけのお金を贈れ。贈り物として一番求められているのは、今はそれだろうよ」


 服がないとは、盲点だった。一式ということは、靴や小物類もだろうか。


「あ、そうだ。そのコンサート、フローラはすごく楽しかったらしい、ってイゾルデが言ってた。上機嫌でお酒飲んでたって」

「お酒飲むんですか?」

「そっち? 今気にするのは楽しかったってところだろ?」


 フローラがお酒を飲むとは意外だ。今度会ったらどんなお酒が好みなのか聞いてみよう。あと服についてと、菓子の好みと……、聞かなければいけないことが多すぎる。

 考えを巡らせていると、ヴォルフが軽くニヤッと笑って、上から目線でエルマーを見た。


「ついでにアドバイスしてやろう。もしレストランで食事をしよう、なんて考えているなら、先にマナーを教えておいたほうがいいぞ。たぶん何もできていなくて、お互いに困ることになる」

「食事のマナー?」

「ああ。イゾルデは、カラトリーは何から使ったらいいのか、どうやって食べるのか、全部がわからなかったらしい。当時は俺に恥をかかせるつもりなのかと思ったよ」


 貴族の食事作法は教会で食べるのとは訳が違う。

 聖女になるための教育というのは、貴族の教育とは趣旨が異なる。中には貴族階級のマナーを学ぶ項目もあるが、できるかどうかは別だ。なにせ座学でさらっと学ぶだけだし、ほとんど実践経験がない。

 ということを、ずっと後になってヴォルフは聞いたという。


 エルマーは危なかった、と思った。まさにレストランにも誘おうと思っていたのだ。


「真面目に言っておくと、俺たちが当たり前に思っている貴族の常識は聖女には通じない。聖女は、所詮は平民だ」

「叔父上、聖女や平民を馬鹿にするのは……」

「そういうわけじゃない。まぁ若い頃はそう思ってたんだけど、そうじゃないんだ。聖女という部分を除けば平民なんだから、貴族社会で生きる術は何も持ってないし何もできない。そう思っておかないと、俺みたいになるぞ」


 エルマーは目から鱗が落ちたような感覚がした。

 たしかに、フローラはしきりに自分のことを「平民ですから」と言っていた。エルマーの離宮に呼んでもどこか居心地が悪そうにしていたし、分不相応です、となにかと遠慮する姿勢を見せていた。


「叔父上、ありがとうございます。叔父上が失敗してくれたおかげで、俺は失敗せずに済みそうです」

「おい。お前、本当に癪に障る奴だな」

「これからも頼りにしてます。いろいろ教えてください。また来ます」

「もう来んな」

ヴォルフ

政略結婚したイゾルデを冷遇して痛い目をみた。

反省するも、時すでに遅し。だけどイゾルデとは少しだけ和解。

幼い頃からなぜか懐いてきたエルマーを可愛がっている。

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― 新着の感想 ―
[一言] そうじゃないかなと思っていたのですが15話でやっぱりとなりました。 ヴォルフさんの話です。愉快な感じの方で読んでてニコニコしました。 イゾルデさんにやったことは欠片も褒められたことじゃないで…
[一言] 叔父さん草ァ いや、やらかした事はギルティなんだけど、情状酌量の余地はあるんだけど、その後の対応もダメなんだけど。 人間らしいというかなんというか? 何がなんでも王族と縁組ませるって方針が間…
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