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平民聖女の政略結婚  作者: 海野はな


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11 フローラの戸惑い

「フローラ、今から時間はある?」


 婚約の翌日、お祈りの時間を終えたところでイゾルデに声をかけられた。コクリと頷くと、イゾルデは「ついてきて」というように手を軽く動かす。

 迎え入れられた先はイゾルデの私室だった。


 助かった、とフローラは思った。婚約してからというもの、「どうだった?」とどこでも囲まれて大変だったのだ。イゾルデもそれを分かってこちらに誘ってくれたのだろう。


 教会にある聖女たちが生活する部屋は、見習いは数人一室の大部屋で、聖女の称号を得ると個室になる。

 大聖女であるイゾルデの部屋は聖女の部屋より少し広く、風通しがよく明るい。そうは言っても簡素なもので、ベッドと物入れ、机、テーブルと椅子といった必要最低限のものしか置かれていない。


 貴族出身の修道女は「大聖女様なのにずいぶん質素」と驚いていたが、イゾルデは特に気にしていないらしい。フローラの部屋も似たようなものだが、平民出身で教会育ちのフローラは快適だと思っている。


「まぁ座って」


 この部屋には何度も来たことがあるので、フローラはいつもの場所に座った。イゾルデは自らお茶を二人分入れて、それからちょっともったいぶった感じに、じゃーんと効果音を言いながらフィナンシェを出した。


「こ、これはもしかして、昨日のやつですか?」

「そう。結局あなたたちは手を付けなかったから、くすねて……いただいてきたのよ」


 イゾルデはふふんと笑う。

 エルマーとの顔合わせに出された、普段教会ではめったにお目にかかれない高級品のフィナンシェだ。結局エルマーが食べなかったのでフローラも手を出せず、食べ損ねていた。


「わあ、やったぁ! イゾルデ様に感謝を~」


 大げさにイゾルデを拝んでみると、イゾルデは「うむ」とこちらもわざと大仰に頷いて見せた。ちゃっかり自分の分も確保している。

 イゾルデが入れてくれたお茶を飲んで、フィナンシェを一口食べた。じゅわっとバターの風味が広がって美味しい。至福である。


「まずは婚約おめでとう」

「ありがとうございます」


 形式的に祝いと感謝の言葉を交わし、弱く微笑む。


「で、エルマー殿下とはどうだったの?」

「それが、すごく丁寧な方でした。私にも威圧的な感じが全然なくて、優しそうな感じだったんですよね」

「よかったじゃないの」

「でも困ったような顔はしていました。不機嫌そうにも見えました。まぁ、機嫌がいいはずもないとは思うんですけど」


 フローラは戸惑っていた。

 なにせ相手は王子である。婚約してやるんだからありがたく思え、くらいな感じでくると思っていた。それが実際はそんなことはなくて、むしろこちらを気遣ってくれるような雰囲気だったのだ。

 だけど、だからといってにこやかだったわけではない。そういえば一度も、少しも、顔を緩ませることはなかった。貴族は笑顔の仮面を被って本心を隠すものだと教わったが、本心を隠す必要もないということだろうか。


 でも、嫌な感じだとは思わなかった。自分よりも物理的に力も強く、圧倒的に権力もある。そんな人を前にしたというのに、怖いとも感じなかった。


「今朝、さっそくお茶のお誘いのお手紙をいただきました」

「今朝? 今朝って、今日の朝よね。昨日婚約で今朝? 早っ」

「そうなんです。非常に丁寧なお手紙で、どうしたらいいものやらと」


 内容は要するに「婚約者になったので一緒にお茶でも飲みませんか」というだけのことだが、まず昨日の婚約のお礼から始まり、今後ともどうぞよろしくといった内容がつらつらと、そして長々と、とても丁寧に書かれていた。しかもお茶の日時はフローラに合わせるので、時間があるときを教えてほしいとまで言ってくれている。


「殿下が平民に合わせるなんてことあります? 何か要求されるんでしょうか」

「うーん……」


 貴族の中には先に下に出ておいて、こっちがへりくだってやっているんだから要求を飲め、と言ってくる人もいる。


「その前に、殿下ってお忙しいですよね?」

「んー、殿下と呼ばれる方の中にも、暇そうにしている方がごくまれにいらっしゃるようだから何ともいえないけど……。誰とはいわないけど!」


 うん、察した。 


「普通は忙しいでしょうね」

「ですよね。こちらに合わせてくれるって言うんですけど、やはり予定を聞いた方がいいでしょうか?」

「いや、こちらからいくつか候補を出したらいいんじゃない?」

「なるほど、そうしてみます」


 フローラが真剣に考えていると、イゾルデがフィナンシェの最後の欠片を口に入れて、フッと笑った。


「どうかしましたか?」

「いや、頑張ってるなーって。ちょっと、昔の自分を思い出してた。まぁ、頑張ったところで私の場合は相手が悪かったけど」


 肯定も否定もできず、フローラは口をつぐんだ。懸命な判断である。


「まだわからないけど、なんとなくエルマー殿下は良さそうな方で安心したよ」

「……そうですか?」

「昨日ヴォルフ様にエルマー殿下のことを聞いてみたんだけどね」


 ヴォルフとは王弟の名前だ。

 イゾルデは昨日夫妻でフローラたちの婚約を見届けた後、王弟の宮へ行っていたらしい。王弟夫妻の仲は険悪なのかと思いきや、意外と共に食事をしたり、たまに王弟の宮で過ごしたりしている。表向きは穏やかに過ごしているようだと思っていたら、イゾルデから延々愚痴を聞かされることもある。不思議な夫婦関係である。


「ヴォルフ様はエルマー殿下のことを、ちょっと変わったところはあるけど真面目でいい奴だと言ってたわ。『俺とは違って』って言うから、よくわかってるじゃないのって返しておいた」

「むふっ」


 今に始まったことではないが、イゾルデが辛辣で思わず吹き出した。


「相手に期待しちゃ駄目だけど、あちらから誘われたのだし、どうせ結婚するのは絶対なんだから、王子のお金で高いお茶を飲んできたらいいと思うわ」


 イゾルデにそう言われて、ずいぶんと気持ちが軽くなった気がした。

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