早帰
「貴方、先程からハル様に失礼です!」
「ハル様は本当に大変ですね。とある世界の言葉には、"猫の手も借りたい"という言葉があるそうですが、こんな子供を働かせてもなお、仕事が間に合わないとは……」
「彼女はとても優秀な私の部下です。侮辱は許しませんよ」
「おっと、これは失礼致しました」
こんな人を相手にしている場合ではないのですが、サクに対して失礼なのは看過出来ませんね。
これまでは私を馬鹿にしているだけでしたのでスルーしていましたが、そろそろしっかりと分からせるべきかもしれません。
「サク、とりあえず急ぎの書類は終わらせました。私は少し死神様の領域へ行ってくるので、この書類の提出と女神様への報告をお願いします」
「分かりました!」
「は? あんな子供を女神様に謁見させるおつもりですか? なんと女神様は寛大なのでしょうね」
「その発言は、サクを認めておられる女神様に対する侮辱ともなり得ますよ。気を付けなさい」
「お荷物の管理職が、偉そうに……」
「では、行きましょうか」
「行く?」
「ですから、死神様の領域です。貴方も行くのですよ。この、お荷物の管理職と共に」
この女神様の領域と、死神様の領域はかなり離れています。
ですので"ゲート"を使わせてもらいました。
少したじろいでいる様子の戦神の遣いにも通ってもらい、死神様の領域へとやってきました。
「何故死神様の領域に? まさか、ご自身の仕事の遅さを言われた腹いせに、ミオ様にある事無い事吹き込むおつもりか?」
「私が司っているものを忘れたのですか?」
「はて? なんでしたかな?」
本当に忘れているのか、それとも単に馬鹿にしているだけなのか……
これはおそらく前者でしょうね。
まぁどうでもいい事ですけど。
「ん? およおよ? ハルさんかな?」
「貴方は!」
「正式なご挨拶をした事はありませんでしたよね? 初めまして、リリーと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。先日はご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
「いえいえー、ご無事で何よりですよー!」
偶然にもリリーに会う事が出来ました。
やっぱり来てもらうのは申し訳なかったので、こうして会えて良かったです。
「大したものではありませんが、こちら……」
「あっ! チョコレート! ありがとうございます!」
「チョコレート、お好きなんですね」
「好きですよー! キャンディ以外のお菓子は、何でも大好きです!」
「そうなんですね」
何故キャンディが嫌いなのかはもちろん聞きません。
この子は確実にミオと同じタイプで、自身が辛い状況にあろうとも飄々と笑っているのでしょうから。
そんな子が態々好きではないと公表しているのです。
きっとキャンディが嫌いな理由にも、何か重い過去があるのでしょう。
「ところで、何故こっちに? 死神様にご用事ですか?」
「戦神の邪神討伐の件で少し……」
「あぁ! でしたら、ご一緒します? 私、これから死神様に報告に行くので」
「いいんですか? よろしくお願いします」
ずっと憂鬱な事続きでしたが、リリーに会えたのは本当にラッキーでした。
これで思っていたよりも早く片付きそうです。
「でもハルさん、いいんですか? 今、凄く忙しいんじゃないです? そんな雑務で来られるだなんて……」
「そうなんですけどね、戦神の配下がしつこくて……」
「あ、それでその人もいるんですね! 大変ですね、お疲れ様です」
「いえいえ、リリーもいつもお疲れ様です。私達は本当に貴方に助けられていますよ」
「少しでもお役に立てているなら良かったですー!」
こんなに話したのは始めてですが、とても話しやすいですね。
ミオと仲がいいのも納得です。
「あの、リリーさん? 何故リリーさんともあろうお方が、ハル様にそこまで謙っておられるのですか?」
「はぁ? あんたバカなの? バカなんだろうね。ハルさんの仕事の邪魔をしてるってだけでも罪深いのに……」
「はい?」
「戦闘狂って、これだから嫌ですよねー。世界の仕組みも知らないで、力だけが全てを決めると思ってる」
「戦神達は数も多いですし、下働きにまではあまり気を配れないのでしょう。これも仕方のない事です」
戦神の領域も、女神様の領域からは離れていますし、そもそも戦神の領域の人達はあまり勉強をしません。
戦闘技術ばかりを極めているので、誰が何を管理しているのかも知らない人が多いんです。
だから私のような非戦闘員を侮ってしまうのでしょう。
「何やら私を馬鹿にしているようですね? リリーさんはご存知ないかもしれませんが、ハル様は本当にいつも仕事が遅いのです。我々が討伐した邪神に対する褒賞を、半年経った今もなお用意していない。戦神様もまだかまだかと……」
「催促してこいとでも言われたの?」
「いえ、戦神様は寛大ですからね。ですが我々は怠慢を許す事など出来ません! ですのでこうして……」
バシッ!
「くっ……な、何を?」
「私が1年前に討伐した邪神、ミオが2年前に封印した神の遺物、ミオと私で5年前に潰した悪鬼の集団……全部、褒賞はまだもらってないよ?」
「そ、そうでしょうとも! それだけハル様は仕事が遅く……」
ドガッ!
「ぐはっ!」
「あんたの所の戦神達が邪神を1柱倒してる間に、私は5柱は倒してる。ミオなら10柱は余裕だろうね。どんだけ仕事が遅いの?」
「それはお2人がお強いのであって……」
「その倒された邪神達は何処へ回収される?」
「し、死神様の領域に……」
「この死神様の領域の忙しさが分かる?」
「もちろんですとも!」
「ここで処理されない限り、達成とはならない。達成されなければ、褒賞は贈れない」
「……は?」
「あんた等が自分達の力だけで邪神討伐をしてくれていたら、ミオも私も、もっと死神様の手伝いが出来る。でも戦神の手伝いをしてるせいで、死神様の手伝いは出来ない。流石にここまで言えば分かるよね?」
「……」
リリーが物理を交えて言ってくれたお蔭で、この人には分かってもらえたみたいです。
ですがこれはもう、戦神の領域で凝り固まってしまった概念ですからね。
仮にこの人が戦神の領域で、この事実を話したとしても、1割が信じればいいくらいでしょう。
「リリー、ありがとうございます」
「いえいえ。流石に迷惑過ぎますし、私が戦神の方に行きましょうか? 行ってもあまり意味はないかもですけど」
「そんな無駄な事にリリーの大切な時間を使わないで下さい。貴方もミオも、もっと自分の為に時間を使っていいんですよ?」
「あははっ! そのセリフは、そっくりそのままハルさんにプレゼントです!」
「……そうですか」
「はい!」
私は結構自分の為に時間を使っているんですけどね。
今こうして書類仕事を残し、死神様の領域に来たのも、その方が早く帰れると判断したからですし……あれ? そういえば、何故私はこんなにも早く帰る事ばかりを考えていたのでしょうか?
帰ったら警察の張り込み問題を解決して、圭君の記憶を消して……
「うっ……」
「ハルさん!? どうしたんですか?」
「あ、すみません。なんでもないです」
「本当になんでもないですか?」
「少し胸に違和感を感じただけですよ、もう治りました」
「それなら、いいですけど……」
この間も感じた胸の違和感……
ミオの回復魔法でも治りませんでしたし、病気ではないはずです。
すぐに治りましたし、気にする程の事でもないでしょう。
ただ、リリーには余計な心配をかけてしまったようで、申し訳ないですね……
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




