参上!宇宙警察ブラック・ムーン!
「ハァ!・・・ハァ!・・・」
背の高いビルの合間を一つの人影が走り抜ける。
「ハァ!・・・っ!」
走ることに慣れていない身体は悲鳴をあげその足を止めてしまうが背後から迫る脅威に頭からは危険信号が発せられている。
「なんでっ!・・・こんなっ!・・・」
その日は偶々予定が長引き夜遅い時間になってしまった。
時間を確認すると門限の時間が近い。
それでいつもは通らないはずの路地に入っていった。
それがこの事態を引き起こしてしまったのだ。
「なんなのよ!アレは!」
人通りの少ない路地では音がよく響く。
粘ついたような水音と女性の声に興味を惹かれ、思わずその音源を確かめてしまった。
そこにいたのは人間の女性らしき人物。
しかし、その背中には蝙蝠のような翼とスベスベとした長い尾。
一目で人間ではないと分かるその外見に私は変な趣味のある女性がそういう遊びを楽しんでいるのだろうと踵を返そうとするがチラリと見えたその女性の奥。
そこにいた何倍にも大きくなったミミズが集合したような奇妙な生物に生理的な嫌悪感を抱き思わず声をあげてしまう。
「・・・ひっ!・・・」
その声に感づいた女性が振り向く前に私は走り出していた。
人間の身体というのは実はものすごいパワーが眠っているのだと場違いにも感じてしまった。
今なら陸上競技で入賞することだって容易だろう。
しかし、私の聴覚は後ろから迫ってくる這いずるような音を捉えている。
それはだんだんと私に近づいてきているのが分かる。
「・・・っ!・・・」
建物の角を曲がった先で私は足を止める。
目の前には無慈悲にそびえ立つコンクリートの壁が四方を囲んでいる。
「・・・うそ・・・」
周りを見渡すが他に逃げられそうな道は見当たらない。
「・・・あ!・・・」
しかし、神様は私を見放していなかった。
少し高いが手の届きそうな位置に開いた窓が見える。
「ここなら!」
私は何とか窓枠に手を掛けようとジャンプを繰り返すがなかなか指が掛からない。
「フっ!・・・んっ!・・・」
早くしなければ追いつかれてしまう。
焦る私は壁に何度もぶつかり制服のボタンがちぎれてしまうがそんな事を気にしている場合ではない。
「あと少しなのに・・・!」
必死に跳躍を続ける私を神様は哀れに思ったのだろうか?
地面を蹴り上げた脚は私の手を窓枠まで届かせた。
「やった!」
片方の手が届いてしまえば後はもう片方の手も使って身体を持ち上げるだけだ。
「んぅ!・・・」
ここで私はどれ程運動から逃げていた自分を恨んだだろうか。
私の腕は肘が少し曲がるだけでまったく身体を持ち上げられない。
「んんぅ!!!」
「は~い、そこまで。」
血圧が上がり真っ赤に染まった顔とは対象的に脚にはヒンヤリとした感触が伝わる。
顔を下げると脚には先程の奇妙な生物が巻き付いている。
「いや!離して!」
その生物を排除しようともう片方の脚で踏み潰そうとするがその生物は俊敏な動きをみせてあっというまに四肢が拘束されてしまう。
「いや!・・・いや!」
唯一の希望であった窓枠から手が引き剝がされ路地へと引き戻されてしまう。
「こんばんは。お嬢さん。」
女性の目の前に引き出された私。
女性の顔をよく見ると明らかに人間では有り得ないような暗い色をした瞳に口から覗く鋭い歯が月明かりに照らされてキラリと光っている。
「・・・ひっ・・・」
「そんなに怖がらないで?大丈夫よ?痛いことなんてしないから。」
女性の指が私の頬を撫でる。
その温度は人間より少し低く、まるで何かが吸い取られていくような感覚に鳥肌が立つ。
「やめて・・・。お願いだから・・・。」
「もう。大丈夫って言ってるのに・・・。・・・ん?」
女性は眉をひそめて私の背後に目を向けた。
「なに?・・・馬鹿言わないで!この娘をどうこうするつもりはないから!」
「・・・え?」
誰と会話をしているのだろうか?
聞こえてくるのは不機嫌そうな女性の声だけでそれ以外には何も聞こえないのに。
「・・・あなたの言うことも分かるわ。・・・えぇ。・・・分かったわ。それで手うちにしましょう。」
誰かと会話していた女性は私に向き直る。
「ゴメンなさいね。ちょっとだけ一緒に来てもらう事になったから。」
「い、いや!家に帰して!死にたくない!」
「大丈夫よ!本当に危害は加えないから!」
バタバタと暴れる私を女性は懸命になぐさめようとする。
しかし、次の瞬間私の首が力強く圧迫され気を失ってしまった。
「あんた!そういうのはなしって言われてるでしょ!」
何かに反論するように声あげる女性。
少女を拘束する生物はまるで抗議でもするかのように激しくうごめいた。
「・・・はぁ。分かった。・・・早く運んじゃいましょう。」
少女がそのまま闇の中に連れ込まれようとしたその時、
「・・・っ!」
女性は何かに気が付いたように素早く身を翻した。
少女がいた場所には砂埃が立ち昇り、周囲には紫色の液体が飛び散っている。
「・・・またあなた?・・・しつこいわね。」
「・・・今日こそ仕留める!」
一瞬で砂埃が搔き消えその中から黒い一閃が放たれる。
それを受けた女性は身体をくの字に曲げて向かいの壁まで吹き飛ばされた。
「ゲホっ!・・・ゲホっ!・・・本当に話し合いの余地もないわね。」
「貴様らに話し合いなんて不要だ!この宇宙警察ブラック・ムーンが引導を渡す!」
身体のラインにピッタリと合うボディスーツに黒いマントをたなびかせた小柄な少女は拳を握りなおす。
その顔は仮面で隠され目元から黒い瞳が女性を捉えている。
「・・・話が通じないならしょうがないわね!」
「・・・っ!」
女性の掌から紫色の光線が放たれる。
しかし、それは少女に当たる直前で黒いマントに阻まれてしまう。
阻まれた光線は周囲のコンクリートを蒸発させ異臭を立ち昇らせた。
「そんなものボクには通用しない!」
「・・・それでも後ろのその娘は大丈夫かしら?」
次の一撃が後ろで昏倒している少女に向かって放たれる。
少女に覆い被さったことにより光線は再びマントに阻まれて分散した。
しかし、敵にしてみれば明らかな隙ができたのだ。
すぐさま次の攻撃が来る!
そう身構えたがいつまで経っても攻撃はやってこない。
「・・・逃げられたか・・・」
振り向いてみれば先程の女性の姿が見えない。
それだけでなく周囲に飛び散っていた生物の残骸までもがその場から姿を消していた。
「・・・くそっ。・・・でも今は彼女の安全が優先か。」
幸いにも彼女に目に見えるような怪我はなく、ただ意識を失っているだけのようだった。
自身よりも大きい少女を抱きかかえる。
それでもその腕にはまったくと言っていいほど重量は感じられない。
「・・・次こそ必ず・・・!」
謎の少女はそのまま都会の闇に溶け込んでいくのであった。