煙草をくわえたカラス
煙草をくわえたカラスの動画がSNSを通じて拡散した。煙草からは煙が出ていて、火も見える。だからまるでカラスが煙草を吸っているように見えた。
動画は数十秒足らずで、直ぐにカラスは飛び去ってその場から消えてしまった。
『カラス、人間の真似をしてスモーカーになったんか?』
『ニコチンってカラスに大丈夫なんかな?』
『火を怖がらないんだな』
などなどといったコメントがされていた。
その動画は半ばネタ的な扱いをされていたのだけど、真面目な反応もチラホラあった。僕としては動物は火を怖がるはずなのに、平気でくわえているのに興味を惹かれた。もっとも火のついた煙草を見つけると足でもみ消す犬なんかもいるみたいだから、そこまで珍しい事でもないのかもしれないけど。
ただ、いずれにしろ、一時だけの話で直ぐに皆忘れていくだろうと僕は思っていた。ところがそれからも“煙草をくわえたカラス”は何度も目撃され、動画に撮られたり、写真に撮られたりしたのだった。同じカラスなのか複数のカラスなのかは分からなかったけれど、いずれにしろ“煙草”をカラスが覚えてしまったのだろうという話になって、カラスのニコチン中毒が心配された。
『煙草でカラスが肺がんになれば数が減って良いじゃないか』
なんて意見もあったけれど、ま、極一部だ。ただ、カラスが煙草を吸っているという点については疑問を抱いている人もいるようだった。嘴ではちゃんと煙を吸えそうにないような気もするから、その疑問は的を得ているかもしれない。
ただ、だとするのなら、ちょっとした疑問が思い浮かぶ。
――それなら、どうしてカラスは火のついた煙草なんかをくわえているのだろう?
それと同じくらいの時期だったと思う。火事が頻繁に起こるようになった。小火程度で済む時もあれば一軒家が全焼する事なんかもあった。ホームレスの住処が狙われる事もあり、一貫性が見られなかった点から、恐らくは放火に快感を抱くようになってしまった変質者の犯行だろうという事に世間ではなっているようだった。
ただ、不思議な事に犯人らしき人間はまったく発見されなかったのだ。監視カメラにも一切捉えられていないし、時間帯もバラバラでそんな生活パターンの人間がいるとはちょっと考え難い。
『カラスくらいしかいなかったわよ』
ある小火騒ぎが合った時におばさんがそう証言していてるニュースが流れた。僕はちょっとその証言が気になった。実は偶然にある火事現場を通りかかった時、こげて散乱した生ごみか冷蔵庫の中身をカラスが食べているのを見かけた事があるのだ。
“まさかな”
とは思いつつも検索をかけて調べてみた。そして、『火事現場でカラスが焼死体を食べているのを見かけたのよ。こわー』なんてコメントを見つけてしまったのだった。
……長い間、火を使うのは人類だけだと思われて来た。ところが近年になり、オーストラリアに棲むハヤブサなどの猛禽類の類が、意図的に森に火を放って、逃げ出して来た動物を狩る様子が観察されたらしい。
遺伝子にこのような行動が刻まれているとは考え難い。偶然、何かで学習し、それを代々受け継いでいると考えるのが妥当だろう。
――それならば、
或いは他の鳥類にだって、似たような事が可能なのじゃないだろうか?
例えばカラスにだって。
ある時だ。
公民館に町内の人間達が集められた。
最近、増えている放火犯対策の為の話し合いだった。
ふと窓の外を見ると、カラスがいた。
……煙草を、くわえているように見えた。ギャア、ギャアと鳴き声が聞こえる。どうやら複数匹いるようだ。
もし、カラスにだって“放火をする猛禽類”と似たような事が可能なのだとすれば、“放火”を他のカラスに教える事だって可能と考えるべきだろう。
そして、カラス達だって狩りをする。
もしも、カラス達が、火を使えば人間だって狩れると学習をしていたらどうだろう? そしてそれを複数匹に教えていたら?
今の季節は空気が乾燥している。新聞紙や雑誌の類があれば比較的容易に火はつけられるはずだ。
不安に思った僕は「ここって消火器ありましたっけ?」と尋ねた。そのタイミングだった。誰かが叫んだ。
「火だ! 燃えているぞ!」
ギャア、ギャアとカラスが一斉に鳴き始める声が聞こえた。