7 巣穴
明けて翌日。空はこの時期らしい快晴だ。
冒険者たちは一階の酒場で朝食を摂ったあと、アルミナから弁当を受け取った。
「ゴブリンとはいえ、気をつけて下さいね。何があるかわかりませんし」
「ありがとう。行ってきます」
ルークが代表して彼女に礼を述べ、数歩先で待つ仲間たちに合流する。
ぐっすりと眠った神殿騎士は、重装鎧を身につけながらも軽々とした足取りだ。
一方でその弟は、既に杖に寄りかかるようにしている。目の下に隈ができていることに兄は気づいたが、朝から弟が不機嫌なので何も聞けずにいた。
ザッシュは朝食をあっという間に平らげ、その後は鍛練をかねて薪割りをしていたようだ。それでも元気が余っているのか、腕を振り回したり飛び跳ねたりしている。
ヴィンセントが遺跡があるという森の中に入っていくと、木の上から影が飛び降りてきた。キルリーフだ。
「おはよう、キルくん。木の上で眠っていたのですか?」
治療師の問いかけに、森エルフは無言で頷く。彼はヴィンセントの隣に立って歩き始めた。
大人しいキルリーフに、ヴィンセントはなにくれとなく話しかける。ほとんど返答はないのだが、ヴィンセントは彼がそれでも会話を楽しんでいることを知っていた。
以前、迷惑なのかと思って会話を止めたら、「何か話せ」と視線を合わせずに催促されたからだ。
しかし、件の遺跡が近づいてくると、流石のヴィンセントも口を閉じる。
キルリーフが先行して偵察を試みた。
岩と大木が絡み合った一階建ての小屋ほどの石造物が見えてくる。分かれた木の根の間に開口部が見えた。手前には見張りなのかゴブリンが二匹。
日中の活動は不得手な彼らだが、入口は大樹の葉で陰になっている。キルリーフは足音を忍ばせたまま、もう少し近づいた。
ゴブリン達は汚らしい武器を手にしてはいるが、緊張感はない。何かを話しているが、キルリーフには分からない。どのみち、たいした内容ではないだろう。
彼は木陰から木陰へと素早く移ってゆく。
片方が何か冗談を言ったらしい。二匹は、げひゃひゃひゃと汚い響きで笑った。
もう片方が卑猥な手つきを始めたことから、下品な冗談だったようだ。その首が突然、すとんと落下した。
冗談を言った方は笑いを収めたあと、転がる首を見た。げひゃ、と引きつった笑みがその顔に浮かぶ。なぜ突然、仲間の首が落ちたのか理解できていない。これも何かの冗談だと思ったのかも知れない。
次の瞬間には、その首も仲良く地面に転がった。
背後にはすらりとした影が立っている。キルリーフは優美なエルフ造りの剣を血振りし、鞘に収めた。最後にもう一度だけ周囲を確認し、仲間たちの方を振り返って立てた指を前後に揺らす。
「いつもながら鮮やかですねぇ、キルくん」
「あれなら痛みを感じる暇もなかっただろうね」
「運の良い奴らだな!」
離れた場所で様子を見ていた一行は、キルリーフの暗殺術に感心しつつ、木陰から出てくる。ルークが一番最後だ。
入口までやってくると、キルリーフは既に下り階段の中程まで降りて様子を伺っていた。エルフである彼には、赤外線視覚がある。それに感覚が鋭敏だ。
ザッシュにも同様の暗視能力があるが、人間であるルーク、ダーク、ヴィンセントにはない。
「ここからは俺とキルリーフが先行しよう」
最後尾にいたルークが前に出てくる。祈りを口にし、手に持つ大盾を光らせた。ダークも短い呪文を唱え、杖の先に明かりを灯して続く。隣には槍を持つヴィンセント。最後尾はザッシュが受け持つ。
入口から階段へと侵入する。すぐに悪臭に気づいた。
腐敗物と糞尿の混じった強烈な匂いだ。
「うえ……、吐きそう」
ダークは顔をしかめ、前腕に鼻先を埋めた。
「直ぐに慣れますよ」
「慣れたくない」
ヴィンセントの言葉に、魔術師はますます顔をしかめる。感覚が鋭敏なキルリーフやザッシュにはもっと強烈な匂いに感じられているだろうが、二人とも一言も文句を言わなかった。
なのでダークも、しぶしぶ我慢をする。
「ここが巣で間違いなさそうだな」
ルークがキルリーフに小声で語りかける。森エルフは無言で頷いた。
「この時間なら、ほとんどのゴブリンは眠っているでしょう」
「階段下は広間なんでしょ? 火球の魔法を撃ち込んだらあっという間だよ」
「うわっ!!」
ヴィンセントとダークが小声で算段をしていたところ、突然、最前列のルークが大声を上げた。彼は足を踏み外し、ガシャガシャと音を立てながら階段を数段滑り落ちる。
キルリーフが慌ててルークの首根っこを捕まえ、落下を阻止したが遅かった。
騒音は、階下に鳴り響いてしまった。
ダークが顔に手を当てた。
「兄さん……」
「ごめん。なんか、ぬるっとしたものを踏んで滑った」
ルークはしおれた顔をしている。階下がざわめき始めた。
「過ぎたことを気にしても仕方ありません。来ますよ!」
「敵が寝てようが起きてようが、どうせやることは一緒だしね」
キルリーフの手を借りて、ルークが身を起こす。その頃には、階段の一番下にゴブリンの顔が覗いた。
「ギャッギャッ!!」
ゴブリンが警告の声を発する。その彼の右目に、突如として矢が生えた。キルリーフの速射だ。急所を撃ち抜かれた敵は、弾かれるように背中から倒れた。その死体を踏んで、次から次にゴブリンが駆け上ってくる。
「寝起きから元気な奴らだ!」
ルークが光る盾を構えて階段を塞いだ。キルリーフはその陰に隠れながら、次々に矢を放つ。
ダークは詠唱を始めた。ヴィンセントも槍を構える。
「うおーー! オレ、ここじゃ届かねえし!」
一番後ろから、ザッシュが不満の声を上げた。
「後で活躍の機会はありますよ」
ヴィンセントが彼をなだめる。
駆け上がってきたゴブリンが、ルークの盾に殺到した。
「シールド・バッシュ!」
そのタイミングで、ルークは盾を前方に突き出す。階段という不安定な足場でのこの攻撃は効果絶大だった。ゴブリンの前衛がバランスを崩して背後に倒れ、それが後ろの何匹かを巻き込む。
「雷撃!」
そこにダークの呪文が完成する。ルークの脇から差し出した魔杖の先端から、稲妻が直進し、転んでいる者も立っている者も等しく打ちすえていく。周囲には悲鳴と轟音が響き渡った。
倒れて動かなくなる者もいたが、数匹は生き残って攻撃してくる。
その胸を、やはり盾の脇から突き出したヴィンセントの槍が貫いた。
冒険者たちは息のあったコンビネーションで、ゴブリンどもを殲滅しながら階段を下っていく。
やがて、広間に辿りついた。




