表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/29

4 酒場にて

 三人が覗き込む。


「ほら。貴族の館でも修道院でもないのに、菓子がある」


 菓子作りに欠かせない砂糖やハチミツやバター、卵は貴重品だ。貴族は日常的に甘味を摂っているらしいが、庶民は祭りの時くらいしか口にする機会はない。また、修道院は神への供物として菓子を生産しており、多額の寄進をした者や重病の者に薬として授けた。その材料は所領からの物納でまかなわれる。

 メニューに示された菓子類は、当然ながら値段も高い。需要が多いとは思えないが、種類は少ないながらもメニュー下段には菓子のカテゴリがあった。


「本当ですね」


 ヴィンセントが眼鏡を持ち上げた。その奥で、琥珀色の瞳がきらりと輝く。ダークは瞬いてメニューから手を離した。


「まさか、頼むつもりなのヴィンス?」

「お菓子は薬ですからねぇ。私の守備範囲ですよ。それにほら、こういうときのために貯金しているのですし」


 白衣の青年は懐を叩く。

 逆にザッシュは拍子抜けした表情だ。


「オレなら、菓子も肉がいいがな。生肉ケーキとか、冷凍肉ロールとか」


 なんだそれは、とダークが小さな声でツッコミを入れた。ヴィンセントが笑う。


「君はそうでしょう、ザッシュ。ああ、キルくんにも食べさせてあげたかったですねぇ」

「キルリーフも甘いものが好きなのか?」


 ルークが疑問を投げる。ヴィンセントは肩をすくめた。


「さあ? 反応を見てみたかっただけです」

「反応するかな?」


 ダークはキルリーフの死滅した表情筋を思った。彼のことを時々、自動人形かなにかのように思うことがある。感情のブレが少なく、その分、仕事は正確無比だ。


「お待たせしましたー! エール三つと、キイチゴジュース。それにハムとチーズの盛り合わせです~」


 給仕が両手いっぱいの注文を運んできて、テーブルの上に威勢良く並べていく。彼女が立ち去る前に、ルークは追加の注文を伝えた。シチューやパン、幾つかの肉料理、それにヴィンセントが選んだ菓子もだ。

 給仕は掌に人差し指でメモをする仕草をした。彼女流の記憶術なのだろう。間もなく、料理が次々に届けられた。


 デザートの到着はまだだったが、それ以外のあらかたの皿から料理が消えた頃、老人が近づいて来た。先ほど、給仕から示された村長だ。

 ルークが立ち上がろうとしたのを、「あ、いやそのまま。そのまま」と片手で留める。

 腰は曲がっているものの、血色が良くて元気そうな老人だ。


「わしはこの村の代表をさせてもらっておるオルドと申す者。お前さんたちか。ギルドから派遣されてきた冒険者というのは」

「そうです。俺はルーク。こっちが弟のダークで、ヴィンセント、ザッシュです」


 オルドは一人ずつに視線を送った。


「四人か」

「いえ、あと一人。今はいないのですが」


 ルークは困ったようにこめかみを掻く。キルリーフがどこに行ったか、彼にも把握できてない。問われたら何と答えようと悩む。

 しかし村長は別段気にした様子もない。隣のテーブルから丸椅子を移動して、一行のテーブルの脇に腰掛けた。


「何でもゴブリンが急に溢れてきたとかで」

「そうなのだ」


 ヴィンセントが水を向けると、オルドは眉根を寄せて頷いた。

 そして酒場の一角を示す。


「この村から少し行った場所に、古い遺跡があるのだが、そこから急に湧き出してきおってな」


 一行は顔を見合わせた。


「地下域と繋がったかな」

「かもね」



 大陸の地下には太古の昔から、日光を苦手とする魔物たちが住みついており、巨大な巣穴を形成していると言われる。通常は互いに関わらぬため、地上の者たちはこの”地下域アンダー”についてほとんど知らない。

 しかし、地下の環境が変わったり、強力な魔物が移動しくてると、追いやられた魔物が地上に出てくることがあった。


 特にヒエラルキーの最下層に位置するゴブリンやコボルドたちは、こういった事情で地上に出てくることが多い。そうすると、彼らは食べ物を求めて近くの村落を襲い、被害が出るのだ。

 古代の遺跡などは地下に埋もれていることが多いため、地下域と繋がりやすい。そうでなくとも、魔物の住み処と化してしまうことがよくあった。



「私たちも、来る途中でゴブリンの群れに遭遇しました。あらかた倒しましたけれど、それでも何匹かは逃げたことでしょう」


 ヴィンセントが片手を動かしながら伝える。老人はため息をついて、ゆっくりと首を振った。


「夜は男衆が交代で見張りに立っておりましてな。幸い、まだ村の中までは入ってきておらんが、二度ほど、すぐ近くで姿を目撃されておる。その時は犬をけしかけたら逃げていったようだが」

「おそらく偵察だ」ルークが頷く。「自分たちの人数で襲うことが出来るかどうか、”群れの規模”を観察していたのだと思います」

「この村、建物が多いから……。それが功を奏しているんだろうね。空き家とバレるのは時間の問題だろうけれど」


 ダークの補足に、村長も同意見のようだ。深刻な表情で頷いている。


「まぁ、オレらに任せとけ。綺麗に掃除してやんよ」ザッシュが胸を拳骨で叩く。「その代わり、報酬は頼むぞ! 金と美味い飯だ」

「ええ、勿論です。どうかよろしくお願いします、冒険者のみなさん」


 オルドは深々と頭を下げた。彼が頭を上げたあと、一瞬の間があいた。「では」と腰を浮かせた老人を、ダークが「まって、もう一つだけ」と呼び止める。


「その遺跡について、知っていることを教えて欲しい」

「あ、ああ。そうですな。これは気が回りませんで」


 村長は薄い頭髪を撫で、腰を落とす。


「規模はそれほど大きくありません。入口から階段を下ると、大きめの広間になっておりましてな。そこで年に一度、祭りを行っていました」

「祭り?」

「宗教施設ですか?」


 ダークの疑問符に、ヴィンセントの質問が重なる。オルドが頷いた。


「年の初めに、地母神ガイアナに豊作を祈る儀式をそこで行うのです」

「それじゃあ、ゴブリンが湧き出したのって最近なんだね?」

「はい。今年の儀式の時には影も形もありませんでした」

「なんでも、神殿のどこかに山のようなお宝が隠されているらしいぜぇ?」


 突如、隣のテーブルから声が掛かる。一行が振り返ると、鼻を赤らめてすっかり出来上がった男が、片手でジョッキを掲げていた。

 その向かいから、ネズミのように前歯の尖った男も口を挟んでくる。


「俺が死んだじいさんから昔聞いた話じゃ、宝石を生み出す魔法が掛かった部屋があるらしいぜ?」

「宝石?」

「魔法?」


 ルークとダークが同時に、別の言葉を拾い上げた。


「これ、よさんか。外の人たちにそのような戯れ言を」


 オルドが酔っぱらいたちを窘める。


「詳しく聞きたいですね」


 とヴィンセントが眼鏡を中指で持ち上げる。村長は眉尻を下げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ