エピローグ 終
吟遊詩人は必死で耳をそばだてた。何しろ、自分の命が掛かっているのだ。
どうやら彼女たちは、物語を共に反芻しているらしい。
詳しくは聞こえないが、その姿は深刻そうである。人の命が掛かった決断を委ねられ、冷静に討議しているようだ。
吟遊詩人はせわしなく鼓動する心臓をなだめながら、辛抱強く待った。
永遠とも思える数十分ののち、女官たちは静かに元の位置へ戻る。
巫女が立ち上がった。
「では投票を行いますわ。彼に物語を望む者は右手を、死を望む者は左手を挙げて頂戴」
少女が宣言すると、女官たちはそれぞれの思うところに従って手を挙げた。
「……意見が出そろいましたわね」
巫女は右手と左手、それぞれの女官たちの数を目線でカウントし、吟遊詩人に向き直った。
「見ての通りですわ。残念ですけれど、わたくしたちは物語の続きよりも典範の方が重いと判断いたしました。従ってあなたに、改めて死刑を宣告します」
巫女が片手をひらめかせると、吟遊詩人の周りに槍の檻が出来た。
「彼を連れて行きなさい。そして速やかな死を――」
「まっ、待ってくれ!」
男は顔面蒼白で、夢中で巫女に詰め寄ろうとした。槍の穂先に胸を突かれ、果たせない。
巫女が高い場所から冷ややかに見下ろしてくる。
彼は膝をわななかせ、首を振った。
「その前にどうか教えてくれ!! どうして? どこが駄目だった? どうすればこれは、よりよい物語になるんだ?」
吟遊詩人はそれまでの芝居がかった口調をかなぐり捨て、叫んだ。
彼の懇願は、静謐なる神殿にこだまして幾つもの疑問符をたなびかせる。
死の間際にあっても彼は、命乞いよりも自身の語りの悪しき点を知りたがった。技を磨きたがった。
「否定をするならせめて、理由を教えてくれ!」
悲痛な願いに対し、巫女の反応も瞳も氷のように冷たい。
「わたくしたちは聞きました。そのことに対し、判断を下す自由はわたくしたちのものだわ。理由を述べるも述べないも」
吟遊詩人は悔しげに目を瞑り、首を振った。巫女の言葉は正論だ。少なくとも彼女は、最後まで物語を聞いてくれた。何も聞かず、彼を処刑したわけではないのだ。
「連れて行きなさい」
巫女は腕を横に薙ぎ、力をなくした吟遊詩人は戦士たちに引っ立てられていく。
彼の物語は終わった。
静かになった高座に膝を割って座り、巫女はクッションを抱きしめた。
「物語の神は、彼を生け贄に欲したのね。残念ですわ……」
吐息を吹きかけて目蓋を伏せた。自らの役割を果たした巫女の瞳は、どこか寂しそうだった。
最後までご愛読ありがとうございました。
(次の投稿は、もう一つのエンディングです)




