24 遅れて来た宝石
翌日の朝食の席では、冒険者たちはすっかり元通りの雰囲気だった。
焼きたてパンと野菜スープで軽めの食事を摂り、今はお茶が蒸れるのを待っている。
お茶セットを置いたあと、一度厨房に引っ込んだアルミナが再びトレーを運んできた。
「冒険者さん達に、是非とも見ていただきたいものがあるのです」
目の下に隈を作った彼女がそういって、テーブルにトレーを置く。
そこにはガラスの器が四つ。
上には艶々と輝く深紅の宝石が載っていた。
「えっ!?」
一行は一斉に身を乗り出す。その彼らの前に、アルミナは一つずつ、器を置いた。
宝石に思えたそれは、震動を受けてふるりと揺れる。
どうも石ではなさそうだ。
「何ですか、これは?」
ヴィンセントは身を屈め、指で眼鏡の智を挟んで持ち上げる。
「『宝石』です」
「ゼリー?」
ザッシュが舌足らずに繰り返す。アルミナは微笑んだ。
「ともかく、まずは食べてみて下さい」
冒険者たちは顔を見合わせ、添えられたスプーンを手にすると、『宝石』を載せて口に運ぶ。
「!?」
ダークが口に放り込んだあと、唇を押さえて目を輝かせた。
「これ、キイチゴジュースの味がする」
ハチミツか砂糖を加えてあるのであろう。「夕べのジュースよりも甘いけど」とダークは付け加えた。
ヴィンセントは目を閉じて、薄く唇を開いて笑みを浮かべている。忘我の境地のようだ。
「なんとも不思議な食感だ……。ふにゃふにゃしていてつるつるしていて、舌と上あごで潰したら口の中で溶けた」
ルークが真面目に食レポした。
「オレにはちょっと甘すぎるけど、おもしれー。もっとねぇの?」
ザッシュはあっという間に自分の割り当てを平らげてしまった。
アルミナは四人の表情から好意的な評価を感じ取り、笑みを深める。空になった器を回収してトレーに載せて脇に避け、蒸らし終わったお茶をカップに注いだ。
「実はこれ、昨日お借りしたレシピ集に載っていたお菓子なのです」
「レシピ集?」
「あの本って、やっぱりただの料理本だったんだ……」
ダークががっかりしたように言った。
「どうして分かったのです?」
差し出されたカップを受け取りながら、ヴィンセントが問うた。この質問を想定していたらしく、アルミナは隣のテーブルから二冊の本を持ってきた。そのうちの一冊をヴィンセントに差し出す。
彼は受け取って表紙を撫でた。本の表紙は茶色をしていたが、元の色かどうかは分からない。色にむらがあるし、表紙の角や端はボロボロに傷んでいる。
「随分と年季の入った本ですが」
「我が家に代々伝わる料理のレシピ本です。私は母から譲り受け、母はその母から受け継いだそうです」
「なるほど。……おや?」
ぱらぱらと本文をめくってたヴィンセントが、中程のページで手を止めた。
「見覚えのある図が」
「はい。……これですね」
ヴィンセントが開いたページと同じ図を、アルミナはもう一冊の本で示して見せた。
「あ、その本……」
ダークが思わず口にする。遺跡で見つけた、空色の革表紙の本だ。
「同じ図だな」
ルークも二つを見比べた。図だけではない。筆跡こそ違えど、添えられた文章も同じだ。
アルミナが頷く。彼女は空色の本に視線を落とした。
「おそらくこっちがオリジナルなのだと思います。私が受け継いだ写本は、後ろの方が焼け焦げて読めなくなっていました」
「……。本当ですね」
途中で差し替えたのか、写本の表紙には焦げが見あたらなかったが、裏表紙を開いてみると羊皮紙が焼けて読めなくなっているページが数枚あった。
遺跡で見つけた本と厚みを比べてみると、写本の方が薄い。
「そして、なくなったページに『宝石』の作り方が書いてあったのです」
「ほほう?」
「戦乱に前後してか分かりませんが、製法が失われていました。それを、皆さんのお陰でこうして取り戻すことが出来たんです! なんとお礼を言ったらいいのやら……。これでこの村は救われます!」
アルミナは感極まった様子で、頭を下げた。
一行は顔を見合わせる。
「けど、たかがお菓子のレシピでしょ? 村が救われるって、さすがに大げさじゃない?」
ダークが思ったことを口にする。
するとアルミナが勢いよく顔を上げ、身を乗り出した。
「それが大げさじゃないのです!」
今朝はテーブルの反対側に彼女がいた。離れていてもダークは反射的に背を仰け反らせた。
「『宝石』の原料、なんだと思います?」
「さっきダークが言ってたじゃねえか。キイチゴジュースなんだろ?」
ザッシュが口を挟む。ヴィンセントが首を振った。
「ジュースを固める素材に、秘密があるのですね?」
「そうなんですよ!」
アルミナは目を輝かせた。
「煮こごり料理は一般的ですけれど、あちらは肉汁や魚汁で作るため透明感がありません。でも『宝石』はとても透き徹っていたでしょう?」
「確かに。最初、本物の宝石かと思った」
「だったら器に盛らないでしょ」
ルークの横からダークが突っ込む。とはいえ、彼もその見た目に驚いた一人だ。
アルミナは悪戯っぽい笑みを浮かべて、冒険者たちの答えを待っている。
顎に片手を添えて考えていたヴィンセントが、何かに気づいて顔を上げた。
「ひょっとして、……ゲマ豆?」
「正解です!」
アルミナが両手をヴィンセントに向けて伸ばし、ひらひらさせた。
「よく分かりましたね! 驚きました」
「話の行方も分かりました」
「僕にも分かったし」
ダークが唇をとがらせる。ヴィンセントと同時くらいに彼もハッとした顔をしたのだが、口に出したのはヴィンセントが早かった。
アルミナは空色の古文書を撫でる。
「移転前の村では、祭りの時の特別なお菓子として『宝石』が作られていたようです。ゲマ豆の胚乳を粉にしたものから、さらに透明度の高い糊化成分を分離させる秘法がここに記されていました。大発見です! これで、お菓子作りに革命が起きます。あれほど透明度の高いものを作ることが出来るのですから」
ザッシュの目蓋が落ちて来た。彼はあくびをする。
「それってどうなるんだ?」
アルミナは彼の方を向いた。
「王都の貴族の間では、友を招いてふるまうお茶の時間が欠かせない習慣となっています。そこにはお茶請けとしてお菓子も並びます。彼らは競って美味しいお菓子、珍しいお菓子を探し、社交に用いているそうです。見た目が美しく美味しい『宝石』は必ずや彼らの心を射止めるはず!」
「『宝石』が求められれば」
「ゲマ豆も求められますね」
「つまり、無駄に生い茂っているゲマ豆が、村の名産品になるのか!」
ルークが漸くすっきりとした顔をした。
アルミナが口元に拳を当てて笑う。
「今は自生している形ですが、『宝石』を作っていた頃は、きちんと世話をして育てていたのだと思いますよ。本来のゲマ豆と味が違うのはおそらくそのせいです。手を掛けたら、ゲマ茶ももっと美味しくなるかも」
ダークがふぅ、と息を吐いた。お茶――ごく普通のハーブティーだ――を一口飲んで、カップを下ろす。
「結局、宝石を隠したって話も、宝石を生み出す装置の話も、あながち嘘ではなかったんだね」
「ふふ。まさしくダークの言った通り、”言い伝えには、往々にして真実が隠されている。少なくともその一端が”でしたね」
ヴィンセントが彼の口まねをしたことで、ダークは頬を赤らめた。
「まあ、僕たちにとっては価値のない宝石だけれど、この村にとっては大変な宝でしょ。その本の所有権は放棄するよ」
いいよね、というように、ダークは仲間を見遣る。
反論は一つもない。どころかルークは、にこにこして弟の頭を撫でた。
「お前のことだから、代価を寄越せとか言うかと思った」
「僕は別に、守銭奴じゃない。兄さんがいつも、必要な報酬まで断ろうとするから」
やめて、と兄の手を振り払う。そしてぶちぶちと文句を言った。
仲間たちが笑う。
「ゴブリン退治の報酬はしっかり受け取るよ、ダーク。約束する」
「いっとくけど、そんなの当たり前だからね? いちいち胸を張らないでよ」
丁度良く、村長がやってきた。




