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23 馬鹿たち

 二階の四人部屋に戻ったダークは、破れた衣服を脱いで寝間着に着替えた。ローブの胸元はキルリーフが貸してくれたマント留め(フィビュラ)で合わせていただけだ。

 それを外して畳んだローブと共にランプの隣に置き、ベッドに腰掛けて仰向けに倒れた。

 疲労がどっと押し寄せてくる。直ぐに眠りに落ちるかと思ったが、身体とは裏腹に頭が冴えてしまって駄目だ。

 ガラスの筒の中で燃える小さな明かりさえも、今のダークにはまぶしく感じられた。

 目蓋の上に右腕を載せ、もやもやと今日の出来事を考える。


(ザッシュに酷いことを言ってしまった)


 ダークが助かったのはザッシュのお陰だ。彼が悪魔に喰われそうになった時、ザッシュが泡を喰い破ったのだという。一部始終を目撃していたヴィンセントが、帰り道でそっと教えてくれた。

 だから同じ泡に閉じ込められていたルークも解放され、悪魔を挟撃して倒すことが出来たのだと。

 他の誰にも出来なかったことを、ザッシュの牙だけがやってのけた。


『暴走の危険を隠していたのはザッシュが悪かったと思います。けれど君だって、誰かに嫌われたくなくて隠し事をすることくらい、あるでしょう?』


 この言葉は、ダークに刺さった。

 幼い頃から身体が弱く、その割に生意気な口を利くダークは、孤児院でよくいじめの対象となった。彼には庇ってくれる兄がいた。でもザッシュには……? 誰がいたのだろう。

 考えると苦しくなった。


(ザッシュ、いつも脳天気に振る舞っていたけれど、あれは彼なりの処世術だったのかな。嫌われて傷つかない人なんて、いないよね)


 ドアの蝶番が僅かに軋んだ。ダークは物思いから引き戻され、目蓋の上から腕を退かす。


「兄さん……?」

「オレ。入っても良いか?」


 ザッシュだ。

 ダークは身を硬くし、上体を起こした。


「……。みんなの部屋だし」


 拗ねたように言うと、ザッシュの気配が入って来た。彼は後ろ手に扉を閉め、真っ直ぐに自分のベッドに向かう。装備を外して上半身裸になり、ベッドに座った。

 ダークはシーツの上で両膝を抱えている。ザッシュの一挙手一投足を上目遣いに見つめていたが、目が合うと視線を逸らした。

 それでも構わず、ザッシュは話しかけてきた。


「ルークのこと、本当にごめんな、ダーク。謝って済む問題じゃねえのは分かってるけど」

「もういいよ」


 ダークはつっけんどんに言い、ザッシュは黙り込んだ。


(違う。そうじゃないんだ)


 ダークはもどかしさに内心地団駄を踏む。


(どうして僕はこう、口下手なんだろ。沢山の本を読んできたのに、こういうとき、一番良い言葉を選択できないのはなぜ?)


「そうか。なら良かった」


 ザッシュが遅れて笑顔を浮かべた。


(良いわけないだろ! 絶対。なんで笑えるんだ)


 ダークはなぜだか泣きたくなった。それまでだったら、ザッシュは馬鹿だからと思っていたかも知れない。でも今は――。

 彼が傷つきながらも、傷ついていないふりを装った笑顔に思えた。

 相手のために。


(僕のために)


「おやすみ、ダーク。また明日な?」


 ザッシュは布団を被って横になろうとした。


(待って! 僕はまだ、謝れてない!)

「そうだ、合体!」

「ん?」


 ダークが突然顔を上げ、大きな声を出した。ザッシュは動きを止め、不思議そうに彼を見る。


「合体、……してあげてもいいよ。今度」


 ダークは両脚をさらに抱え込み、紫紺の瞳を横向けて言った。顔が真っ赤だ。足の指をもぞもぞとさせている。

 ザッシュの脳裏に言葉の意味が染みこむまで、しばらく時間が掛かった。それから彼は目と口をめいっぱい開く。


「いい、のか……?」

「二度も言わせないでよ」


 ザッシュはベッドから飛び起きた。両腕を天に向け、「うおーーーーっ!」と大喜びする。

 ダークのベッドに駆け寄り、端に飛び乗った。

 反動でダークの身体が跳ね、びっくりして転がる。


「ちょ、ちょっと!」

「約束だぞ、ダーク!」


 ザッシュは転がったダークの上にのしかかった。さっきまでの様子が嘘のように、緑瞳が悦びで輝いている。


(あれっ……? もしかして)

「お前って……、ほんとうにただの馬鹿なの?」

「馬鹿じゃねえ! ごまかそうとして無駄だぞ。今の言葉は忘れねえから!」


 あれもやって、これもやって、と、どうやって魔法と剣の合体攻撃を行うか、唐突にプランを語り始める年上の仲間。


「そんなに魔力がもたない! 一回だけだからな!」

「えー? 一度やっちまえば、二度も三度も変わんねえだろ? なぁ~、やろうぜ!」

「やだよ!」

「なんだなんだ、楽しそうに何をやるつもり……って! ダーク!?」


 唐突に扉が開き、ルークが入って来た。彼はぎょっとして固まる。目に入ったのは、ベッドに仰向けに転がった弟と、そのすぐ傍に上半身裸でシーツに両手をつく仲間の姿だ。

 ルークは真っ赤になり、顔の前に腕を持ってきた。


「なっなっなっ……! ふ、ふしだらだぞ! ダーク!!」

「えっ? 何が」

「おやおや」


 その後ろから、ヴィンセントがニヤニヤと顔を覗かせる。彼は眼鏡のブリッジを押し上げた。


「お邪魔してはかわいそうじゃありませんか? ルーク。ここは若い二人に任せて」

「だめだ。お前にはまだ早い!」


 ルークは肩に置かれたヴィンセントの手を振り切り、よろける足でベッドの傍に駆け寄ってザッシュの身体を片手で押した。

 ザッシュは不機嫌そうに上体を戻す。


「ルークが口出す事じゃねえだろ。オレとダークで決めたんだ」

「待って、何か誤解が?」


 ダークも身を起こしながら、兄とザッシュを見比べた。ヴィンセントは全てを察した上で、笑うだけで止めてくれない。


「ザッシュ! お前に弟はやらん!」


 ルークがダークを両腕に抱きかかえた。ザッシュが目を眇める。


「あ”? やんのかコラ!?」

「ダークは俺のだ!」

「言葉が足りてないよ! それに兄さんは怪我人でしょ!? ヴィンスも笑ってないで!?!?」


 ダークの悲鳴に、ヴィンセントの大笑いが被さった。


 ダークは思った。

 こいつら全員馬鹿だ。

 でもくよくよ悩んだ僕が、一番馬鹿だったかも知れない……。

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