表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/29

20 治療

 それからのヴィンセントは大忙しだった。

 ルークの容態を安定させ、ダークの為に薬草茶を準備し、合間にザッシュの様子を確認する。

 一段落すると彼は、ゴブリンの死体を穴に放り込む作業をしていたキルリーフを呼んだ。

 そばに座らせ、革鎧を外して衣服の合わせを開いていく。

 キルリーフはされるがままだ。

 出血の多かった箇所には布地が貼りついていた。それを剥がすとき、キルリーフは僅かにまつげを震わせたが、反応はそれだけだった。

 エルフらしい細身だが、無駄なく鍛え上げられた上半身が露わになる。心臓の上から右の鎖骨方面に向け、矢傷が斜めに走っていた。鎖骨に近づくにつれ、傷は深い。キルリーフが咄嗟に身を捻ったため、矢尻は革鎧を貫いたあと、肌の上を斜めに滑ったらしい。既に血は止まっている。真新しい矢傷以外にも、彼の身体には古い傷跡が無数にあった。

 ヴィンセントは片眉を上げたが、何も言わない。ただ小麦色の肌に触れ、傷口の具合を観察した。


「傷は浅い」


 ここで初めて、キルリーフは抵抗らしい抵抗を試みる。瞳を揺らして、衣服の合わせを閉じようとしたのだ。だが、治療師はきっぱりと首を振った。


「駄目です。直ぐに消毒しないと、これは化膿します」


 そう言われれば、反論はない。キルリーフは抵抗を諦め、ヴィンセントの治療を受けた。


「……。あの技は何だ?」


 言葉足らずの質問の意図を、ヴィンセントはすぐに察した。傷口に消毒液を染みこませながら、片顔で笑う。


「ちょっとね。昔、猛獣を飼っていたことがありまして」

「猛獣……」


 キルリーフは、言葉通りの意味だろうかと訝しむ。治療師の前職が猛獣使いとは。


「獣医か?」


 むりやり繋げたらしい連想に、ヴィンセントは声を出して笑った。


「さあ、どうでしょうね?」

「教えろ」

「キルくんだって、秘密を抱えているでしょう? 教えてくれます?」


 キルリーフは目をそらした。直後、胸の傷の深いところに、強く押しつけられた綿から消毒液がしみる。


「……っ!」

「なら、おあいこです」


 思わずしかめたキルリーフの横顔をみて、ヴィンセントは眼鏡の奥に愉悦を浮かべた。


 傷口に包帯を巻き終えると、ヴィンセントは丁度良く冷めた薬草茶を手にダークの元へ向かう。

 若い魔術師は横たえたときのまま、眉根を寄せて目蓋を閉じていた。


「ダーク」


 静かに呼びかけてみる。が、反応はない。

 隣にキルリーフが静かに歩み寄った。


「薬草茶を飲ませたいのですが」


 とヴィンセントは彼を見上げて言った。キルリーフの銀の瞳がヴィンセントに移り、すぐにダークに戻る。


「起こすか?」

「起こせます?」


 キルリーフは質問には答えず、ダークの頭を回り込んでヴィンセントの向かいに跪いた。魔術師の青白い頬を両手で挟む。

 それから左手の親指で、鼻と上唇の間をぎゅっと押した。そのまま、右手で彼の頬を軽く叩く。


「なるほど、覚醒の急所ですか」


 ヴィンセントが呟いた。キルリーフを値踏みするように見つめ、考え込む。


「……ん…っ」


 ダークの目蓋が震え、幾度か瞬きをした末に開かれた。呆けた、うつろな表情だ。

 キルリーフは手を離し、顔を上げた。

 ヴィンセントが頷き、あとを引き継ぐ。彼は指を一本立て、ダークの目の前で左右に動かした。


「ダーク。私が分かりますか?」

「……。ヴィンス? 僕……」


 ダークはさらに何度か瞬いた。紫紺の瞳が指を追うのを確認し、ヴィンセントは指を下ろして器を差し出す。


「はい。薬草茶ですよ」


 鼻先に漂う強烈な草の匂いに、ダークは顔をしかめた。


「……今日はもう、飲んだのに」

「これはまた、別のです」

「咳は出てないよ」

「いいから飲みなさい」


 ダークは身じろぎしたが力が入らないようで、キルリーフが彼の上体を支えて起こした。

 その口元に、ヴィンセントが薬草茶の器を押しつける。

 ダークは唇を閉じて僅かに抵抗したが、諦めたように開いて、どろりとした液体を受け入れた。


「ぅぅぅ……」

「ゆっくりでいいから、ちゃんと全部飲みなさいね。キルくん、お願いできますか?」


 キルリーフは頷き、器を受け取る。

 ヴィンセントはザッシュの方に向かった。



「……腹、へった……」


 ザッシュはヴィンセントが近づいてくると、うつぶせの姿勢で顎を床に立て、哀れっぽく言った。

 瞳の色は緑に戻っている。体格も、髪や角の長さも元通りだ。

 ヴィンセントは彼の顔の前に膝をついた。


「正気を取り戻しましたか?」

「……オレ、またやっちまったみてえだな」


 ヴィンセントが頷く。腰を地面に下ろしてあぐらをかいた。


「自覚はあったのですね」

「いや。暴走中のことはよく覚えてねぇんだ」


 ザッシュの声には元気がない。


「ルークを傷つけたことも?」


 この言葉に、ザッシュは息を止める。彼は目蓋を伏せた。


「……ルークは無事か?」


 ザッシュは首を動かすが、今の身体の向きでは横たわるルークが見えない。その方が良いだろうとヴィンセントは考えた。


「手当は済んで、今は休んでいます」

「そうか」


 ザッシュはほっとしたようだ。


「解いてくれ。もう、暴れたりしない」


 ヴィンセントは顎の下に手を添え、この申し出を吟味する様子を見せる。


「この縄、あちこち食い込んできて、痛ぇんだけど」

「どうしましょうかねぇ?」

「解放してくれたら、すぐにここから立ち去るから」


 ザッシュは眉尻を下げて懇願した。ヴィンセントが瞬く。


「おや? どこへ行くのです?」

「どこへでも。どうせどこに行ったって、オレは歓迎されない」


 ザッシュは鉛のような息を吐き出した。


「初めてじゃねえんだ。こういうことは」

「引き金は、出血ですか?」


 問いかけに、ザッシュは迷った末、頷く。


「命の危険が迫るとか、興奮状態になるとか、なんか、オレの理性が飛ぶようなことがあると、ああなる」

「おやおや。大変じゃないですか」


 ザッシュは首を振った。苦しげに顔をしかめる。


「そんな一言じゃすまねえ。たくさん傷つけた。死んだ人もいる。これからもそうだ。生まれついてのひとごろしなんだ、オレは。みんなの言う通り、生まれてくるべきではなかった。でも死のうとすれば、暴走してしまう……。オレにはオレを殺せない」


 傷ついた混じり者は、震える声で告白した。

 ヴィンセントの指が、最後の言葉にぴくりと動く。手を伸ばしてザッシュの赤髪を撫でた。


「……?」


 ザッシュは不思議そうに上目遣いをした。


「そういうことであれば、なおさら貴方を解放するわけにはいきませんね」

「……毒でもくれるのか? 効かないぞ。試したんだ」


 ヴィンセントは鋭く息を吐いた。眼鏡の奥で目が冷たく細められる。


「貴方は本当に馬鹿ですね! 脳筋どころか、この中は空っぽでは?」


 棘のある言葉と言い方に、ザッシュはしんなりとした。ヴィンセントは怒ったようなのに、まだ頭を撫でている。ザッシュにはそれが不思議だ。


「こんなに馬鹿でかつ危険な獣を、野放しに出来ないと言っているのです。貴方に必要なのは毒ではなく、首輪と鎖でしょう」

「……?」


 話が見えなくて、ザッシュは目蓋をしばたたいた。

 髪を撫でていた手が黒い角に触れた。根元から先端へと、指先がゆっくりとなぞっていく。伝わる感触が妙に心地よくて、ザッシュの瞳はとろんとした。異形の証である角に、こんな風に触れられたことは一度もない。


「馬鹿とハサミは使いよう。今回のことで、コツはつかみました」


 ヴィンセントは身体を前傾させ、ザッシュに顔を近づける。


「私が、貴方を使いこなしてさしあげます」


 彼は囁いた。

 その声に、ザッシュは悦びと恐怖が同時に背を這い上がるのを感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ