16 隠された宝
休憩を終えた一行は、元気になって再びパズルに取りかかった。
番号のみだが手元に完成形があるため、ヴィンセントとダークの指示は迷いがない。タイルはあるべき場所へと次々収まっていき、ついに最後の一枚を動かす。
「でき……た?」
ダークが口にするのと同時に、右下の空白に下から未知のタイルが出現した。
完成した壁画の左側には巨大な女性が、右側には座して祈る人々が描かれている。放射状の後光が差していることから、女性は女神であろう。彼女は歪曲した棒のようなものを差し出しており、そこから小さな黒点が飛んでいる。
人々の後方には、判で押したように同じ形をした木が沢山生えていた。そして上空には太陽を運ぶ少年と、水瓶から水を降り注がせる少女がいる。
「タイルを動かしているときからうすうす思ってたけど、これ、ゲマ豆なんじゃないか?」
「その通りだよ、兄さん」
黒点を示す兄に、ダークが平然とした口調で答える。そんなことはとうに分かっていたと言いたげだ。
その時、キルリーフがぴくりと耳を動かし、顔を上げた。
「音」
「オレにも聞こえた」
ザッシュも頷く。
「隣の部屋の床ですね」
ヴィンセントが予想を口にし、皆が視線を交わした。
「行ってみよう」
太陽の小部屋に戻ってくると、果たして床の切れ込みが開いて穴になっている。
一行は駆け寄った。
最初に辿りついたザッシュが、ルークに盾で照らして貰って中を覗き込む。
「なにがある?」
と後ろからダーク。好奇心に満ちた口調だ。ザッシュはこれには答えず、両膝をついて穴に手を入れ、中から箱を取り出した。金属製だが錆びなどはない。模様や装飾などもなにもなく、シンプルな作りだ。大きさは胸に抱え込める程度で、厚みはさほどない。
「なんだこれ? これが魔法の装置?」
「あまりそうは見えませんね」
「開けるか?」
ザッシュは一同に見守られながら、取り出したそれを腿の上に置き、両手で蓋を持ち上げた。蓋は予想外になんの抵抗もなく、あっさりと開く。
中に入っていたのは――
「……本?」
「そのようですね」
「まさかそれが宝石を生み出す魔導書!? 見せて見せて!」
ザッシュの隣にいたルークが、箱を傾けて丁寧に本を取り出し、それを弟に差し出す。ダークは紫紺の瞳を煌めかせてこれを受け取った。杖を床に置き、その場に座りこむ。
魔導書にしてはシンプルな表紙だ。空色の革で装丁されているが、特にタイトルなどはなく、ごてごてとした装飾もない。
それでもダークはじっくりと表紙、背表紙、小口を観察したあと、ようやく本を開いた。
重ねられた羊皮紙を一頁ずつめくっていく。次第に、若き魔術師の眉間に皺が寄っていった。
「……。なにこれ」
半ばから最後の辺りは、一枚ずつめくる価値もないと判断したのか、彼は一挙にぱらぱらと流して裏表紙を閉じる。
「なんでしたか?」
「魔導書じゃなかった」
ダークは心底がっかりした口調で、ヴィンセントに本を差し出す。
治療師はこれをうけとり、本の半ばほどを開いた。
使われている文字は魔法文字ですらない。この地方の公文書などに使われているアルタ文字だ。しかしそれよりも先に目につくのは豊富な図版だ。
「水にさらしてあく抜きをし……、細かく刻んで……」
「なんか料理の本みてえだな?」
耳で聞いたザッシュが、唇をなめた。腹もさすっている。
ヴィンセントは本から顔を上げた。眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。
「それはそうでしょう。料理の本ですから」
「へっ?」
意外な言葉に、ルークが瞬いた。自分の目で確かめるべく、ヴィンセントから本を受け取ってパラパラとめくる。
「……ほんとだ……。載っているのは調理法ばかりだ」
「錬金術書の中には秘術を守るために、料理の本に偽装するものもあると聞きますが?」
ヴィンセントはダークに向き直って尋ねた。
「確かに」
興味をなくしていたダークが、この言葉にもう一度、本への興味を呼び戻す。
「料理本と見せかけた錬金術書なら、詳しく調べる必要がある」
「ただの料理本なら、こんなに厳重な保管をする必要はないだろうしな」
ダークはヴィンセントから受け取った本を、もう一度開いてページを眺めたあと、閉じて鞄へとしまった。
「他にはなんもねえー」
その間に、穴に首を突っ込んでいたザッシュが顔を上げる。
キルリーフも、もっと詳しく穴を観察したあとで首を振った。ルークが頷く。
「まあ、本のことは村に帰ってからダークに詳しく調べて貰おう。依頼も果たしたし、ここにはもう、用はないな」
ルークのこの言葉で、皆は立ち上がった。
祭壇の間に戻ってきた一行は、すぐに違和感を覚えた。
なにか、目に見えない柔らかな膜に、全身を撫でられた気がしたのだ。
その上――、
「ゴブリンの死体が……!」
戦いのあと、そのままとなっていたゴブリンたちの死体が、一つ残らず消えている。
水の小部屋から太陽の小部屋に移動したときには異常はなかったから、変化があったとしたら彼らが太陽の小部屋にいた僅かな間にだ。
ザッシュは項の毛が逆立つのを自覚した。室温がやけに低い。
「なにかいるぞ」
彼は目に見えない害意を感じ取った。背中の大剣に右手を伸ばしながら、緑の瞳を細める。キルリーフが無言で弓に矢をつがえ、引き絞って射た。
それは部屋の中央の何もない空間へと飛び、なにかに弾かれて縦回転しながら落下する。
とたん、その空間が円形に撓んだ。凪いだ水面に小石が落ちたかのように。
「あーあー、見破られちャッたねェ? 長耳野郎の視覚、うッざ!」
歪んだ視界の向こう側に、黒い男が出現した。細身の身体にぴったりとフィットした奇妙な鎧を纏い、頭には二本の捻れた角がある。
青白い顔に笑みを貼り付け、腕組みをしていた。その身体は数十センチほど床から浮いている。
「何者だ!」
ルークがダークを庇うように前に出て、盾を構えた。




