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幕間 それぞれの絵の技量

読み飛ばしても全く問題のない、休憩中のお喋りです。

 水を飲んだり軽食を口にしながら、話題はもっぱら絵の技量についてだ。


「全くそうは見えないと思うけど、兄さん、絵だけは上手なんだよ」

「ははっ。そんなに褒めないでくれダーク」

「ならなんか描いてみてくれよ。そうだ、オレの似顔を描いてくれ!」

「構わないよザッシュ。ああ、それなら折角だから、右隣の人をそれぞれ描いてみるってのはどうかな?」

「僕、羊皮紙なら余分に持ってる。でも羽ペンは一本しかない。インクも」


 すかさず、キルリーフが木炭をケースで差し出した。


「なんでそんなに持っているんです?」


 キルリーフは西の壁を指差した。太陽の小部屋がある方角だ。そちらで見つけたと言いたいらしい。

 羊皮紙には通常、ペンとインクで記録されるが、現場でのちょっとしたメモなどはそのまま書ける木炭が便利だ。特に絵ならば、軟らかな表現が出来るのでペンよりも良い。

 彼らは早速、手にした羊皮紙にそれぞれ隣の仲間の似顔を描き始める。



「出来たぞー!」


 最初に手を挙げたのはザッシュだ。彼はキルリーフを描いていた。


「待って。全員出来上がってから、見せ合おうよ」


 ダークが提案し、今にも公開しそうになっていた絵を、ザッシュは手元に引き寄せる。

 やがて、仲間たちも次々に手を挙げた。最後に完成したのはヴィンセントだ。


「よし。じゃあ完成順に発表しようか。まずはザッシュだったな」


 ルークが指摘し、ザッシュはモザイクタイルの中央に自分の絵をばん、と置いた。

 四人が覗き込む。


「これは……、うん」

「予想通りの下手くそだ」


 あははとダークが笑う。そこには幼児が描いて「おとうさん、いつもありがとう」と、ところどころ反転したたどたどしい文字を添えそうな、つたないイラストがある。

 左右の目の大きさも揃っていないし、輪郭はジャガイモだ。髪は爆発しており、唯一キルリーフっぽいところがあるとすればジャガイモの左右から突き出した細長い三角形――たぶん耳――だろう。


「ええ……。オレ的にはよく描けたんだが」


 真ん中に置かれていた羊皮紙を、キルリーフが手に取った。マジマジと見つめている。

 他の四人は、森エルフの反応を待った。


「貰って良いか?」


 しばし見つめた後で、キルリーフはザッシュにそう尋ねた。


「ぅえ!? い、いいけど……何するんだ?」

「燃やすの?」

「こら、ダーク! 失礼だぞ」


 ルークの小声は全員にまる聞こえだ。

 キルリーフは何も答えず、しかし羊皮紙を丁寧に畳んで懐にしまった。


「気に入ったのかな?」

「どうでしょうね……」


 キルリーフ・ソムリエのヴィンセントにも、今の表情はよくわからないらしい。


「次は僕。ザッシュの後だと、気が楽だな」


 ダークはそう言って、自らの作品を中央に置いた。彼が描いたのは兄だ。

 ヴィンセントが口元に手を添えた。


「これは、こう……なんとも」

「普通だな!」


 ザッシュは自らの技量を棚に上げて、がははと笑う。

 仮にこの絵が街角に貼られて、WANTEDと添えられていたとしても、ルークは安心して通りを歩けるだろう。それくらい、ダークの絵は誰にも見えるし誰にも見えない。ただ、ザッシュとは違って線は安定しており、彼が筆記具を使い慣れている事は見て取れた。


「そんなことないぞ! ダーク、凄く上手だ。これは俺の一生の宝物にする!」

「やめてよ兄さん」


 微妙な反応を示す仲間を押しやる大声で、ルークが褒めちぎる。瞳が生き生きと描けているとか、鎧の肩当てのラインが美しいとか。

 熱心な説明を仲間にされる度に、ダークの頬は熱を持った。


「僕はそもそも、幾何学模様を描く方が得意なんだ」


 照れくささからブスッと唇をとがらせ、ダークが言い訳をした。兄の手から取り上げることに失敗した羊皮紙は、大切に仕舞われてしまった。

 兄のことだから、いずれ落ち着く住み処を得ることがあれば、額装して飾りそうで怖い。


 次には無言で、キルリーフが羊皮紙を置いた。

 彼が描いたのはヴィンセントだ。


「かわいい」

「かわいい」


 全会一致だ。キルリーフのタッチは、言うなれば絵本だ。

 シンプルにデフォルメされた治療師は、木の切り株に座ってニコニコしている。その周りを、これまたとてもかわいらしい動物たちが囲んでいた。リスにうさぎに小鳥にオオカミ、クマもいる。身体の一部に包帯が巻かれており、動物たちも仲良くニコニコしていた。

 一同はほのぼのとした。


「次は俺か」


 隣に、ルークが自らの作品を置く。


「おおおお……」

「これは」


 そこにはザッシュがいた。精悍な表情で、どこか遠くを見る瞳。それを左斜めから描いた肩から上のみの絵だ。

 天性の才能を感じさせる。光源は正しく、線にも迷いがない。写実的だが、それだけではなく、そこにはザッシュの複雑な内面すらも映し出されているように感じられた。


「ね、つまんないでしょ」


 ダークがけなしながらもどこか得意げな口調で言った。


「これほどとは、正直驚きました。どこかで習ったのですか?」

「子供の頃、神殿の宗教画を修復に来ていた画家と仲良くなってな。俺も手伝ったんだ」

「本物の次くらいにかっけぇな!」


 ザッシュは上機嫌で、描かれた自分をためつすがめつした。親指と人差し指で作ったL字を顎に添えてにやけている。


「ヴィンセントは? 兄さんの後だと出しづらいでしょ」

「いえいえ。かわ……、ごほん。格好良くて知的な君を、しっかりと写し取りましたよ」

「ほんと!?」


 ダークは期待した。そして満を持して開かれた最後の絵――。


「あ……、あああ、ああああ!」

「うわああああ!!」


 まともに見た者たちは、精神に重大な傷を負った。彼らは目を覆い、悶え、床の上を転がる。


「来るな、……来ないでくれ!! 俺は悪くない!」


 ルークは見えない何かを両腕で追い払う。


「……」


 キルリーフは膝を抱え込み、虚ろな瞳でぶつぶつと呟き始めてしまった。


「おや……? お気に召しませんでした、かね?」


 ヴィンセントは置かれていた羊皮紙を手元に戻し、首を傾げる。


 そこに描かれていたものは、世の邪悪という邪悪を詰め込んだ名状しがたき混沌の……

 いや、文字で表現するのも難しい代物だった。

 画伯はそれを丸めてしまうと、正気を失った仲間たちを一人ずつ治療した。


 数分後、我に返った仲間は、最後の絵の記憶をすっかりと失っていた。その上、誰もそのことを疑問に思わなくなっていたのだ。

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