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13 神像

 一方その頃、祭壇の間に戻ってきた三人は、北側の壁前に立っていた。

 祭壇本体は壁から飛び出しており、床からも数段高くなっている。その中央はかまぼこ型に凹んでいた。いわゆる壁龕へきがんだ。

 壁龕の中央に身の丈よりも大きな女神像が、加えてその両脇に女神の腰丈ほどの神像が設置されていた。小像はどちらも身体の正面を女神に向けており、完全な横並びではなく一歩下がった場所に立つ。


 ルークは壁龕内にぶちまけられていたゴミを、落ちていたゴブリンの剣の鞘を使ってかき出した。像に付着していた食べかすらしきものも、手が汚れるのも構わずにつまんで捨てる。それでも像そのものに染みついた汚れまでは取り除けない。綺麗にするには掃除道具が必要だ。

 神像の一部は壊れてもいた。破断面が新しいことから、ゴブリンの仕業に違いない。村人はさぞかしがっかりすることだろう。


 神殿騎士は汚れた鞘を捨てて両手をはたく。そして一歩、二歩と下がって祈りの仕草を切った。神像を見上げる。


「うーん……。中央の神像はガイアナで間違いないな。葡萄の冠、左腕は折れてるけど、右手に杯。サンダルには草花が絡んでいる。どれも地母神の象徴だ。それに」


 彼は言葉を区切り、視線を揺らした。頬がほんのり染まっている。


「それに、女性らしい身体つき、ですね」


 ヴィンセントが彼に並んで言葉を継いだ。

 女神の像はふくよかで、出るところがしっかりと出ている。身にまといつく薄衣うすぎぬは、女神の身体を隠すと言うより、その曲線をより一層露わにしていた。


「美女をゴミまみれにするとは……。ゴブリンの美意識はがたいですね」

「今はどうでもいいよ」


 ダークは素っ気なく――そう聞こえるように――口にしたが、ヴィンセントには早口すぎるように感じられた。ルークを挟んだ反対側で、年若い魔術師は居心地悪そうに足を踏み替えている。


「おやおや。石で出来ていても、女神であっても、女性は苦手ですか? ダーク?」


 ヴィンセントがからかう。ダークは赤くなってそっぽを向いた。


「べっ、別にそういうんじゃない。作られた年代の方が気になるってだけだし」

「ふむ」


 治療師は言われて真面目な顔になった。ルークに変わって、今度は彼が神像に近づく。

 そして像を見上げ、折られた左腕の断面を観察した。

 流れるようなドレープに触れる。


「詳しい年代までは分かりませんが、石の劣化具合からして百年より新しいということは絶対にないでしょうね。壁龕は壁と同じ素材で作られていますし、台座も像と一体化しています。この遺跡と同時に設置されたか、或いは時をおかずに設置されたと考えるのが適当でしょう」


 ルークが頷いたあとで首を傾げた。


「ええと。だとしたらどうなるんだっけ?」

「ここは建築当初からガイアナの神殿だったのでは?」

「そうか……。じゃあ小部屋の太陽に意味はないのかな」

「そんなことないと思う」


 ダークが二人の会話に口を挟んだ。彼は女神像の向かって左側に立つ小像を指差した。


「あの従者? が手に持っているの、太陽じゃない?」


 魔術師の言葉に、二人の視線も奥に向かう。

 小像は少年像だ。頭の上に後光を示す円盤があることから、ただの少年ではなく地母神の眷属だと思われる。

 実のところ、ガイアナのような大神に従属する眷属は無数にいるので、何という小神なのか、あるいは聖霊の類いなのかは分からない。土着の信仰が習合されてしまう場合が往々にしてあるためだ。

 それはさておき、少年像が纏う短いキトン(亜麻布で出来たドレープの多い衣服)の裾からはすらりとした両脚が延び、右肩も右胸も露わになっている。両腕を女神に向けて持ち上げていて、手の間に丸い皿を掲げていた。

 皿の中央には何か模様が描かれている。三人はそちらに近づいた。


「汚れかと思ったらこれ、顔だ!」


 明かりに照らされた皿を見て、ルークが驚く。ダークは頷いた。


「僕はすぐに顔だって気づいたけどね」

「流石だな、ダーク!」


 弟の棘のある言い方に気づかなかったのか、兄は手放しで褒め称える。


「円盤に顔と来たら、太陽か月でしょ」

「周りに光線を示すギザギザこそありませんが、地母神の眷属ならこれは太陽かも知れませんね」

「いや、むしろ太陽と考えるべき(・・)。あの小部屋に太陽が描かれているんだから」


 ダークは杖で女神像を指し、それから少年像を指した。

 ルークは首を傾げたが、ヴィンセントは一拍のちにダークの言わんとしていることを汲み取った。


「なるほど。女神の左後方に太陽……ですか」

「どういうことだ?」


 察しの悪いルークに向けて、ダークは盛大にため息をついた。


「兄さんの頭に詰まっているのも、どうやら脳みそじゃなく筋肉みたいだね。祭壇の間を女神と考えてみてよ。左後方にあるのが太陽の小部屋だったでしょ?」

「ん……? ああ! そういう」


 ダークの解説で、漸くルークも気づいた。


「でもそうしたら、あっちの像は?」


 もう一つの小像を指し示す。三人はそちらへと移動した。

 先ほどの少年像に似ているが、こちらは少女像のようだ。胸には僅かな膨らみがあり、少年よりも長い膝丈のキトンを身につけている。両手に持っているのは小さな壺で、中からS字を描くように水が流れ出していた。


「水」

「だいぶ分かり易いね。地母神の眷属に、太陽と水」

「どちらも豊かな実りには欠かせない要素ですね」

「しかし」とルークがさらに右方を見る。そちらには壁があるばかりだ。「あっちに部屋なんてないぞ」

「兄さんは本当に馬鹿だなぁ」


 ダークが呆れたように首を振った。ヴィンセントが面白そうに笑って、片手を振る。


「あるかもしれませんよ。”水の小部屋”への入口が」

「えっ?」


 三人は祭壇を挟んで太陽の小部屋と対象の位置に当たる壁前へと移動した。

 ルークがぺたぺたと壁を触る。何の変哲もない。


「何もないぞ」

「いや」とダークは首を振った。「間違いなくある」

「やけにはっきりと言うんだな、ダーク」


 ルークが壁から手を離し、弟を振り返った。ダークは頷く。


「さっきゴブリンを追って穴を進んだとき、途中で人工的な壁があったでしょ?」

「ああ、あったな」

「あれは位置的に考えて、この先の小部屋の壁だと思う。その外側のね」

「なるほど……」


 ルークは改めて、祭壇の間の東側にあけられた穴を見遣った。穴の先は北東方向に向けて緩やかにカーブしその後、T字路になっていた。そこを左に曲がった先に、人口の壁があったのだが、確かに歩いた距離を考えると祭壇の間の外壁ではあり得ない。


「つまりさ。地下域から穴を掘り進めたゴブリン達は最初、このさきの小部屋の外壁にぶち当たったんだ。そこで進路を九十度変えて掘り進む。すると今度は地下水が噴き出してしまい、少し戻った場所からまた掘り進めて……結局は祭壇の間の壁をぶち抜いたんだ」


 ダークが杖の石突きを床の上で動かしながら説明した。

 埃と砂を被った石の上に、うっすらとした線が描かれる。


「なるほど。やけに道がうねうねしていたのはそういうわけか」

「だから僕は確信している。この奥には水の小部屋が”ある”」

「キルくんを呼んできましょう」


 ヴィンセントが言って、小走りに戻った。

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