12 小休憩
キルリーフが念のために掛けておいた鍵を外し、一行は小部屋へと入っていく。
中は彼らが立ち去ったときのままだ。
ゴブリンが残していった汚らしい毛布を完全に剥がし、彼らは太陽の意匠が施された床に輪になって弁当を広げた。
「うわ、美味しそ」
ルークが開いた包みには、照り焼きにした肉と生野菜を挟んだパンが綺麗に並んでいる。ダークですらも、その様子に食欲をそそられた。量はたっぷりとある。しかし、ザッシュにとっても充分かと言えばそうでもない。
「はい、これはキルくんの」
ヴィンセントは、その中から野菜と果物だけが挟まれたパンをつまみ上げて森エルフに差し出した。彼のために、一部を肉抜きにしてもらったのだ。
キルリーフは小さく会釈して受け取り、そのまま齧り付いた。
その様子をにこにこと見守ったあと、ヴィンセントは肉入りパンを一つつまみ上げる。みんなの手にもそれぞれ一つずつが渡った。
ザッシュは手にしたサンドから葉物野菜をつまみ出し、キルリーフに向けて突き出す。
「これ、オマエにやる」
森エルフは無言で受け取り、パンに挟み込んだ。黙々と食べている。
「こら、ザッシュ。野菜も食べないとバランスが悪いですよ」
「え、オレにだけ言うのずるくね? キルだって肉、食ってねえじゃん」
「キルくんはエルフだからいいのです。エルフは肉が苦手なものですし」
「……別に食えるが」
キルリーフはぼそりと言った。しかしあまりにも小声だったので、ヴィンセントには聞こえていない。それ以上は何も言わず、キルリーフは肉なしサンドをかじった。表情には特に不満もない。
「オレだってその、……肉食系の混じり者なんだけど」
ザッシュは口を尖らせる。
ヴィンセントは野菜が不足するといかに抵抗力が落ちるかをとくとくと語り始めてしまった。ザッシュは眉尻を下げたままパンをかじっている。彼にしては食べるペースが遅い。
ダークは半分ほどでお腹がいっぱいになってしまい、残りを兄へと渡した。
「もういいのか、ダーク」
「いいから渡してる」
弟は素っ気なく言って、あぐらを掻いたローブの上に落ちたパンくずをはたいた。
ルークは自分の分を食べた後、弟の食べ残しも美味しそうに腹につめこむ。子供の頃からこういったことは文字通り、日常茶飯事になっていた。
ダークは水を飲んで一息ついたのち、部屋の隅に視線を向けた。床の切れ込みが見える。
「あの中に、宝石を生み出す魔法装置が隠されているのかな?」
「もしくは単に宝石が隠されているか」
「もしも本当に宝石が沢山出てきたら、僕たち大金持ちだね」
「ああ。しばらくは路銀に困らないだろうな」
予め特別な取り決めがない限り、遺跡から発見された財宝については発見者の物とするのが不文律となっている。
そうしないと所有権を主張する者が乱立し、それを証明できる手段もなく、新たな争いの火種となってしまうからだ。
故に冒険者は、危険を冒してでも遺跡に潜る。一攫千金を夢見て。
腹ごなしと休憩を終えた一行は、太陽の小部屋の再捜索を始めた。ザッシュとルークで、壁を隠していた棚や箪笥を順に退かし、キルリーフとダークが仕掛けを探す。
「物理的な絡繰りはないようだ」
壁を丹念に調べていたキルリーフが報告してきた。ダークも首を傾げている。
「僕の魔力探知にもひっかからない。……とはいえ、これは現に魔力を発していないと効かないからなぁ」
「うーん駄目か」
ルークが顎に手を添えて唸った。
「もうぶっ壊しちまわねえ?」
面倒くさくなったのか、ザッシュが床をつま先で軽く蹴りながら提案する。
「村に戻ってハンマーか何かを借りてくりゃ、こんなのすぐだろ」
「それは最後の手段にしましょう。床自体が宝石を生み出す魔法の装置だった場合、壊してしまう可能性があります」
ヴィンセントが慎重な提案をし、ダークも同意する。
「ザッシュはさあ、面倒くさくなるとすぐに物理で解決しようとするの、止めてほしい。この間だってさ、迷宮の廊下が何度も曲がるのにかんしゃくを起こして、大剣で壁を壊そうとしたでしょう? あの音と震動が、余計な魔物を呼び寄せたんだよ!」
「はっはっは! いいじゃねえか。その魔物だって、結局はオレが倒したんだし」
「ちっとも良くないよ! お前は怪我をしてヴィンスの手を煩わせたし、僕だって余計な魔法を使う羽目になった」
「力は全てを解決するのだ!」
「僕の話、聞いてる!?」
悲鳴じみた苦言にもザッシュは悪びれた様子もなく、右手で力こぶを作った。ダークに見せびらかして、「鬱陶しいんだけど!」と斬り捨てられている。
「うーん……」
ヴィンセントもルークと同じポーズで床を見下ろし、唸った。
「何か手がかりがあれば良いのですけれど。この太陽の模様が関係してませんかね?」
「太陽か。太陽と言えば、太陽神ソリティス?」
「ここ、地母神の神殿だよね」
ルークが発言し、ダークが続く。
「でもそれは、今の村人がそうしているだけで、建築当初は違ったのかも知れませんよ」
「太陽神の神殿だったってこと? あっ、祭壇の間にあった神像! あれをもう一度、よく見てみない?」
「おお、そうでしたね」
ダークの提案に、ヴィンセントが掌に拳をぽんと置いた。早速、部屋を出て行く二人。ルークも直ぐに後を追った。光る盾は残されている。
ザッシュはため息をつき、その場にあぐらを掻いて座り込んだ。ガシガシと後頭部を掻く。
それをキルリーフが問いたげに見下ろしている。
視線に気づいたザッシュが、顔を持ち上げた。
「ああ、何? オレは調査には行かねえよ。行っても無駄だし」
「……。何の獣だ?」
「何が?」
質問の意図を計りかね、ザッシュが眉根を寄せて首を捻る。キルリーフは彼の頭の角を指差した。根元が太く、先端に向かって尖っていく、黒色の捻れた角だ。悪魔か魔王のような。
「肉食獣」
「ん? ……ああ! さっきの話か。つうかオマエ、言葉が足りなすぎるだろ。なんなの? 喋りすぎると死ぬの?」
キルリーフはゆっくり瞬いたあと、肩をすくめた。
その後は答えを待っているのか、ザッシュをじっと見つめる。
「……」
ザッシュはあぐらに肘をつき、背中を丸めた。
キルリーフは構わず、見つめてくる。
ザッシュは片手で床を押すと、座ったまま身体を九十度回転させ、キルリーフを視界から消した。それでも背中に、視線が注がれているのを感じる……
「混じり者に何の血を引いているか聞くのって、失礼とされてるんだけど!」
「自分は気にしない」
背後から静かな声が返った。
「誰がオマエの心配してると言った! オレが気にするっつってんの! つか別にオレ、オマエのこと友達だと思ってねえし」
「自分も思っていない」
「はあーー!?」
ザッシュは不機嫌そうな声を出して肩越しに振り返った。
「じゃあなんで気にするんだよ? 関係なくね?」
「関係は……ある」と、静かな声。「知っておく必要がある」
ザッシュは鼻を鳴らした。
「そういうの、友達とか大切な人にしか言わねえもんなの! 特にオレみたいな、……」
混じり者の言葉は語尾がごにょごにょと不明瞭に消えた。沈黙が流れる。
しばし、のち。
「友達になら、教えるか?」
森エルフが尋ねた。
「……。友達なら、まあ……」
「では」とキルリーフは目を瞑って顎を持ち上げた。ふう、と長い吐息が聞こえる。
「自分はお前の友達になる」
「へっ!?」
素っ頓狂な声とともに二度見したザッシュの瞳に映ったのは、珍しく感情を露わに――苦虫をかみつぶしたような表情で視線を逸らしているキルリーフだ。
「いやなにそのめちゃくちゃ嫌そうな顔! 失礼すぎるだろ」
「……」
キルリーフは一瞬で、すんっとした無表情になった。
「……絶対、教えんわ」




