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11 回復の恩寵

 キルリーフの報告に、双子は言葉を失った。重い沈黙が流れる。


「どうなった?」


 倒れているゴブリンのうち、息のある者にとどめを刺していたザッシュが、仲間の異変を察知して戻ってきた。

 キルリーフが顔を上げ、「死んだ」と一言告げた。


「嘘だろ!?」


 ザッシュが目を丸くする。


「だから言ったんだ! 兄さんには無理だって!」


 ダークが震える声で隣の肩に拳骨を振り下ろした。ルークの肩当てに当たって手を痛めただけだが、それでも彼は懲りずに何度も振り下ろす。


「身の程をわきまえろよ! 兄さんはルラールに嫌われてるんだ!」


 ルークは死者と同じくらい真っ青な顔で、弟の責めを受けている。

 キルリーフは傍らに置いていた弓を手にして、すっと立ち上がった。

 双子が反射的にその動きを目で追う。

 森エルフはいつも通りの無表情を崩していない。双子の問いたげな視線を受け、「行こう」とだけ言った。


「行くって……」

「どこに?」

「逃げたゴブリンを追わねば」


 キルリーフは問われたことが不思議な様子で二人に答えた。双子は目を丸くする。


「ヴィンスをこのままにして行けないだろ!」

「なぜ?」


 いち早くダークが我に返り、仲間の死体を示しながら訴えた。キルリーフは首を傾げる。


「ヴィンセントは死んだ。もう自分たちに出来ることはない」

「おい、そりゃあ薄情すぎるだろ」


 流石のザッシュも眉根を寄せた。キルリーフに詰め寄る。


「死は死だ。死んだ者は物と変わらない」

「なんだと!?」


 怒りにまかせ、ザッシュはキルリーフの胸ぐらを掴んだ。

 ザッシュの頸動脈の真上には、ダガーの刃が当てられている。その場の誰にも、キルリーフがいつ抜いたのか分からなかった。

 二人の間に、張り詰めた空気が流れる。


「そんなオモチャみてえな武器で首の皮をなぞられても、オレは死なねえ。その前に、オマエの細っこい首を三回はへし折れる」

「試してみるか?」

「喧嘩は止めて下さい」

「そうだ、止めるんだ二人とも」


 ルークが立ち上がって、二人にそれぞれ片手ずつを伸ばした。


「一旦村に戻ろう。死体を埋葬するなり何なり、考えねば」

「そ、そうだよ! もしかしたら村に、蘇生魔法を使える人がいるかも知れない」


 ダークが自分でも信じていないことを、僅かな希望を込めて口にする。ルークは小さく首を振ったが何も言わなかった。

 蘇生魔法の使い手は決して多くない。大都市ならともかく、目立つ神殿すら見当たらないあの村にいるとは思えなかった。


「誰か死んだんですか?」


 場違いに穏やかな言葉が聞こえ、一行は絶句した。しかも思い起こせば声は二度目だ。ザッシュはキルリーフの胸ぐらから手を離し、キルリーフはダガーを引いた。

 ルークもダークも、ゆっくりと視線を落とす。


「ヴィンス?」


 ヴィンセントが、目蓋を開いていた。自分を見下ろしてくる四つの顔を、順に見つめる。

 それから片手を挙げた。


「はい?」

「なんだよ、おい! 生きてるじゃねえか!」

「そんなはずは……」


 ザッシュは喜色を浮かべ、先ほどまで対立していたキルリーフの背中をばんばんと叩く。震動で揺れながら、キルリーフの瞳に戸惑いが浮かんだ。ヴィンセントの瞳孔の散大を確認していたからだ。


「よかった……」


 ダークは脱力した。ルークも頷いて再び跪き、ルラールに感謝の祈りを捧げる。

 ヴィンセントはよっこいせ、と上体を起こした。彼は自分の胸を両手で確認するように撫でたあと、神殿騎士に顔を向ける。


「ルークが回復魔法を掛けてくれたのですね。助かりました」

「失敗したかと思ったよ。効いてくれてよかった」

「……」


 ダークは無言になる。先ほど、兄をなじったことで気まずくなったのだ。

 ヴィンセントは立ち上がろうとした。ダークが慌てて手を差し出す。治療師は片手を立てた。


「心配ご無用ですよ、ダーク。一人で立てます」


 言葉通り、ヴィンセントはすんなりと立ち上がった。周囲を見回し、ジャイアント・ピルバグが倒れていることを確認する。


「ゴブリンは?」

「半分くらいは逃げてしまった」


 ルークが眉尻を下げていった。ヴィンセントが頷く。


「もう一仕事、ありそうですね。この規模の群れなら、おそらくリーダーがいるはずです」

「んじゃあ、そいつを倒せば終わりだな?」


 ザッシュが拳と掌を打ち合わせた。再び、ヴィンセントが頷く。


「もしかしたら魔法の使い手かも知れません。一応、気をつけましょう」



 ヴィンセントの予想は当たっていた。

 一行は、逃げたゴブリンを追った先で、じゃらじゃらと衣服を飾り立てた大柄なゴブリンを発見する。しかし、初手でダークの沈黙の魔法が決まり、敵は何も出来ぬまま無力化した。ザッシュがこれを討ち取り、群れを壊滅させることに成功した彼らは、再び祭壇の間へと戻ってきた。


「はーめんどかった」


 壁に空いた穴を潜った後でザッシュが大剣を背に戻し、顎を突き出した。


「腹減った」

「もう?」


 次に穴を潜ったダークが呆れる。


「いやしかし、そろそろ昼になるだろう」


 続いてルークが言い添える。


「せっかく弁当を作って貰ったのだし、探索を再開する前に一旦休憩しよう」

「賛成!」


 ザッシュが両手を挙げて喜び、最後に現れたヴィンセントとキルリーフは特に異を唱えなかった。

 ダークだけがげんなりとした。彼は杖に寄りかかったまま、周囲を見回す。


「こんな臭い、ゴブリンの死体が沢山あるところで……?」

「えっ、駄目か?」

「ここよりは小部屋の方がマシかも知れませんね」

「オレはどっちでも平気だ! もう鼻が馬鹿になってる!」


 ザッシュはなぜか得意げだ。


「ここを片付けるのは、なかなかに骨でしょうね」

「そこまでは依頼に含まれてないよ、ヴィンス」


 ダークは首を振った。


「放っておこうよ。ゴブリンの群れは壊滅させたのだし、仕事としては終わりだ」

「あとは伝説のお宝を探すだけだな!」


 ルークは瞳をきらきらとさせた。

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