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10 転がる岩と死

 道の先は円形の大きな広間だ。東側と北東側に、さらに穴が続いている。

 逃げたゴブリン達は、まだここにぐずぐずしていた。ザッシュが突っ込んでいくと、魔法よりは怖くないと思ったのか、連携して襲いかかってくる。


「ナメてんじゃねーぞ!」


 ザッシュは両手で持った大剣を、力任せに横薙ぎした。ゴブリンが二匹、揃って吹っ飛ばされる。

 しかしその間に、背後に回り込んだゴブリンから、錆びた剣の一撃をくらった。


「痛ってえな!!」


 ザッシュは振り返り様に、足で敵を蹴り飛ばした。それは丁度、部屋に到着したルークの方へ飛んだ。「うわあ!」という声と共に、神殿騎士は咄嗟に剣を振るう。ゴブリンは真っ二つになった。


「びっくりした」


 ドキドキする心臓をなだめる間もなく、敵が群がってくる。数の力で押すのが奴らの基本戦術だ。

 ルークは盾を構えてゴブリンの剣をいなしつつ、堅実に攻撃した。身を切らせながらも豪快に剣を振るうザッシュとは好対照だ。

 ダークとヴィンセントとキルリーフは、背後を取られぬように入口付近で戦っていた。

 槍を両手で構えたヴィンセントは、穂先と石突きを器用に使い分け、踊るようにゴブリンを打ちすえる。時には立てた槍を支点に自らが回転し、複数に連続して蹴りを入れるなど多彩な動きだ。キルリーフは長弓で、近づくゴブリンの急所を次々に射貫いた。

 二人がゴブリンの接近を防いでいる間に、ダークが呪文を詠唱して魔法の矢を放射状に放つ。


 冒険者たちは圧倒的な戦力差でゴブリンを蹴散らしたが、半分ほど数を減らしたところで北東の穴からゴブリンが次々に駆け込んできた。


「増援か!?」


 ルークが剣を振り下ろしながら、大声を上げた。ザッシュも丁度一体を真っ二つにしたところだったが、ふと剣を止める。

 周りにいたゴブリンまで、戸惑って棒立ちになっていたのだ。

 穴から駆け込んできたゴブリン達は、武器を構えているわけでもない。それどころか、悲鳴すらあげている。

 理由は直ぐに分かった。

 大きな丸い岩が奥から勢いよく転がり出てきて、ゴブリンをつぎつぎに轢き潰したからだ。


「なんだ……うぉっ!!」


 巻き込まれそうになったザッシュが、獣の反射神経で飛び退く。彼は剣を持ったまま器用に前転して、片膝立ちになった。巨大な丸い岩はそのまま直進して壁にぶつかり、跳ね返って落ちる。逃げ遅れたゴブリンが一体、下敷きになった。

 黒っぽくてやけに艶のある岩だ。形はほぼ完全な球体。


「一体、こんなものどこから……」


 パニックになったゴブリンに、あちこちからぶつかられながら、ルークが呟いた。

 すると突然、岩がもぞもぞと動き始めた。

 外側から中央に向けて、一筋の割れ目が走っていく。と思えば、中心から放射状に線が現れ――、驚いて見守る冒険者たちの目の前で、球体の内側から無数の節足が覗いた。

 ごろりと転がったそれは、足を下にして動き始める。挽きつぶしたゴブリンの死体を、前肢を使って食べ始めたのだ。


「うわっ、キショい」


 もぞもぞと動く無数の脚を見て、ザッシュが顔をしかめる。彼は既に立ち上がっていた。


「ジャイアント・ピルバグ(ダンゴムシ)だ!」


 ダークが叫ぶ。


「殻が固くて、物理攻撃が効きづらい」

「見たままだな!」


 弟の説明に、ルークが敵を見据えたまま答えた。

 形こそダンゴムシを巨大にしたものだが、これも立派な魔物だ。生態は肉食寄りの雑食で、性格は凶暴である。ゴブリンをあっという間に食べ終わったピルバグは、次なる獲物を求めて触覚を動かした。あちこちに倒れている死体は後でゆっくり食べるつもりなのか、まだ立っている獲物へと向き直る。そして後方の脚を蹴って勢いよく丸まると、再び突進した!


「!」


 射線上にいたルークだが、避けるのが間に合わずに盾を構える。真っ正面からピルバグにぶつかったルークは、まともに突進の衝撃を受けた。両足を開いて踏ん張ったまま数メートル地面を滑る。


「ぐっ……! ザッシュ!」


 ルークの声を受け、ザッシュが大剣を両手に構えた。顔はしかめたままだったが、それを大きく振り回して甲殻を叩く。

 岩に打ち付けたような震動が腕を上ってきた。


「クソ硬ぇ!」


 キルリーフが放った矢は、その反対側で弾かれていた。エルフは小さく舌打ちする。


「僕がやる。魔物とは言え見た目は虫だし、冷気に弱いかも」


 ダークは詠唱を開始した。

 ピルバグは、ルークを突進で倒せなかったとみるや、攻撃対象を変えた。球体の一部、尻に当たる部分で地面を打ちすえ、入口付近にいる三人に向かってくる。


「!」


 槍を構えたヴィンセントが立ち尽くす。彼は躱すことも出来たが、そうすると無防備なダークが突進に晒されるため、出来なかった。

 彼は突進の勢いを受け止めきれずに倒され、ピルバグの下敷きになる。

 キルリーフが腰からダガーを抜き、救助に走った。ピルバグは組み敷いた獲物にとどめを刺すため、身体を伸ばそうとしている。その硬質な甲殻と甲殻の間に、エルフはダガーを打ち込んだ。

 ギィ、と不思議な震動音がして、ピルバグが不規則に多数の脚を動かす。


氷陣アイス・フィールド!」


 直後、ダークの足元から冷気の筋がピルバグに向かって走り、その身体の下に到達すると無数の氷の棘となって立ち上がった。

 ピルバグは身体の下側を瞬時に凍らされたあげく、氷に突き上げられた勢いで横様にひっくり返る。

 不思議なことに氷は、虫の下にいたヴィンセントに傷一つつけていない。キルリーフが素早くヴィンセントの脇の下に手を入れて肩に負った。

 そこにまずザッシュが、一歩遅れてルークが到達する。

 ザッシュはひっくり返ったピルバグを嫌そうに見つめながらも、うっすらと霜の降りた腹に大剣を突き立てた。

 背中側と違って柔らかい。

 その一撃を受け、口の周りの脚が苦痛に蠢く。ザッシュは大剣から手を離して飛び退いた。


「きもぉ……」


 鳥肌を立てている。

 ルークはさらに別の場所へと剣を突き立てた。ピルバグは丸まろうともがいて果たせず、ひっくり返ったまま力尽きた。


「……やったか」


 ルークが剣の柄を握ったまま、荒い息をつく。気づけばゴブリン達は、洞窟の壁に寄り集まって彼らを遠巻きにしている。

「あ”あ”?」とザッシュが凄むと、争うように北東の穴へと走り込んでいった。普段は最後の一匹になるまで引かないなど、向こう見ずな行動の目立つゴブリン達であるが――或いは単に周りの状況を理解できないだけかも知れない――、ジャイアント・ピルバグの登場で戦意をくじかれたらしい。

 キルリーフが怪我を負ったヴィンセントを地べたに横たえ、意識の有無を確認する。ダークも傍に膝をついて様子を見ていた。

 ルークは剣を引き抜き、血振りをして鞘に収める。険しい顔をして仲間の方へ向かい、ダークの隣に膝をついた。


「どうだ?」


 キルリーフが顔を上げ、小さく首を振る。ヴィンセントは唇の端から血を流し、目蓋を閉じていた。顔が青白い。

 目立った外傷はないが、ジャイアント・ピルバグの突進をまともに受けた上に潰されたのだ。呼吸は微弱で、命の危険がある。


「僕を庇ったせいで」


 ダークが沈んだ声で呟く。ルークは弟の肩にそっと手を置いた。


「俺が治す」

「止めてよ、兄さん! こんな状態で、もし失敗したら」

「失敗しない」


 弟の危惧に、ルークはきっぱりと首を振った。


「それにこのままにしていても、危ないかもしれないだろ?」


 これにはダークも反論を封じられる。確かにヴィンセントの状態は非常に危険に思えた。少なくとも容態を安定させなくてはならないだろう。そしてダークには回復の手段がない。

 ルークは弟から異議がないことを確認して頷き、左手の盾を外して隣に置いた。右手を胸の聖印に添える。そして自由になった左手で、次々に祈りの印を結んだ。


「ルラールよ、我に正義を行わせ給え。正しき者に、癒やしの恩寵を与え給え」


 はっきりとした口調で祈りの文言を口にしてから、ルークは左手をヴィンセントの胸に翳した。触れた箇所がほのかに輝き、神の恩寵が注がれる。

 ダークとキルリーフは、固唾をのんで見守った。

 蒼白だったヴィンセントの表情に、血が巡り始める。


「よし……!」


 ルークの表情が明るくなった。ところがその直後、彼の手から放たれる光が突如として揺らいだ。


「……ぅ」


 ヴィンセントの唇からうめき声が零れる。眉根がきつく寄り、額に玉のような汗が浮かんだ。


「兄さん、祈りに集中して!」

「待ってくれ、ルラール! お願いだ」


 ルークは焦ってぎゅっと目を瞑った。唇を動かし、祈りの言葉を呟いている。しかし、彼の手の光は最後に明滅して消えてしまった。


「ああ……」


 ダークが絶望の声を上げた。キルリーフはヴィンセントの目蓋を片方ずつ指で開き、鼻先に片手を翳した後でため息をつく。


「息をしていない」

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