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その3 伯爵令嬢と公爵令嬢。(6)

「次期公爵様。お手伝い頂いてもよろしいでしょうか?」


 シルヴィアからミシェルを預かったあと、ベルはルキにそう願い出る。

 ルキに頼みミシンと裁縫道具と布などを使用人たちに用意してもらい、


「シルヴィアお嬢様の一番お気に入りのドレスを教えていただけますか?」


 と頼みドレスを拝借したあと、似たような色合いの布地やレースを揃えてもらった。

 すぐ材料が揃うことに、公爵家すごいなと素直に感動する。


「何をする気なんだ?」


 材料を並べて作業を開始したベルにルキは話しかける。


「これはシルヴィアお嬢様にとって、替えのきかない宝物なんですよ」


 ベルは手元から目を離さず、ルキに答える。


「他の誰でもない、あなたにもらったものだから」


 室内に布を断つハサミの音が響く。


「何で、君はここまでシルにしてやるんだ。ずっとシルの癇癪に付き合わされて、今日は泥棒扱いまでされたのに」


 それを聞きながら、不思議そうにルキがそう尋ねてくる。

 ベルは真剣な眼差しで作業を続けながら、

 

「大好きなお兄ちゃんを取られたくないって気持ち、どうして分かりませんかねぇ」


 呆れた口調でそういった。


「寂しいに、決まってるじゃないですか。まだ12ですよ。どれだけ使用人がいたって、家族の代わりになれるわけないでしょ」


 ベルはテディベアを修繕しながらルキに気づいて欲しかった答えを紡いでいく。


「癇癪? 呆れた。どこの馬の骨とも知らない女が、いきなりやって来て婚約者だなんて名乗ったら、撃退したくなるでしょう。しかも散々女性に嫌な思いさせられたせいで、女性嫌いとして有名なあなたが、自分の意思ではなく婚約させられそう、ともなれば当然の反応です」


 気づいてないのはあなただけです、とため息をついたベルは、


「シルヴィアお嬢様はずっと大好きなお兄ちゃんを守ってたんですよ」


 一度だけ手を止めてルキのほうに視線を向けると優しい口調でそう言った。


「物事には理由があるんです。どんな事でも。例えあなたにとっては取るに足らない、理解を超える事だったとしても」


 作業を再開したベルは、慣れた様子で手を動かしていく。


「ちゃんと、目を見て話してあげてください。それは、あなたにしかできない事です」


「……どうして」


 ベルの言葉に息を呑んだルキに、ベルはクスッと笑う。


「分かりますよ、私も"妹"ですから」


 無愛想を顔に貼り付けた、少し過保護で優しい兄を思い浮かべて、ベルはそう言って笑った。


 時間がかかるので、もう休まれていいですよと声をかけたのに、差し支えなければ作業を見させて欲しいと言われ、ルキに見られながらベルはテディベアの修繕を行なった。

 特に会話もなく、静かに夜が更けていく。


「できた」


 ベルがようやくそう告げたときにはもう、空が明るくなっていて、窓から入る光の眩しさに目が痛くなる。


「あなたから渡してあげてください。初めてこれを贈ったときみたいに」


 ベルはそう言ってルキにテディベアを手渡す。

 完成したミシェルは、シルヴィアの一番お気に入りのドレスとお揃いの装いをしていた。


 朝起きて来たシルヴィアはルキの手にあるミシェルを見て目を見開く。

 昨日あれだけぼろぼろになっていたミシェルが、綺麗に整えられ自分と同じドレスまで着ている。

 ルキからミシェルを手渡されたシルヴィアは泣きそうな顔でそれを抱きしめた。

 その顔を見て、ああ本当にずっと大事にしていてくれたのかとルキはベルの言葉を実感し、シルヴィアのプラチナブロンドの髪を優しく撫でた。


「その……ごめん、なさい。あと、ミシェルのこと、ありがとう」


 ルキの後ろにいるベルは昨日と同じ服のままで、とても眠そうな顔をしている。ずっとミシェルのことを直してくれていたのだと分かり、シルヴィアは素直にお礼を言った。


「お兄様の婚約者……とは認めないけど、私の専属の侍女にしてあげてもよくってよ」


 ミシェルを抱いたシルヴィアはベルに近づくと顔を真っ赤にしながらそっぽを向いて、ちょっと照れながらそう言う。


「ああ、やばいっ。美少女のツンとデレ。最っ高かっ!! もはや今までの過程全てがご褒美でしかない」


 ぐっと拳を握りしめたベルは、天使のように可愛い見た目のシルヴィアを拝みながらそう叫ぶ。


「でもせっかくのお誘いですが、日中私は仕事があるので、侍女は難しいですねぇ」


 そして残念そうにそう断った。


「……うぅぅ、その。すぐには無理でも、いつかはお姉様と認めてあげなくもなくないっていうか」


 ベルににべもなく断られ、シルヴィアは小さな声で訴える。

 そんなシルヴィアにクスッと笑ったベルは、膝をついてシルヴィアの手を取り、


「シルヴィアお嬢様、安心してください。私が次期公爵様をシルヴィアお嬢様から取ることはありませんし、私をシルヴィアお嬢様の姉と思う必要はありませんよ」


 どうせ1年限りの関係ですしと内心で付け足してそう告げる。


「でも、せっかくなので、できたらシルヴィアお嬢様のお友達にしていただけると嬉しいです。ミシェル様の次くらいの仲良しに」


 どうぞ、ベルとお呼びください。

 そして仲良くなった暁にはぜひクローゼットに眠る不要な衣装を買い取らせてくださいと欲望のままそう言った。

 なぜ兄の婚約者が自分の不要なドレスを欲しがるのかは分からないが、


「……シル。私がベルと呼ぶならシルって呼んでもいいわよ」


 仲良くしてあげてもいいかもしれない。

 シルヴィアが照れくさそうに笑ってそう言う姿を微笑ましそうに見たベルは、


「はい、では改めましてよろしくお願いしますね。シル様」


 とても優しくそう言った。


 もう、眠さが限界っと休日だったのをいい事にベルは自室に戻り、思うがままに惰眠を貪る。

 食事も取らずに寝続けたベルが行動を開始したのはその日の午後からで、しっかり乾燥させた紅茶の出涸らしを持ち込み厨房を借りる。


「ふふ、上出来だわ。さっすが、お義姉様直伝の紅茶クッキー」


 ベロニカの得意げな金色の目を思い浮かべながら一つ味見をする。うん、何度作ってもやっぱり美味しい。


「ベル、すっごく良い匂いだわ」


 ミシェルを片手にひょこっとシルヴィアが顔を覗かせる。

 野菜クズや紅茶の出涸らしをもらったときも思ったが、公爵令嬢が気軽に厨房に出入りするなんて、彼女もなかなかにお転婆なのかも知れない。


「シル様も食べます?」


 後で使用人のみんなに配る予定だったが、思いの外大量にできたので、シルヴィアに手招きしてそう誘う。


「これが私の押し付けた紅茶の出涸らしでできてるなんて信じられない」


 できたての紅茶クッキーを見ながら感嘆の声を上げたシルヴィアに、せっかくなので紅茶でも淹れましょうかとベルは話しかける。

 ベルには弟しかいないので、妹がいたらこんな感じなのかしらとシルヴィアの可愛さについつい頬が緩む。


「では、では、是非ご賞味ください。シル様はい、あーん」


 と、出来立てのクッキーをシルヴィアに食べさせようとしたところで、クッキーがベルの手から取り上げられる。


「!?」


 それを取り上げた犯人はルキであっと思う間もなく、クッキーはルキの口の中に消えた。


「何だ、気になるならかじってみればいいと言ったのはベルの方だろう」


 驚いたように丸々と大きくなったアクアマリンの瞳を見ながら、やっと1本取れたなとルキは笑う。


「……欲しいなら、自分で食べてください。せっかくシル様を餌付けしようと思ってたのに」


 ちょっと不服そうな口調でそう訴えたベルは、


「ふふ、で、食わず嫌いの次期公爵様、感想は?」


 と尋ねる。


「確かに、悪くない」


「素直に美味しいって言えば、まだ可愛げもあるのに」


 やれやれ、と言った口調で肩を竦めたベルは、紅茶のカップを1人分追加で用意する。


「まぁ、でも食べ物を粗末にしない人は、嫌いじゃないですよ」


 イタズラっぽく笑ったベルは、お茶にしましょうかと準備をはじめる。

 そう言ったベルの表情から目を離せなかったルキは、はっとして『いや、ないから』と自分で自分に訴えた。

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