その3 伯爵令嬢と公爵令嬢。(5)
「このっ! 性悪女っ!! ミシェルを一体どこにやったのよ!!」
帰宅した直後、玄関先でベルはいきなりシルヴィアから襲撃を受けた。
「お嬢様、ベル様には不可能でございます」
手当たり次第に物を投げつけるシルヴィアに使用人たちが口々にそう訴えるが、
「じゃあ一体、誰がミシェルを盗んだというの? そこの女が私の部屋に押し入ってミシェルを盗んだに違いないわ!」
シルヴィアは全く持って聞く耳を持たない。
これは一体何事か、とベルは投げつけられる物を躱しつつシルヴィアの訴えと使用人達の言葉に意識を傾ける。
「ですから、ベル様はお嬢様のお部屋どころかお嬢様の部屋のある階に上がられた事すらありませんし、そもそもミシェル様が紛失した日中はベル様はお仕事に行かれておりまして」
「ミシェル!! 私のミシェルを返しなさいよ!!」
「お嬢様、落ち着いてください」
「ミシェルっ! ミシェル」
その騒ぎを聞きつけて、いつもより早く帰宅したルキが顔を覗かせた。
「何の騒ぎだ」
「お兄様! 今すぐこの女を追い出して。私のミシェルを盗んだのよ」
「ミシェルって、あのクマのぬいぐるみだろ? ベルが……?」
どう見ても今帰宅したばかりのベルと、違うと首を振る使用人達の様子を見て、ルキはまたかとつぶやきため息を漏らす。
「みんな違うと言っている。シルがどこかに置き忘れたんじゃないのか?」
「ちがっ、私はミシェルを置き忘れたりなんか絶対にしないわ」
ルキにそう言われ、興奮気味にシルヴィアは反論する。
だが、ルキはそれに全く取り合わず、
「シル、お前もう12だろ。いい加減、ぬいぐるみから卒業したらどうだ?」
と呆れた口調でそう言った。
「……っ!」
ルキからそう嗜められ、傷ついたような泣きそうな顔をするシルヴィアに、
「はぁ、どうしても必要なら新しいのを買ってやるから、とにかく落ち着け」
追い討ちをかけるようにルキはそう言う。
ルキにそう言われて言葉を失くしたシルヴィアは顔を俯いて、唇を噛み締める。
そんな2人のやり取りを見ていたベルは、盛大にため息を漏らすと、もう限界っとつぶやいてルキに近づくとローキックを喰らわせた。
「いった」
「次期公爵様。私、あなたのこと人として好感が持てないって言いましたけど、訂正します。この冷血漢がっ、兄としても最っ低」
そう言い残して、ベルは使用人に屋敷内は探したかなどを確認し、鞄を玄関ホールに置き去りにして走り出した。
ミシェルとは、シルヴィアがずっと大事に抱いていたテディベアだ。
この公爵家に来てから何度もその光景を目撃したし、使用人たちからそれがルキからシルヴィアに贈られたもので、シルヴィアがとても大事にしていることも聞いている。
宝石が散りばめられた、かなりお高そうな1点もののオーダーメイド品。
シルヴィアの部屋に立ち寄った事はないが外から窓が開いている様子を何度か目撃した事がある。
「……やっと、見つけた」
無駄に広い公爵家の敷地を懐中電灯片手に木々を照らしながら駆け巡ったベルは、ようやく木の上に目的のテディベアを発見した。
やっぱりカラスの仕業かと巣を見上げ、ベルは躊躇うことなく木登りを開始した。
巣には当然主がいたが、運のいいことに就寝中。起こさないようにそーっと手を伸ばすが、
「もう少し。あとちょっと……」
気づかれてしまい、鳴き声と共に突かれ攻撃を受ける。攻防の末なんとかテディベアを確保したところで、
「あっ」
ベルは体勢を崩し木から落ちた。
「……痛く、ない?」
痛みを覚悟したはずが、思ったほどの衝撃がなくベルは恐る恐る目を開ける。
「ベル、こんな光源の少ない夜に木登りはやめてくれないか。せめて人を呼べよ」
とても近い場所にルキの顔があり、彼に庇われていることを認識し、アクアマリンの瞳は驚きで丸くなる。
「……っ。ごめん、なさい。あとありがとう、ございます」
慌てて体を起こして立ち上がると、お怪我は? とルキに尋ねる。
「俺は平気だけど、ベルは?」
ルキはベルの手や腕に擦過傷やいくつか小さな傷を目にとめ、手当がいるなとつぶやき、ベルのチョコレートブラウンの髪から葉っぱをとってやった。
「ミシェルっ!!」
屋敷に戻ったベルの手にテディベアの姿を見つけ、シルヴィアは走ってかけよりそれを奪うようにベルの腕から回収する。
「木の上にありました。きらきらの宝石がいっぱいついてますから、カラスが持っていったみたいです」
手に戻ったミシェルの様子を確認したシルヴィアは、
「う……そっ。破けてる」
お腹まわりや首の大きな破損に泣きそうな声を上げる。
そんはシルヴィアに視線を合わせたベルは、
「シルヴィアお嬢様、もしよろしければ、私にミシェル様を一晩お預けくださいませんか? きっと、ミシェル様を素敵に変身させて見せますから」
真剣な顔で申し出た。
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