その18、伯爵令嬢と魔法使い。(1)
綺麗なバラには棘がある。美しいからこそ、身を守る武器を持っているのだ。ナジェリー王国第一王女として君臨するアネッサは大輪のバラと呼ばれる自分に誇りを持っている。だからこそ日夜そうあるべく、武器を磨いているのだ。
「みんなこういう話、大好きよね」
歌うように独り言をこぼしたアネッサの手の中には昨年子女たちの間で大ヒットし、今年の夏にこの国で流行した観劇の原作となったとあるロマンス小説があった。
内容は政略結婚で愛のない結婚をさせられそうになっている貴族の男性ととある事情で身分を隠している隣国のお姫様が、いけないことと分かりつつも互いに惹かれ合ってしまうラブストーリーだ。
それぞれ立場があり、また婚約者もいる。それでもお互い運命の恋に身を任せどうしようもなく惹かれてしまうのだ。
そうして様々な障壁を乗り越え、真実の愛を手に入れる、いかにも若い女の子達が憧れそうなストーリー。
アネッサはパラパラとめくりパタンと本を閉じると形の良い唇が弧を描く。
「みんな、ハッピーエンドが好きなのよ。そのためなら他者を踏みつけたって構わない。だって悪役がいないと、物語は盛り上がらないんだもの」
結局は強者だけが勝ち上がる。それはナジェリー王国だろうと、この国だろうと変わらない。
「さて、みんなが大好きなこのお話に一体どうやって乗せようかしら?」
ふふっと楽しげに笑ったアネッサは、ずっと打ち続けている布石の効果がそろそろ出るかしらと笑いながら、本日の夜会の準備を始めた。
*****
噂など気にしたって仕方がない、とシルヴィアは思う。
シルヴィアが物心つく前から、この家に父は帰ってこず、母という存在はそもそもいなかった。病気で早死にしたと聞かされている母親の噂は知っている。
頼んでもいないのに、したり顔で我が家の事情を勝手に語り、土足で踏み荒らす人間が多くいたからだ。
そんな好奇の視線から守ってくれたのは他でもない兄のルキだった。
ルキはいつでも矢面に立ってくれた。シルヴィアにとっては、兄であると同時に父でもあり、信頼できる大人であり、唯一の家族だった。
そんな兄であるルキに言いよる女の子が沢山いるのは今に始まった事ではないし、政略結婚の企てなど数えきれないほどあった。
そして、それにルキが辟易しているのも知っていた。
だから、唯一の家族と言っても過言ではない彼が幸せになれない結婚など断固阻止しようと決めた。
どんな手段を使ってでも。
そうして今までの縁談はそれが形になる前に全て叩き潰して来た。幸いな事に我が家は公爵家。大抵の事は許されるし、結婚に乗り気でない兄はシルヴィアの行動を咎めなかった。
彼女、ベル・ストラル伯爵令嬢がこの家に来るまでは。
ベルは貴族令嬢としてはどう見ても規格外だった。
紅茶をかけても、メイド服を渡しても、物置部屋をあてがっても、全部楽しそうに対応して見せた。
それどころか自分の嫌がらせを兄のための行動だと見抜き、友達になりたいと言ってくれた。
ベルはルキの妹である自分に媚びたり、邪険にしたりする事なく、一人の人として向き合おうとしてくれた。
ベルといる時間はとても楽しかった。ベルは教科書には載っていない、家庭教師も教えてくれないような事を教えてくれたし、自分の主張にも耳を傾けてくれたから。
自分がベルを好ましく思っているように、ルキもそうなのだと思っていた。
ルキが婚約までした相手なんてベルだけだったし、ベルが来てからルキは穏やかに笑うようになったから。
忙しいルキにわがままは言えないと思っていた。だから、大きくなるにつれて兄が家にいる時間が減っても我慢していた。
だけどベルが来てから、ルキは家に帰って来てくれる事が増えたし、昔のように話をする時間を作ってくれるようになった。
姉、と呼べる存在がこの家に増えたとしても、それは自分にとってもルキにとっても悪い事ではないのだとシルヴィアは初めてそう思えた。
一緒に食事をするだけで嬉しくて、今日あった出来事を聞いて欲しいと思う存在がいる。
それだけで毎日が楽しかった。
ずっと、こんな日が続けばいいとシルヴィアは願っていた。
それなのに、どうしてたったこれだけの願いが他人に踏み荒らされなければならないのか?
この生活を守りたいと思うのに、まだどうにもできない自分のことが、ただもどかしかった。
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