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その16、伯爵令嬢とカウントダウン。(2)

 夕食後、ルキが明日のための最終チェックを終えたタイミングで、ベルが部屋を訪れた。


「メイド服はもうやめたの?」


 揶揄うようにルキがそう尋ねると、


「着てきて欲しいなら出直しましょうか?」


 応戦するように楽しげに笑ってベルはそう言った。


「改めて、お誕生日おめでとう」


 そう言ってベルはルキにプレゼントを渡す。


「開けていい?」


「大したものじゃないけど」


 どうぞと言われ、ルキは包みを開ける。中にはキーケースと名刺入れが入っていた。


「革製品久しぶりに作ったから、あんまり上手くないかも。気に入らなかったら好きに処分して構わないから」


「革製品手作りって、本当に器用だな」


「ちなみに石窯もプレゼントだから! ピザでもパンでも焼いちゃって」


「うん、そっちは正直取り扱いに困る」


 紅茶すらまともに淹れられない人間にピザ作りはハードル高すぎるとルキは苦笑する。


「ナツさんに焼いてもらえば良いじゃない」


 せっかく作ったのにと不服そうにそう述べるベルを見ながら、


「まぁ、俺今まで散々色んな物貰ったけど、さすがに手製の石窯は初めてだよ」


 多分一生忘れられないとクスクス笑った。

 

「……石窯もキーケースも名刺入れも、不要になったら手放しちゃっていいよ」


 そんなルキを見ながらベルは静かに微笑む。


「あげたかったのは、楽しかったっていう思い出だから」


 公爵家嫡男のルキなら欲しいものは大抵手に入る。そんな彼にとって邪魔にならないモノを渡したかった。

 来年、彼の誕生日を祝うことがないと分かっているから尚更。


「じゃ、私そろそろ部屋に戻るので」


 くるりと背を向けあっさり出て行こうとするベルのチョコレートブラウンの髪を軽く引き、


「ベル、恋人の誕生日の割にあっさりすぎやしないだろうか?」


 とルキは不満気に訴える。


「ちょ、髪引っぱったら痛いって」


「そんなに強く引いてないけど?」


 隣にくれば痛くないと思うよとルキはにこやかに笑う。


「ベル、隠す気ゼロで"こいつ、めんどくさい"みたいな顔するのやめてほしい」


 今日誕生日なんだけど、と自分の隣をペシペシ手で叩きながら座れと促す。


「すみません、根が正直なモノでつい本音が」


 前面に出てしまいました、と悪びれることなく言ったベルは仕方なくルキの隣に座る。


「でもイベント的にはフルコンプリートだと思うんだけど」


 ルキに気づかれないようにパーティーの準備をして、手料理を振る舞って、みんなでお祝いして、プレゼントを渡したのだからバースデーイベントとしては完璧だ。


「もう少しだけ、一緒にいたい」


「……ルキ、今一番忙しい時でしょ。早く寝て明日に備えなよ」


 ルキはこのために1年頑張ってきたと言っても過言ではない。今回の外交はそれだけ重要であり、ルキとしても後継者問題に片をつける大事な案件のはずだ。

 今すぐにでも休んで明日に備えて欲しいところなのだが、


「だから、だよ。明日からまた仕事詰で碌碌家にも帰って来れないから」


 そんなベルの気持ちを汲み取った上で、少しだけとルキは強請る。


「最近、同じ家にいるのに顔も見ないし。会ってもルキ様って呼ぶし。敬語だし」


「それは、ルキが帰ってくるのが遅くて早朝出ていく上に、シル様や使用人の皆様同席の場でしか会ってなかったからでは?」


 ベルの指摘にそれはその通りなのだが、と思いつつ会いたかったのは自分だけかとルキはため息をつく。


「……もう少し、シルの10分の1でいいから甘やかされたい」


 しゅんと不貞腐れたようにそう言ってベルの肩に頭を乗せたルキを見ながら、


「……いい大人が何言ってるのよ」


 と言いつつ、ベルはつい手を伸ばしてルキの頭を撫でてしまう。柔らかい手触りのいいプラチナブロンドの髪が手に馴染む。

 すぐ首元に息がかかり、ルキが嬉しそうに笑っているのが気配で分かったベルは仕方ないなと苦笑し優しく撫でる。

 本当に大型犬に懐かれたみたいだと思いながら、年上の男の人なのに可愛いなんてずるいと心の中でつぶやいた。


「ベル。例えばなんだけど、一級品の宝石になれなかった石やそのカケラとか、上質なんだけど生産過程で僅かに傷ものになってしまった生地が安価で輸入できたら、ベルならどうする?」


 一通り撫でられて満足したらしいルキが、ベルにそう尋ねる。


「え? そんなのドレス作るの一択だけど!」


 あえて"訳あり"と低コストにできる理由を出しつつ、下級貴族から裕福層向けラインで手が出しやすい価格設定の素敵なドレスを作って売るわとベルは楽しそうに語る。

 

「あ〜でも、シル様みたいな上流階級のお嬢様が着てくれたら個人的にはめちゃくちゃ好印象! 消費して経済を回すのも上流階級の方のお仕事でしょうけど、環境にも配慮してますよってアピールできるし」


 その場合はキャッチコピーを変えて、希少性を出しつつとベルは楽しそうに戦略を妄想する。


「影響力のある人が着てくれたら真似たいご令嬢達が勝手にPRしてくれるわね! うん、いける!!」


 とベルは笑う。


「生地が安価な分、ちょっと贅沢に使って仕上げられたら豪華なドレスにも見劣りしないでしょうね。あーいい。すっごい稼げそう!!」


 キラキラした目で楽しそうに語るベルを見ながら、


「うん、俄然やる気出た」


 ルキは静かにそう言ってポンポンっとベルの頭を撫で、チョコレートブラウンの髪を掬ってそこに軽く口付けた。


「ルキ?」


 ベルはルキの行動に驚いたように目を丸くする。


「ベル、欲しいモノ1個なんでもくれる、って言った奴、今使っていい?」


「お義母様に契約婚約即バレしたのに?」


「約束通り俺からは言ってないから権利を主張したい」


 確かに黙っていてくれたら欲しい物を調達してくる約束はした。そしてバレたのはルキのせいではない。


「いいけど、すぐに調達できるかは分からないよ」


 それで何が必要? と聞いたベルに、手を伸ばしそっと頬に触れたルキは、


「ベルのこと抱きしめていい?」


 と尋ねる。


「それは、モノじゃ……」


「ダメ?」


 しゅんとしたルキを見ながら、ダメだ叱られた大型犬にしか見えないと口元を押さえて笑いを堪えたベルは、


「どうぞ」


 と両手を広げる。了承が得られたルキはベルを抱きしめて、


「しばらく立て込むけど、シルの事よろしく。頑張ってくる」


 とベルの耳元で囁いた。

 ベルはルキに回した手で大きな背をポンポンと優しく叩きながら、


「ルキは十分頑張ってる。大丈夫」


 と囁き返す。

 ベルの言葉にありがとうと小さく言ったルキは静かにベルを解放すると、


「明日、出るの早くて言えないから先に言っとく。行ってきます」


 アクアマリンの瞳を見ながら、見惚れるくらいキレイに笑ってそう言った。

 真っ直ぐ自分に向けられるその濃紺の瞳には熱が籠っていて、ベルは自分の頬に熱が集まるのを感じる。


「行ってらっしゃい。健闘を祈る」


 ベルは無意識に自分の耳を触りながらそう言って笑った。

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