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その15、伯爵令嬢と告白。(2)

 地図に示されたそこは少し高台にある見晴らしのとてもいい静かな場所で、真っ黒なフードを被って小さく疼くまるベルの背中を見つけた。


「…………ママ」


 風に乗ってベルの小さなつぶやきが流れてきた。

 そっと後ろに立てば彼女の肩が小さく震えているのが目に入る。

 きっと、いつもひとりでこうしていたのだろうとルキは思いながらベルの肩に上着をかけた。

 驚いて振り返ったベルは泣きそうな顔をしていて、


「……どう、して?」


 とかろうじて聞き取れるくらいの音量でそうつぶやいた。


「ここにいるって、サラ夫人が教えてくれたから」


 結構風が出て来たね、とルキはいつもと変わらない口調で話しかける。


「せっかく来たんだ。ベルの自慢のもう一人のお母さんにもご挨拶させて欲しくて」


「……でも、ママはあなたが一番嫌いなタイプの人間でしょ」


 無理に来なくてよかったのに、と淡々と硬い声でベルはそう言った。

 ベルの実母は貴族の愛人で、世間的に褒められた人ではないのかもしれない。

 ルキの中に略奪愛や不倫への嫌悪感やその果てに生まれた庶子に偏見があったのは確かだ。

 だけど、それでもこの人は、ベルにとって大事な人で。

 この人がいなければ、ベルもハルも生まれていないわけで。


「……正直、全部を肯定的に捉える事はできないんだけど」


 俺は聖人君子じゃないから、とルキはゆっくり言葉を口にする。


「多分、俺の好き嫌いなんてどうでもよくて」


 何もしない外野からの身勝手な噂や批判にはなんの価値もない。

 当事者にしか分からない事を、他人が正義ヅラして断罪する権利などどこにもないのだとルキは思う。


「俺が今自信を持って言えるのは、俺の婚約者がベルで良かったって事とベルが今俺の隣にいてくれて嬉しいって事だけなんだ」


 ルキはベルのチョコレートブラウンの髪に手を伸ばし、優しく頭を撫でる。


「だから、ベルを産んでくれたお母さんに感謝してる。それじゃ挨拶する理由にはならないかな?」


 黙ったままじっとルキの言葉を聞いていたベルが目を瞬かせると、そこから涙が流れ落ちる。そっと指でその涙を拭ったルキが、


「ダメかな?」


 と尋ねるとベルはフルフルと首を振る。

 ベルから了承のとれたルキは彼女の隣で静かに手を合わせた。

 

「ありがとう、来てくれて」


「お礼を言われるような事はしてないけど。ベルが終わるまで、隣で待っていていい?」


 ベルは小さく頷いて、膝を抱えたまま目を閉じる。

 ルキは急かす事なく、ただずっとベルが立ち上がるまで静かに横に居続けた。



 少し寄り道して帰ろうか、と言ったベルに案内されたのはそこから少し歩いた先にあるコスモスが一面に広がる花畑だった。


「昼間もすごくキレイなんだけど、満月の夜に見るのもなかなか良いものでしょ?」


 ベンチに座ってサラが持たせてくれた温かい飲み物をベルに差し出す。ルキから受け取った少し温くなったハーブティーに口をつけてベルは静かに空を仰ぐ。

 ルキもそれに倣って空を見上げれば一面に星が散らばっていて、ベルが誕生日の日に着ていたサマードレスを思い浮かべた。


「白金貨300枚」


 何の脈絡もなくベルが静かにそう言った。


「それが、あなたのお祖父様が私を競り落とした時の値段。私を探し出すまでの経費を入れたら、もっとかかっていると思う」


「競り……? って言うよりも、一体何の話?」


「何、って、私がヴィンセント様から受けた大恩について聞きたくて追いかけて来たんじゃないの?」


 訝しげに眉根を寄せてそう言ったベルを見ながら、そういえばストラル領に一緒に行けばベルが祖父から受けた恩について話すと言っていたなと今更ながら思い出した。


「忘れてた」


 知りたい、と思っていた事のはずだったのにルキの頭からすっかり抜け落ちていて、ベルに言われて今ようやくその事を思い出した。


「……忘れてた、って」


「気になってたはずなんだけど……うーん祖父様の話は正直どっちでもいいかなって今は思ってる」


 ルキは率直に感想を述べる。そんなルキの言葉に目を丸くしたベルは、


「どっちでも……って、白金貨300枚よ?」


 気にならない? と尋ねる。


「まぁ、さすがに白金貨300枚は大金だけど」


 白金貨300枚など、王族1人に割り当てられる一年分の予算に相当する。決して安い額ではないが、


「祖父様とベルの間に何があったか、よりも、俺が今ベルにどう思われてるか、の方が正直気になる」


 とルキは正直に申告する。


「へ?」


「いや、だって強引にお墓参りについて行ったし」


 サラからは戻ったら話を聞いてやって欲しい、と言われた。

 だけど、目的地に続く階段の下に着いたとき、この先にベルがいることがわかっていながら、彼女が帰ってくるのをただじっと待つ事ができなかった。

 貴族にとって未婚の男女が揃って墓参りに行くという事は結婚の報告であるのが慣習だというのに、だ。


「えーっと、ご足労頂きありがとうございます、かな? ママもまさか上流階級の天の上の人がお墓参りに来るなんてびっくりじゃないかしら」


 だがベルは一切そのことには触れず嬉しそうに礼を述べるので、ルキはベルがこの慣例を知らないのだと察した。

 どうやらサラは一通りのマナーも礼儀作法も教えているが、ベルにこう言った暗黙のルールや慣習は教えていないらしい。

 サラは当然のように知っている様子だったので、できたらまどろっこしいやり取りや隠語も含めて全部教えておいて欲しかったなとルキは思う。

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