その13、伯爵令嬢と気がかり。(2)
ベルと一緒に作ったやる事リストで現在実践中なのが『気軽なデート』だった。
と言ってもお互い都合のつく日に仕事上がり少しだけ寄り道をして帰るというだけなのだが。
お互いお気に入りの店を紹介したり、お茶をしたり、その程度なのだがそれだけでも分かることが多々あった。
例えば、生活圏も習慣も違いすぎてこんな関係でなかったら、きっとすれ違うことすらないだろう事とか。
例えば、貴族としての礼儀作法はなんら問題なかったベルが、貴族間で使われる隠語や暗黙のルールには結構疎いとか。
例えば、デートの約束をした日は朝と髪型が違ったり、誕生日にプレゼントした時計をつけてくれているとか。
今まで見落としていた事が沢山見えてきて、それに気づく度にルキはベルから目が離せなくなって行った。
待ち合わせ場所にはすでにベルがいて、こちらに気づいた様子はなく彼女はぼんやりとどこかを眺めていた。
珍しいなと思いながらベルの視線を辿ればその先には花屋があって、所狭しと秋を告げる花が並んでいた。
ベルは花を見るのが好きだし、公爵邸でもよく庭師と話したり庭園をシルヴィアと散歩したりする姿を見るが、その時の楽しそうな表情とは違って、どこか苦しそうにルキには見えた。
「ベル、待たせた」
「……いえ、そんなには」
声をかけたルキに気づくのが遅れ、少し間を開けて返って来た彼女の声はいつもと同じなのに、少しだけ落ち込んでいるように見える。
「何かあった? 具合悪いなら、帰る?」
心配そうにそう声をかけてベルの顔を覗くルキに一瞬驚いたような顔をしたベルは、次の瞬間にはいつものような楽しげな表情で笑い出す。
「真面目に聞いてるんだけど」
不服そうな声でそう言ったルキに、
「ごめん、だって……あのルキが。仕事以外では鈍感で人の変化に疎い、普段びっくりするくらいポンコツのルキがっ……ふふ、開口一番にヒトの体調の心配なんて……あーおっかしい」
ベルは笑いながらそう言った。
「ベ〜ル〜〜!!」
「いや、だって事実だし。でも、ありがとう。……少し、考えごとをしていただけだから」
大丈夫、とアクアマリンの瞳はそう言った。
「考え事って?」
そう聞いたルキの濃紺の瞳をじっと見た後、ベルは一瞬困ったような顔をして目を逸らしたが、いつも通りの笑顔を浮かべ、
「大した事じゃないから」
そう言った。
そうは見えないとルキが言葉を発するより早く、
「男の子かなぁ、女の子かなぁって」
とベルは楽しげに話す。
「何の話?」
「赤ちゃん、できたの。すっごく楽しみ!」
ベビー服とスタイは複数枚あってもいいよね、どんなデザインにしようと話すベルの横でルキは固まる。
子どもができた? 一体誰の?
ベルとは、まだそんな事はしていない。
そもそもベルは婚前交渉しないって言ってなかったか?
などなど思考が駆け巡ったルキは、
「あ、今日は手芸店に行っていい? 生地欲しくて」
と言ったベルの肩を掴んで、
「付き合って1月足らずで浮気は良くないと思う。ていうか、相手誰? とりあえず話し合いしよう」
ものすごく焦ったようにそう言った。
「子どもって……何で」
泣きそうなルキの顔を見ながら、ふっと笑ったベルは、
「ルキ、とりあえず歯食いしばれ?」
それはそれは綺麗にビンタを決めた。
「ベル、まだ怒ってるの? そもそも俺だけが悪いんだろうか?」
「別に。ルキ様は私の事を全く信用していないのだなと思っただけです。怒るというより呆れております」
誤解が解けたあとも敬語のままで他人行儀に対応するベルに、怒ってるじゃんとルキはため息を漏らす。
「頬が腫れてますし、先に帰ってくださって結構ですよ」
「さっき思いっきりヒトの顔面殴った本人がいう?」
「殴ってません。平手打ちしただけです。気持ち的には鳩尾に蹴りも入れたかったです」
淡々と話しながら、お目当ての布を見つけたベルは、コレ可愛いと目を輝かせる。
「お義姉さんが妊娠したなら、最初からそう言ってくれたら良かったのに」
主語がないベルにも非があると思うというルキの眼前にピッと裁ち鋏を突きつけたベルは、
「まさか、お付き合い1月足らずで不貞を疑われるとは思いませんでした。非常に不愉快です」
とはっきり物申す。
「その点については、本当に申し訳ありませんでした」
裁ち鋏を突きつけられたままうぅっと困った顔で、何度目か分からない謝罪をするルキは、
「ベル、どうしたら許してくれる?」
しゅんっとした声でそう聞いた。
裁ち鋏を元の場所に戻したベルは購入を決めた布を数点持つと、
「とりあえず会計してきます」
ルキを放置して会計に行ってしまった。
会計から戻るとルキの姿は見当たらず、ベルは外に出る。ルキの周りには人だかりができやすいし、目立つのですぐ見つけられると思ったのだが、彼はいない。
本当に帰ったかなと思ったベルは、それ以上気に止めることなく屋敷方面に向かって歩き出す。
街の風景はどこもかしこも秋色に染まっていて、少しだけ苦い思いが込み上げる。
ルキが勘違いを謝ってくれた時点でいいよと流せばよかったし、いつも通りルキの事を揶揄うように接すれば良かったのに、なぜか今日は上手くいかない。
そんな風に上手く感情のコントロールが効かない日がある。それは子どもの時から変わらずそうで、秋口になると自分ではどうしようもなくそうなってしまうのだった。
「……ミルクティーでも飲んで落ち着いてから帰ろうかな」
ふと気づけば本日のルキとの待ち合わせ場所に戻っていて、店先のコスモスが目に入る。
秋、なのだ。
そして、もうすぐ冬がやってくる。
「……行きたい、な」
「ベル、どこかに行きたいの?」
ぽつりと漏らした独り言に返事があるなんて思ってなくて、ベルは驚いたように振り返る。
そこには少し息を切らせた様子のルキがいて、
「ベル、店にいてよ。探しただろ」
と文句を言った。
「あ、でもベルはやっぱりミルクティーで正解だね。ちょっとミルク濃いめにしてもらった」
あそこのベンチで飲もうかとベルにミルクティーの入ったカップを差し出す。
「先に帰ったんじゃ」
「帰らないよ、ベルの機嫌取ろうと思ってミルクティー買いに行っただけで」
ルキが持っている紙袋はベルの行きつけの喫茶店のモノで、きっと自分が紹介しなかったらルキが一生目に止めることのなかっただろう店。
ここから少し歩くその店に、わざわざ買いに行ってくれたらしい。
「ああ、そうだ。ベル、リストに追加していい? 仲直りの方法について考える」
「仲直り、したいんですか?」
「したい。あと本当にごめん」
仲直りしたい、と即答し真剣にこちらを見てくる濃紺の瞳を見たベルは、
「じゃあ、とりあえずこれ持って」
手に持っていた先程買ったものの入った紙袋をルキに渡す。
ルキが素直に持ったところで、
「手を、繋いでも?」
とベルは尋ねる。
「いい、けど」
躊躇いがちに差し出された手にベルは自分の手を乗せ、
「せっかくだから、今日はカップル繋ぎでもやってみる?」
イタズラでもするかのように楽しげに笑ってそう尋ねる。
もう怒ってなさそうだとほっとした表情を浮かべたルキと指を絡めてカップル繋ぎをしてみる。
「嫌なら、やめとこうか?」
尋ねられたルキはベルと繋いだ手に視線を落とす。
何度か手を繋いだ事はあるけれど、こんな繋ぎ方を誰かとするのは初めてで、少し気恥ずかしい。
だけど相手がベルだというだけで、嫌悪感は全くなくて、むしろ嬉しいとさえ思う。
「……ベル、困った」
「何?」
「このままだとコーヒー飲めない。俺の分冷めるんだけど」
「それが狙いだからね! 冷めたコーヒーも美味しいよ」
ふふっと笑ったベルはそのまま機嫌良さそうにミルクティーを飲みながら歩き出す。
「飲みながら歩くのは行儀悪いよ」
「私ルキと違っていい育ちじゃないもので。それに馬車に着くのが遅くなると夕食に間に合わないじゃない」
ミルクティーを飲んで表情を和らげたベルは、美味しいとつぶやく。
きっと今こんなにホッとして暖かい気持ちなのは、ルキがいるからだとベルは思う。
「私も、叩いてごめんなさい」
「まぁ、叩かれるだけの事を言ったから。ホントごめん」
隣を見ればしゅんとしているルキが目に入る。
もし彼が犬だったなら、耳も尻尾も垂れていそうだ。そんな想像をして、意外とルキに犬耳似合うななんて思ったベルはクスクス笑う。
「何?」
訝しげな視線が落ちて来て、ベルは優しく微笑むと、
「私、犬派なのよね。お兄様は猫派なんだけど」
楽しげにそう口にする。
「急に何の話?」
「大型犬に懐かれた話」
なお疑問符を浮かべるルキに、急がないと本当にコーヒー冷めるよとベルは楽しげに手を引いた。
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