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その11、伯爵令嬢と子守唄。(4)

「カッコ悪い話、してもいい?」


「カッコ悪い話でも気持ち悪い話でも聞きますよ」


「でもって笑うんだろ」


「お望みなら笑い飛ばしてあげます。"何だ、そんな事?"って」


 ベルはクスッと笑ってそう言ったが、ベルならきっと真剣に聞いてくれる。

 アクアマリンの瞳を見て、そう信じられたルキはゆっくり言葉を紡ぎ出した。


「……悪夢を見るんだ」


 それは、幾度となく繰り返し見た幻影の話。


「どうして、みんな簡単に誰かを"愛せる"のかな?」


 ルキは絞り出すような声で気持ちを言葉にする。


「その感情をどうやって判断するのかな?」


 ルキはベルのアクアマリンの瞳をじっと見る。


「俺には、その当たり前ができないんだ。どこか、俺は壊れているのかもしれない」


「どうして、そんな風に思ったんです?」


 ベルは優しくルキにそう尋ねる。

 ルキは少し躊躇って、


「ベルが、あと5ヶ月でいなくなるのが嫌なんだ。でも、この君に対する執着が、単にまた他の誰かと関係を構築しなきゃいけないのが嫌でそうなのか、ベルが去る事自体が嫌なのかが分からない」


 ひとつずつ、言葉を選ぶようにベルに伝える。


「多分、俺はベルが好きなんだけど、そもそもこの感情が友愛なのか親愛なのか恋情なのか、その区別すら俺にはつかない」


 自分に擦り寄ってくる令嬢達はいとも容易く『好きだ』と口にする。

 だが、一体自分のどこを見てそういう結論にいたったのか、ルキにはその感情が理解できず、みんなが持っている"当たり前"が手に入らない。


「俺はズルくて、情け無いんだけど、ベルが俺の事を好きになってくれたらいいのにって、思ったりもしたんだ。それなら、俺がこの感情に名前を付けられなくても、君がいなくなったりしないから」


 でも、それは責任の押し付けでしかないと言う事もルキは理解していた。


「ごめん、こんな半端な事を言われてもベルだって困るだけだろうに」


 どうしていいのか分からないと困ったような表情を浮かべるルキを見ながら、まるで迷子になった小さな子どもみたいだとベルは思う。


「……困りましたね」


 ベルが首を傾げてぽつりとそう言うと、


「ごめん、困らせる気は」


 慌ててさっきの言葉を取り消そうとルキが口を開こうとするより早く、


「私にも分かりません。どこで判断するものなんでしょうね」


 ベルの真剣な声が部屋に響いた。


「ん?」


「いや、だから。どうしたら"愛してる"なんて分かるんでしょうね。方程式があるわけでもなければ、可視化できるものでもないし。数値化された明確な判断基準ってないじゃないですか」


 心拍数毎分何回以上で恋です、なんて恋愛小説にも書いてないですねとベルは真剣に悩み出す。


「んールキ様的に一体私のどこがいいと思ったんです? とりあえず、かもしれないと思ったきっかけとか」


「…………本人前にして言えと」


「あ、ちなみに私も今はヒトとしてはルキ様のこと嫌いじゃないです。多分」


 淡々とそんなことを口にするベルに、ルキはフリーズする。


「仕事面に関しては本当に尊敬しています。あと結構真面目で、でも抜けてて、揶揄った時の反応も面白いなぁーと思ってます。まぁ、基本的に面倒くさいヒトだけど、ルキ様のこと嫌いじゃないですよ?」


「ベルのオブラートは破けてるのかな!?」


 待って、何これどういう状況!? とルキはベルをマジマジと見る。


「すみません、嫌いじゃないは失礼ですね! 好きか嫌いかの2択なら好きです。でも、これが恋とか愛かって言われると違うような……。じゃあ、この好きは何かって言われても、定義づける明確な言葉と根拠、証明できる材料がないからはっきりとしたラベリングができないですね」


 難しいなぁと眉根を寄せたベルは、


「すみません、やっぱり私にも判断できそうにないです。世の中の恋人や夫婦ってどうやってその気持ちを定義づけるんでしょうか?」


 とルキに尋ねた。


「いや、俺に聞かれても。そもそも聞いたの俺だし」


 いやいやいやいや、と言ったルキと疑問符だらけのベルは目が合って、ほぼ同時に笑い出す。


「俺は、多分ベルとこうやって笑い合える時間が楽しくて好きなんだと思う。これがなくなったら嫌だなって思うくらい。けど、これが恋とか愛かって言われると分からない」


「その気持ちなら私にも分かります。恋愛小説とかって何であんなにも簡単に自分の気持ちを理解できて、相手も明確に気持ちを返してくれるんでしょうね」


「フィクションだからじゃない? 見たことないけど」


「ルキ様共感性低そうですしね。その点多分私達よりシル様の方が感受性は豊かですよ」


 手持ちの分全部読んじゃったんですよとベルは楽しそうにルキに話す。


「ルキ様、私が5ヶ月後にいなくなるのは変えられない確定事項です。私は公爵家があなたのために用意した偽物の婚約者だから」


 言葉が切れたタイミングでベルは優しく、でもはっきりとそう告げる。


「私が公爵家に嫁ぐ事はありませんし、あなたは遠くない将来にあなたの身分に相応しい一緒に生きていける誰かを選ぶ事になります」


「そう、だね」


 それは、あのお見合いの日から変わっていないいつか訪れるだろう未来の話。


「で、ひとつ提案なのですが、先がない関係だ、と割り切れるなら私とお付き合いしてみます?」


 真似事ですけどとベルはルキに提案する。


「要するに、ルキ様は"愛してる"が分からなくて、自分が誰かを"愛せるか"不安なんですよね? なので、擬似体験してみたら何か掴めるかもしれませんよ?」


 私にも恋だの愛だののラベリングができないから上手く相手できるか不安しかないですけどとベルに言われ、


「待って、本当に待って。色々おかしい。とりあえず、ベルの思考がおかしいって事だけは分かる」


 ついていけないルキは待ったをかける。


「だってうだうだ悩んだところで結論なんてでないでしょ? 悩むくらいなら行動あるのみ!」


 じゃないと結果出てこなくない? と首を傾げたベルは、


「かもしれない、を確かめる検証実験としてとりあえずお試しで付き合ってみる事の一体何が問題なんです?」


 とルキに尋ねる。


「ベルが男前過ぎる」


「え? そんな褒められても」


「無駄にポジティブ」


 ミリも褒めてないっ! と全否定したルキは、展開が急過ぎてついていけない上に、ベル相手に悩んでいた事が馬鹿らしくなる。


「どこまでやるかは要相談って事で、都度都度決めるとして。あ、私さすがに婚前交渉はしないから」


 それはお互いのためにNGでとベルはお付き合いの条件を提示する。


「で、どうします? 付き合います? やめときます? ルキ様が思い悩んで眠れないなんて状況が改善するなら私はどっちでもいいです」


 にこにこにこにこと笑うベルを見ながら、ルキはしばらく悩んだあと、


「……じゃあ、付き合ってみる」


 ベルに振り回される事を選択した。


「ふふ、じゃあ改めてあと少しの間ですけどよろしくお願いしますね、ルキ様」


 楽しそうなアクアマリンの瞳はそう言うとトントンっとベッドを叩く。


「恋人なら夜遅くまで部屋にいても問題ないでしょうし、悪夢を見ないように、今日は寝るまで側にいてあげますから、ゆっくりおやすみください」


 そう言ったベルは横になったルキを布団の上からトントン叩く。


「これは、恋人っていうより子どもの寝かしつけじゃないだろうか?」


「あれ? 添い寝希望ですか?」


「なっ、嫁入り前の女の子が何言ってるかな!?」


「まぁ、嫁には行かないから問題ないんだけど、ルキ様動揺し過ぎ。可愛いのー」


 クスクスと揶揄うように笑ったベルは、布団を叩く代わりに手を差し出す。


「じゃあ、手を握ってます。あなたが眠るまで」


 ルキはベルの優しい色味の瞳を見て微かに笑ったあと彼女の手を取る。

 ベルはルキの手を握り返して、そっとルキのプラチナブロンドの髪を撫で子守唄を口ずさむ。

 やっぱり子どもと勘違いしてないか、と苦笑しながら目を閉じたルキは、ベルの口ずさむ歌声にとても安心してしまいすぐに眠りに落ちた。


 その日悪夢にうなされる事なく、久しぶりに熟睡できたルキが、実はアロマポットを焚いたあたりから眠かったベルがルキより早く寝てしまい、ベッド横で寝落ちしているのを発見するのは数時間後のお話。

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