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その10、伯爵令嬢とウェディングドレス。(3)

「ところで、このユランって誰?」


 ベル作成のうちわを指さしてルキは尋ねる。

 話題が壁ドンからそれた事にほっとしたベルは嬉々としてじゃんっと効果音付きで学祭のチラシを見せる。

 そこは一般市民向けに数年前建てられた手に職をつけることを目的として作られた学校で、特に商家の子が通っていると聞く。


「ここの服飾科の3年なんですけど、服飾関係で活動する気はないらしくて、卒業後は一般職として商業ギルドに入る予定らしいんですよね」


 ベルはルキにドレスや小物の写った画像を見せる。

 それは非常に綺麗で繊細な作りをしていて、作り手のこだわりを感じる作品だった。


「いい腕してると思いません? ぜひともビジネスパートナーとして引き入れたい……って、いっても直ぐに私が雇うのは無理なんでうちの商会に入ってくれないかなーって」

 

 デザイン部門に空き枠出たのでスカウトしに行くのだとベルはウキウキしながらそう語る。


「実は何度かお話ししに行ってるんですけど、頑なに断られてるんですよねぇ。今度の学祭でのドレスの発表を最後にこの道は諦めるって」


 ベルは写真に視線を落とし、そっと撫でる。


「成功する保証なんてないし、狭き道だって事は分かってるんです。無責任にヒトの進路は決められない。でも、勿体無いなって」


 自分の手がけるドレスについて嬉々と語っていたユランを思い出し、ベルはせっかくの才能を活かさないなんて勿体無いと改めて思う。


「声かけられるの、コレが最後のチャンスなんでダメ元で行ってきます」


 それに、ダメでもファッションショー見るの好きなんでとベルはうちわを振る。


「……本当にやりたい奴はヒトから言われるまでもなく堂々と突き進むと思うけど?」


 そんなベルを見ながら、時間の無駄じゃない? とルキは肩をすくめる。


「まぁ、そーですけど。踏み切れない子もいるんですよ。でも性別ごときで諦めちゃうなんてもったいなくないです?」


「性別?」


「ドレスデザイナーもお針子も女の子が多いでしょ? ユラン君は自分が男の子なの気にしてて」


 おそらく服飾科入学前にも色々言われたのだろう。それでも彼は折れずに卒業まで来たのだ。このまま終わらせるにはやはり勿体無いとベルは思う。


「……ベルがスカウトしたいのって、男の子なんだ」


 ユランなんて名前や服飾のドレスデザイナーなんててっきり女の子の話だと思っていたルキは驚いたように目を見開いて固まる。


「そうですよ。"好き"や"やりたい"に性別なんて関係ないのに……って、言っても決めるのはユラン君なんですけど」


 すっごく可愛い男の子なんですよとベルは嬉しそうにユランについて話す。


「……その子は商家の出身なの?」


「そうですよ。なので、いずれ家継がなきゃって思ってるとこもあるようで」


 んーでもやっぱりうちに来て欲しいなぁとベルは唸る。


「一緒に仕事できたら楽しそうなんですよねぇ。真面目だし、懐っこくていい子だし、でも頑固で芯のあるところも好印象」


 ベルがユランをべた褒めするのを聞きながら、ルキは面白くないとさっきまでとは違う心境で楽しそうなアクアマリンの瞳を見つめる。


『もし私が誰かと一緒に居ることを選ぶ日が来たら、きっとそれは利権の絡まない相手です』


 例えば、一般市民とかと本契約をする時に言っていたベルの言葉を思い出し、ルキの気持ちはざらつく。

 結婚に興味がないと言ったベルが、もし将来伴侶を選ぶならきっと彼女と共通の話題があって、同じ方向を向いて仕事に打ち込める相手なのかもしれない。

 例えば、今ベルがべた褒めしている彼のような。


「……俺も、行っていい?」


 考えるよりも先に言葉が出ていた。


「えっ?」


 驚いているベルのアクアマリンの瞳を見ながら、ルキは座っていた椅子から立ち上がる。

 ルキはベルの座っている1人がけのソファのそばに来て左右の膝掛けに手をつくと、


「俺も行くから」


 と今度ははっきりベルと視線を合わせてそう言った。


「……まぁ、学祭に行くのは別にルキ様の自由ですけど」


 近い位置で有無を言わさないルキと視線が絡み、ベルは困惑を浮かべたままそう口にする。


「本当? 良かった」


 ベルの答えに学祭なんて何年ぶりかなとそのまま表情を崩してふわっと笑うルキに、ベルは目を離せなくなる。

 一体どうしたのかとベルが口を開くより早く、


「ねぇ、ベル! この前借りた小説の続きなんだけど」


 とノックもせずにドアが開き、シルヴィアが顔を覗かせた。

 声をかけたシルヴィアは2人を見てバサバサっと本を落とす。


「椅子ドン……2人はもうそんな仲なのね」


 きゃーと顔を赤らめたシルヴィアは顔を覆いつつもしっかり指の間から2人を眺め、


「な、仲がいいのはいい事だけど! 鍵くらい閉めてくださる? もう! もう! お兄様ったらっ……」


 大胆過ぎますわとシルヴィアは絶叫する。


「あーシル様、誤解……」


 シルヴィアの登場で一気に冷静さを取り戻したベルはこの兄妹本当に面倒くさいと誤解を解こうとするが、


「ベル! 本の続きは今度でいいわっ。お邪魔しましたー」


 気を利かせてシルヴィアは足早に去っていく。


「ねぇ、ベル。椅子ドンって何?」


 シルヴィアの残した単語に疑問符を浮かべるルキにため息をついたベルは、


「とりあえず手を退けてくれます? あとルキ様はこの手の知識をつけるの禁止とします」


 周りもルキ様本人も危険なので、とベルは強めにルキに念を押した。


「この、顔面兵器めっ」


 チッと嫌そうな顔で舌打ちしたベルに、


「……とりあえず悪口だって事は理解した」


 ルキは大人しく手を離す。

 盛大にため息をついたベルはシルヴィアにせがまれるまま恋愛小説を横流しにするんじゃなかったと数日前の自分の行動を深く反省した。

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