その10、伯爵令嬢とウェディングドレス。(1)
その日なんの前触れもなくランチに行こうぜと発案したのはレインで、難色を示したルキを無視してハルを呼び、3人で遅めのランチを取る事となった。
休憩に入るのが遅かったので、すでにランチタイムの混み具合は落ち着いていて、問題なく席の確保ができたのに店についた途端に個室に通されたので、はじめから組まれていたのかとルキは察する。
口数少なくぼんやりしていたルキがベルの誕生日はどうだったのか、と話を振られ重たい口を開いたのは、ランチ終了後の事だった。
「……俺、ベルの事が好きかもしれない」
諦めたようにそう言ったルキに、
「よし、殴るか」
「ええ、殴りましょう」
レインとハルはどこからか取り出したピコピコハンマーとハリセンでバシバシ容赦なくルキを叩いた。
「ちょっ、地味に痛いっ! ていうか、どこから出したそれ!?」
言えっていうから言ったのにと抗議するルキを一通り叩いて満足したらしいハルは、手のひらでピコピコ叩きながら、
「出掛けに義姉から"はっ! 今日のハルさんにはコレが必要な気がします!!"って待たされたので」
持って来ましたと素直に申告する。
「ちなみにうちの商品です。ご用命はクロネコ商会まで」
営業スマイルを浮かべたハルはついでのように宣伝した。
「義姉って、ベルがよく話してる伯爵夫人のことだよね? 人生上でピコピコハンマーとハリセンが必要になるシーンってある?」
ハルから、いります? と差し出されたピコピコハンマーをいらないと断ったルキはよく素直に持って来たなと苦笑する。
「僕、ベロニカ義姉さんの助言には従うことにしてるんで」
下手な占いよりよく当たるとハルは真面目な顔をしてそう言った。
「まぁ確かに。現に今使ったしね」
伯爵夫人、超能力者なの? と使い終わったハリセンを弄びながらレインはおかしそうに尋ねる。
「いや、いたって普通……よりちょっと自由が過ぎるただの人です」
今度の秋はパーティーグッズが来るらしくってと外れないベロニカの予測を話した後、"それよりも"とハルは語気を強めてルキに詰め寄る。
「かも、ってなんですか!? かもって!!」
うちの姉に一体なんの不満がと、ハルはかなり不満気にバシバシ机を叩く。
「ルキ、この後に及んで往生際が悪い」
ピコピコハンマー活躍し過ぎじゃない? と笑いながらレインはハルを宥めつつ、ルキにそう言う。
「……だって、俺自分から誰か好きになったことないし」
コレっていう確信が持てないと往生際悪くそう言ったルキに、
「…………僕、帰ってもいいですか?」
面倒くさいを前面に押し出したハルは逃走を図るが、ランチの領収書をレインに見せられ仕方なく着席した。
「かも、でも俺から見れば大進歩だと思うんだけど。ルキはなんでそう思ったのさ?」
まぁ周りにはとっくにルキの気持ちはダダ漏れなんだけどと内心で付け足しつつも、今まで女性関係散々だった彼が自分からその手の話に向き合おうとしている心情の変化を応援したいレインはルキにそう尋ねる。
「先月ベルと出かけて、色々話して、当たり前なんだけど、このままだったら、ベルは6ヶ月後には本当にいなくなるんだなって、思って」
先月の出来事を思い出しながら、ルキは静かに言葉を紡ぐ。
「ベルの話す未来には、当たり前なんだけど俺がいないんだ」
契約期間は残り半分。延長はない。ベルにとって契約期間終了後の婚約破棄は決定事項なのだから他の女性との未来を勧められるのは当たり前のことだ。だけど『それは嫌だ』と思ってしまった。
「でも、"嫌だから"なんてレベルの身勝手な言い分とこの感情に責任を取れるほど俺はまだベルの事を知らなくて」
自分とベルとでは育ってきた環境が違いすぎる、と思う。
理解できないと思う事も、感覚のズレも、たくさん感じる。
自分がそう思うのならきっとベルも少なからずそう思っているはずだ。
「ベルは俺の都合で無責任に手折っていい人じゃないと思うんだ。ベルには、これからも自由に振る舞いながら笑っていて欲しいし」
もし、ベルに契約ではなく正式に婚姻を望んだとすれば、家族思いでストラル伯爵家に恩を感じているベルはおそらく自分を押し殺してでも断らない。
公爵家という家柄はそれだけ強い力を持っている。そしてその力には、責任と義務が生じる。公爵家の一員である以上、自分の発する言葉の重みをルキは理解しているつもりだ。
「あれだけ一生懸命頑張ってる夢もベルには叶えてほしいと思ってる」
ベルは自分で稼ぎたいのだといった。夢に向かって一直線にどんな事でも貪欲に学びとろうとする姿勢は眩しくて羨ましくもある。
「けど……できたら、俺はただこれから先もベルと一緒にごはんが食べたいなって……そう思って……しまって」
ベルと一緒に鯛茶漬けを食べながら、唐突に自覚してしまったのだ。
この時間が続けばいいのに、と。
「ルキ様、聞いてるこっちが恥ずかしい」
マジか、ヤダ何この人と額に手をやって顔を伏せたハルは肩を震わせる。
「レイン様、この人いっつもこんなんなんですか!?」
「な? こんな顔して中身こんな奴だぞ?」
みんな誤解してるけどと言いつつ、萌え転がりそうなハルに気持ちは分かるぞとレインは頷いた。
「見た目コレで中身こんなんって……もう、サギじゃん。やばい、照れる。尊い」
ハルは、うわぁマジかとつぶやいたあと。
「レイン様がルキ様に構う理由が理解できました」
だろう、と何故か自慢げなレインは、
「というわけでハル君、ルキ見守り隊入らない?」
と外交省の受験リーフレットを差し出す。
「本人前に変なモノ結成すんな。ハル、レインの言ってる事は気にしなくていいからな?」
とルキはレインの背中をハリセンでバシバシ叩く。
「んー僕まだ2年生なんですよねぇ」
「やったね! 今から対策すればバッチリ」
2人のやり取りを見つつクスッと笑いパーティーグッズ本当に売れそうだなとドヤ顔でピコピコハンマーを渡して来たベロニカの顔を思い出す。
「"人生、面白い方に1票"か」
ベロニカの言葉を思い出し、外交省と口内で進路をつぶやいたハルは、
「合格する保証はないですよー。僕きょうだいの中で一番デキが悪いんで」
そう言って、レインに誘われたルキ見守り隊への加入を表明した。
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