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その9、伯爵令嬢と誕生日。(3)

「うわぁ、こんな席私初めてです」


 劇場で案内された場所は、広めの個室になっていてふかふかの大きな椅子が2つ置かれていた。

 椅子の側にはテーブルが置いてあり、オペラグラスやブランケット、飲み物とお菓子などもセッティングされている。

 全部自由に使っていいと聞き、ベルはこんなところで演劇を観るなんて、この先きっと一生ないなと満喫する事に決めた。


「こっちの方が無駄に絡まれることなく過ごせると思って」


 席的には遠いけどと最前列での鑑賞より、快適さを優先させたルキに改めてお礼を言ったベルは、


「楽しみ」


 とワクワクが抑えきれない顔でそう言って笑った。

 こんなに喜んでもらえるなら連れて来てよかったと思うルキに、


「でも意外です。ルキ様こういう話嫌いだと思ってたので」


 とベルは話しかける。


「実は内容知らないんだよね。今1番話題っておススメされたやつ取っただけだから」


 観劇自体実は興味なくてとルキはそう言って、


「ベルは内容知ってるの?」


 と尋ねる。


「原作読んでるので。オリジナルの演出入ってるらしいので、舞台の内容は完全には知りませんけど」


 とネタバレにならないように内容には触れずにそう言った。

 母親の事を苦々しく語ったルキの顔を思い出して、一瞬大丈夫だろうか? と頭をよぎったがフィクションだしと思い直して言葉を噤む。

 場内にブザーがなるとともに一斉に暗くなり、幕が上がった。


 舞台の上はキラキラした世界だった。

 ベルは華やかな舞台衣装とともに役者のリアリティ溢れる演技と舞台の内容に夢中になって見ていたのだが、後半部に入ってすぐ隣から発せられた小さな呻き声に現実に引き戻されて、舞台から隣に視線を移す。


「……ルキ様?」


「ごめん、ちょっと席外す」


 暗がりでルキの表情は見えなかったが、口元を抑えた彼は明らかに不調そうだった。


 舞台の音が微かにしか聞こえないロビーの椅子に腰掛けたルキは込み上げてくる吐き気に内容くらい確認すべきだったと後悔しながら耐えていた。

 自分でも情けないとは思う。

 でも、略奪モノの恋愛ストーリーをあたかもそれが真実の美しい愛であるかのように描かれていたその内容がどうしてもルキには受け入れられなかった。


『あの人が全てなの』


 忘れたはずの母親の甘ったるい声が耳に響く。


『今度こそ、真実の愛を見つけたの。私は幸せになりたいのよ』


 母は美しい人だった。そしてその長く細い指をルキのあごに当てて、


『ルキ、愛しているわ。だから許してくれるわよね?』


 この人の口から語られる度"愛"とはなんて便利な言葉なんだろうかと、何度となく思った。


『大好きよ、ルキ。あなた顔だけは、私に似て美しいもの』


 だと言うのなら、ルキにとってこんな容姿は呪いでしかない。

 自分から振り払ってしまいたかったのに、自分を抱きしめる母親が去っていくのが怖くて、ただただシルヴィアの泣き声を聞きながら立ち尽すことしかできなかった。



「ルキ様、まぁこんなところでどうされましたの?」


 ふと、そんな声と共にルキの思考は現実に引き戻される。

 自分に声をかけて来た名前も知らないその令嬢の目には媚びるような熱っぽさが灯っていて、ああ、また厄介なとルキは内心で毒付いた。

 放って置いてくれればいいのに、と思うルキの心情などまるで考慮してくれない令嬢はペラペラと聞いていない話を語るが、ルキの耳は上手く音を拾わない。


「ふふ、お一人ですか? 実は私も……良ければ抜け出しません?」


 許可した覚えもないのに勝手に擦り寄って来て、ルキの身体に触れる。近づいてきた彼女の纏う香水の匂いにルキは吐きそうになる。

 ルキがそんな事を考えているなんて思いもしない令嬢は、冷たくあしらわれる事もないルキの態度に同意を得たとばかりにしだれかかってきた。


「ねぇ、ルキ様。私ずっと、あなたのことを」


 令嬢が熱っぽくルキを見つめて口説こうとしたところで、


「お待たせいたしました、ルキ様」


 とよく響く声でそう言ったベルの言葉にルキは顔を上げる。

 その瞬間、心配そうなアクアマリンの瞳と視線が絡む。

 コツコツコツコツとヒールの音を響かせながら近づいてきたベルは、


「行きましょうか、ルキ様」


 令嬢を綺麗に無視してふわりと笑い、ルキに手を差し伸べた。


「ちょっと、貴女! 私は今ルキ様といい事をしている最中よ? わからなくって?」


「分かりませんね。それにこの人、私の婚約者なので。ああ、レディ。貴女のお連れ様らしき方がお探しでしたよ? 今戻れば言及しませんが、それ以上は不貞で訴えますよ?」


 出るとこ出ます? とベルが微笑むと唇を震わせた令嬢はルキから離れて足早に去っていった。


「……ベル? なんで」


 まだ劇の途中と言いかけたルキの言葉を遮って、ベルはハルにもらったブランケットを背中にかけてやりその背をさする。


「顔色が悪いです。吐きそうですか?」


 とりあえずお水飲みます? と水の入った容器を差し出し、ゆっくりルキに飲ませる。


「馬車も手配しましたからもう少しで来ますよ」


「でも、この後は」


 ディナーと言いかけたルキに、


「帰りましょう? おうちに」


 お屋敷に電話して、全部キャンセルの連絡お願いしましたとベルは静かにそう告げて、馬車が来るまで大丈夫、大丈夫と小さな子どもをあやすようにルキの背中をさすり続けた。


「ごめんなさい、見る前に内容お伝えしておけばよかったですね」


 馬車に乗って少し顔色が良くなったルキにベルはそう言って謝る。

 女性関係トラウマだらけで、どこに地雷が埋まっているか不明なルキに、恋愛モノの話は向かないよなとベルは確認すれば良かったと後悔する。


「ベルが謝ることなんて何もないだろ。むしろごめん、誕生日台無しにして」


 辛そうに口にするルキに、


「ふふ、そんな事ないですよ。素敵なカフェに連れて行ってくれたじゃないですか」


 そう言ったベルは、もたれかかって良いですよと肩を貸す。


「ベルは、変な匂いしない」


 素直にもたれかかったルキは、ベルの存在にほっとしたようにそうつぶやく。


「変なって……ああ、化粧とか香水の? さっきお嬢様に詰め寄られた時辛そうでしたもんね」


「……ん、色んな匂い混ざって、余計に酔いそうというか」


「あーまぁ、精神的にきてる時はキツイかもですね」


 ゆっくり頷いて辛そうにしているルキを見たベルは、


「もし、ルキ様嫌でなかったら膝貸しましょうか?」


 横になった方がもう少し楽かとと提案する。


「……ドレス皺になるよ」


 さすがにそれは、と遠慮するルキに、


「ちゃんとケアするので大丈夫です。そんな事よりしんどそうなルキ様の方が心配です」


 私の膝でよければどうぞとベルは優しく笑う。気恥ずかしさよりしんどさが勝ったルキは素直にベルに従う事にした。


「俺、本当カッコ悪いな」


 ベルに膝枕をしてもらったルキはぼそっと自分でもなんでモテるか本当に分かんないんだけどとつぶやく。


「大丈夫です。ルキ様がカッコ悪いのは今更です」


 そんなルキに苦笑してベルはさらさらと髪を撫でてそういった。


「……ベルひどい」


 本当は今日まるで違う人みたいに見えたルキが、いつも通りのルキに戻って安心したなんて言えないなと内心でつぶやいたベルは事実なので、とクスッと笑った。 


「少しおやすみください。屋敷に着いたら起こしますから」


 ゆっくりルキの髪を撫でるベルはそっと笑いそう告げる。やっぱりベルだけは平気だなと思いながら目を閉じたルキはいつの間にかうとうとし、そのまま眠りに落ちた。

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