その9、伯爵令嬢と誕生日。(2)
約束の場所に辿り着く前にルキがどこにいるのか分かってしまった。
人の視線すごい。今からアレに声かけるのかと思うとベルはすぐさま回れ右をしたくなる。
普段意識することはないが、遠巻きで見るとルキの顔面偏差値は確かにずば抜けて高く、容姿端麗という言葉がしっくりくるほど目立つ。
声をかける女性たちも綺麗で自分に自信ありげな美人が多いし、このまま放置したら良縁に恵まれるかもなんてベルは思うが、女性に声をかけられるたび、待ち人ではなかったとしゅんとなるルキの様子を見て、ベルは肩を振るわせ笑いそうになる。
犬だったら耳もしっぽも元気なく垂れていそうだ。
時計に視線を落として声をかけてくる女性たちをあしらいながら、自分のことを待っているルキが、忠犬のように見えて放って置けないなとベルは覚悟を決めた。
「すみません、お待たせしました」
「いや、俺も今来たとこで」
明らかなルキの嘘に、ちょっと前から見てましたなんて言えないベルは、
「? どうしました?」
不自然に途切れてこちらをまじまじと見てくる濃紺の瞳に不思議そうに問いかける。
「いや、随分雰囲気が違うなって」
「ふふ、出掛けにお義姉様とハルにいじられまして」
「……可愛い、と……思う」
ふいっと視線を外して、ぼそっとそう言ったルキにこんな目立つ人に言われてもとベルは苦笑する。
着飾ればそれなりに見れるだろうが、ベルは自分の容姿が人並みであることを自覚している。
今日自分が可愛いのだとすればそれは間違いなくドレスとメイクの力だ。
「あはは、ありがとうございます。義姉と弟のセンスがいいもので」
さらっと流したベルに、手を差し出したルキは、
「まだ時間があるから、お茶でもしようか」
そう言って当たり前のようにエスコートした。
「……ここって」
連れて来られたのは、上流階級のお嬢様方が沢山いらっしゃる可愛いらしいカフェだった。
カップルもいるが、圧倒的に男性は少ない。
その上個室ではないため貴族において彼を知らない者はいないというくらい有名人のルキと一緒にいれば否応なく女子達からの視線が痛い。
「なんでここを選んだんですか?」
普段のルキなら絶対足を運ばないであろうその店。
ベルとしては好みではあるができればルキではなくシルヴィアと来たい店である。
「最近話題の店らしい。シルのオススメ」
ケーキが一押しなんだと外のためか表情が固いルキがメニュー表に視線を落としながらそう言った。
「あのルキ様。メニュー表に値段書いてないんですけど」
どのメニューにも値段が書いておらず、周りは上流階級の子女ばかり。場違い感半端ないと思いながら、ベルは小声でルキにつぶやく。
「何か問題でも?」
そんなベルの訴えに、そもそも今までの人生で値段と言うものを見て何かを購入したことがないルキは、心底不思議そうにベルに問い返す。
「…………手持ち足らなかったら借りても良いですか? 流石に想定してなくて」
そんなルキにこっそりため息をついたベルは、いつもより多めに入れた財布の中身を思い出しながら申し訳なさそうにルキに頼む。
お屋敷に帰ったら即座に返しますので、と言ったベルを、
「ベル。そんなの気にしなくていいから、好きなの頼めばいいだろ。誕生日なんだし」
ますます不思議そうな顔をして濃紺の瞳はベルを見返した。
「そんなわけにはいかないですよ。プレゼントには観劇のチケットもらってるし」
「別に俺が払うんだから、気にする必要ないだろ」
ルキは男女が出かければ当然支払いは男が持つものだと思っていたし、今までの人生で連れ立った女性から懐事情を心配された事もない。
善意100%で好きなのどうぞというルキを見て、そりゃあまぁ、この人にとっては微々たる額でしょうけどとルキにこっそりため息をついたベルは、
「だ・か・ら! 人に奢ってもらったら素直に好きなもの頼めないでしょって言ってるの」
とそもそも生きている常識軸が違う相手に遠回しに言っても伝わらないと判断し、ストレートに物申した。
「…………? そういうもの、か?」
はっきりベルにそう言われ、彼女が本気で奢られる事を良しとしていない事を知る。
「そういうものです。なので、自分の分は自分で払います。会計は別で」
そう言ったベルはミルクティーを1杯頼んだだけだった。
「……じゃあ俺は俺で好きなもの頼むよ」
ああ、そうだったとルキは今更ながら自分の目の前に座るベル・ストラル伯爵令嬢についての考察が追いつく。
彼女は自分が大好きで尊敬しているというマダム・リリスのドレスでさえも理由がないと素直に受け取らない相手だ。
「そうしてください」
そっけなくそう言ったベルは、化粧直しに行ってきますと言い残し席を立った。
短時間しか中座していなかったはずなのに、ベルが戻って来た時にはすでにテーブルにオーダーしたものが並んでいた。
ベルはミルクティーしか頼んでいない。
だが、テーブルに置かれたそれはルキが1人で食べるには明らかに量が多い。
「……えーと、ルキ様は一体何を頼んだんでしょうか?」
「ブレンドコーヒーと季節のフルーツタルト、あとフォンダンショコラバニラアイスクリーム添え」
言われるまでもなくそれは見れば分かるのだが、両方ベルの好物だ。
「両方俺の分だよ。ベルの好物をベルに見せつけながら食べようと思って」
ベルが口を開く前にイタズラでもするかのように笑ってルキはそう宣言する。
「……どうぞ、ご自由に」
ベルはそう言って自分のミルクティーに口をつける。
それを見て自分のコーヒーに口をつけたルキは、
「けど、まぁ。困ったなぁ、実はこの後ディナーも予約してあって、2つも食べたら入らないかも」
とわざとらしくそう言った。
「はい? ディナーって、観劇見たらお屋敷に帰るんじゃ」
聞いてませんけど、と眉根を寄せて断ろうとするベルを遮って、
「そう、テーブルマナーの練習も兼ねてベルを連れて行こうと思って、予約したんだけど。ベルが行かないって言うならキャンセルだな。キャンセル料100%かかる上に、料理も無駄になっちゃうなぁー」
食べ物粗末にする人は嫌いだって言ってなかったっけ? とにこにこにこにこと笑顔を浮かべる。
ルキの笑顔に当てられた女の子達のざわめきを聞きながら、
「…………ふ、ははっ、ルキ様演技ダイコン過ぎる」
ベルはつられるように笑う。
ルキがベルが気にしなくていいようにと心配りをしてくれたのに、これ以上食い下がるのは野暮というものだろうとベルは置かれた取り皿を手に取る。
「ケーキ半分もらっていいですか? ディナーも行きます」
でも、少しくらいは払わせてと言ったベルに、
「実はもう支払い済みなんだ」
と濃紺の瞳が答えた。
普段のルキとの違いに驚いて、ベルはアクアマリンの瞳をパチパチと瞬かせる。
そんなベルの事を眺めながら、コーヒーをゆっくり飲んだルキは、
「じゃあ今度、ベルのオススメの店でコーヒー奢ってよ」
とそう告げた。
「私のお気に入り……は、こんな高級店じゃないですよ? どっちかっていうとこじんまりした庶民的なお店で」
ルキには合わないのではと目を伏せたベルに、
「いいよ。行ってみたい」
ベルのオススメなら美味しいと思うしとルキは笑う。
そんな回答を寄越すルキに、ベルはただただ驚く。
この人は仕事以外でこんなにスマートに女性と付き合えるタイプだったろうかと考えて、ああ、自分は対象外かとベルは納得する。
婚約破棄申請書も記載済みの期間限定で目の前からいなくなる相手だから、ルキはきっと安心して付き合えるのだろう。
「じゃあ、今度奢ってあげます。店長の淹れるオリジナルブレンドがすっごく美味しくって、良い香りなんですよ」
徹夜明けとかすごくオススメとベルはお気に入りの店を紹介する。
そこは学生の頃から出入りしている超庶民的な馴染みの店だ。
「へぇ、それはとても楽しみだ」
「店長もすっごくかっこいいんですよ。私店長が目の前でコーヒー淹れてくれるの見るのが好きでいつもカウンターに座るの」
「……へぇ、店長かっこいいんだ」
ベルが楽しそうに口にする内容を静かに聞いていたルキは、ベルが店長がかっこいいと言った瞬間気持ちがざわついた。
この感情には覚えがある。アレは確かハルがベルの弟だと知らなかった時に、ベルが愛おしそうにハルの名前を口にした時に感じたのだ。
「……どんな人なの?」
ベルがかっこいいと思う相手の事を聞きたいような聞きたくないような自分でもよくわからない感情のまま、ルキはそう口にしていた。
「コーヒーがすごく好きで、お店持つためにガムシャラに頑張って色んな店渡り歩いたんだって言ってました。店長美人さんなんで店長目当ての男性のお客さんも多くて」
そんなルキの心情に気づくはずもないベルは聞かれるまま店長について話す。
「ん? 店長女性なの?」
「女の人ですよ?」
訝しげに聞き返したルキを見返したベルは、
「既婚者ですから安心してください。店長旦那さん一筋だから」
ルキ様自意識過剰、全員が全員ルキ様に好意を持つわけないでしょと揶揄うようにそう言った。
「いや、かっこいいって言ったから」
てっきり男だと思ったと言えずルキは言葉を濁す。
「え? だってカッコいいじゃないですか! 美味しいコーヒーを1人でも多くの人に飲んで欲しいって自分で店構えて、経営して成功してるし」
好きなことして生きていけるってすごいことですよ? とベルは店長かっこいいと憧れの眼差しを向ける。
「私も、そんな風になりたいな」
ぽつりとつぶやくベルは自分の夢に想いを馳せる。まだまだ足りない事だらけだが、いつかはキチンと形にしたい。
そんなベルを見ながら、
「ベルだって、十分かっこいいよ」
と、ルキは思わず見惚れそうになるくらい優しい笑顔を浮かべてそう言った。
「へ?」
呆気に取られるベルに、
「それに努力家だ」
ルキはそう評する。
「…………えっと、その……ありがとう、ございます」
ルキに面と向かって真っ直ぐそんな事を言われるなんて思っていなかったベルは、屋敷とは違うルキになんだか照れてしまい、髪を耳にかけ視線を外して小さく礼を述べた。
普段自分のことをやたらと揶揄ってくるベルが照れたような顔をして視線を外し、耳や首筋を紅く染めているのを認めたルキは、
(あと、たまにすごく可愛い)
と、言葉にせずに心の中でつぶやいた。
なんか、今日のルキ様は変だとベルは思う。女嫌いというか、女性不信気味なくせにエスコートは完璧で当たり前に手を取るし、扱いは紳士的で普段とはまるで違う。
まるで、本当にデートみたいだなんて思ったベルはいつもみたいに揶揄う事ができなくて、不覚にもときめきそうになったので、通常運転のルキを思い出し平静を取り戻した。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!
ぜひよろしくお願いします!




