その7、伯爵令嬢と本採用。(4)
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「あ……れ? ここどこ?」
目が覚めて視界に入った天井は、自宅のものではなくて、見覚えのある内装にベルは首を傾げる。
「目、覚めたな」
静かに部屋に入ってきたルキは、おはようと言って当たり前のようにベルの額に手をやった。
「よし、熱はなし」
「あれ? ルキ様? なんで?」
どういう状況? と疑問符だらけのベルに、
「過労による風邪です」
と淡々と言ったルキは、
「普段、ヒトにアレだけ偉そうなことを言っておいて、体調管理一つできないなんて情けないなーベル?」
ニヤニヤっとそう笑った。
「ーー〜〜っ、その勝ち誇った顔が非常に腹立つんですけど」
ハルの仕業ね、と察したベルはため息をついたあと、喧嘩なら買うけどとぶっきらぼうに言い返す。
自分を見返してくるアクアマリンの瞳がいつものように勝ち気な色をしていて、ルキはほっとすると同時に表情が緩んだ。
「寝起きでそれだけ悪態つけるなら大丈夫だな」
と言って、ルキはベルの手に彼女の事業計画書を返す。
ルキはあのあとあの部屋に散乱していたベルの事業計画書を拾い集め、全部に目を通した。それは思いつきや金持ちの道楽などでは決してなく、自分の使える時間を全部注ぎ込んだ絶対にこれをやり遂げるという執念にも似た努力を形にしたものだった。
この華奢な体のどこにそれだけの熱意が詰まっているのだろうと思うほどに。
「ベル、君のしたい事を止める気はないが、無茶はしないで欲しい」
それと同時に部屋中に広げられた専門書の山と試行錯誤の痕跡から、少しでも早く形にしなくてはと焦るベルの様子が見てとれた。
「君は期間限定とは言え、俺の婚約者なんだから」
婚約者、と口にしてルキは自分でその言葉の意味のなさに笑う。
本当に自分は、ベル・ストラルという彼女の事をほとんど知らないのだ、と。
だけど、それでも今回分かった事もある。
「で、一人は寂しいって? 意外と甘えただな〜」
ベルは、きっと甘えるのが下手なのだ。彼女は妹であると同時に"姉"なのだから。
「なっ……」
ニヤニヤ笑うルキから揶揄われ、言葉を失くしたベルに、
「あー抵抗するベル連れ帰るのすっごく骨が折れたなぁ。あとなんていってたっけ?」
とわざとらしい口調でルキは口撃を続ける。
「…………あなたに借りをつくると後々面倒くさそうです。ご要望があるなら可能な限り聞きますから言ってください」
拗ねたようにそっぽを向いたベルの耳が紅くなっていて、ルキはクスッと笑う。
「契約事項に2つ追加を。契約期間中はここに住む事。で、まぁ俺の苦手克服に付き合って」
「はい?」
提示された条件に理解ができず、ベルは疑問符を掲げる。
「俺が抱えてる困り事、全部解決してくれるんでしょ?」
と、商談もといお見合いの時のベルの言葉を引用し、ルキはそう依頼する。
「なにせ、俺は食わず嫌いらしくって。その上君が出て行ってからシルヴィアが荒れちゃってね。大変なんだ」
さて困ったとわざとらしく肩を竦めるルキに、
「…………仕方ない、ですね」
とため息をついたベルは、不承不承に条件追加を承諾した。
数日後。
「というわけで、全快です。お世話かけました」
にこやかに笑ったベルが、珍しくルキの部屋を突撃する。
本日はメイド服は着ておらず、かと言って貴族の正しいご令嬢と呼ぶには幾分か着崩した動きやすい服装で、服に合わせて化粧もしっかり施し、髪は簪で器用にまとめており白いうなじが見えている。
「それはいいんだけど、コレ何?」
じゃ、とりあえずティータイムとしましょうか? と勝手にテーブルにセッティングを始めたベルに問いかけると、
「ルキ様野菜嫌い克服計画」
と、端的にそしてにこやかに答えが返ってきた。
「…………野菜、はほどほどで」
「いい大人が、トマトしか食べられないって、恥ずかしくありません? さぁ、9ヶ月でガツガツ苦手克服しましょうか?」
ふふふふっと黒い笑みを浮かべ、ベルはルキの前に素朴な外見のオレンジ色のケーキを差し出す。
「まぁ、まずはお菓子にしてみました」
ほら、婚約者がわざわざ手製の菓子持参ですよと早く食べろと急かす。
「……待って、これ何入ってるの?」
手作りに若干抵抗感のあるルキは今回は作ってるとこ見てないしと、見た事のない食べ物を前にたじろぐ。
「安心してください。あなたが過去もらったみたいに髪の毛だの爪だの入ってませんから」
「なんで知ってるの?」
「似た事例が家に2人ほどいるので」
とため息をついたベルは食べ物を粗末にする人が一番嫌いですと刺々しく言った。
なお躊躇うルキに、ほら大丈夫とルキの目の前で1口サイズに切ってフォークで刺し、生クリームを少し付けて口開けてと子どもみたいに食べさせようとする。
構図的には彼女が彼氏に手作り菓子を手ずから食べさせている図なのに、まるで色気がないなとルキはどうでもいい事を考えながら観念して口を開ける。
「あ、これは結構……美味しい、かも」
「ルキ様意外と庶民料理平気ですよね」
ちなみににんじんとかぼちゃでしたとケーキの材料を伝え、ベルはえらいえらいと小さな子どもにするようにルキの頭を撫でた。
「ルキ様って髪猫っ毛なんですね。ふふ、ふわふわで触り心地いいかも」
パーティーでのエスコートの時を除けば、手を伸ばして来る事などけしてなかったベルに触れられ、ルキは大人しくされるがままで微笑む。
ベルに触られるのは平気だと思うと同時にもう少し彼女に触れてみたいと思う自分自身の心境の変化に戸惑いながら、ルキはベルの淹れてくれた紅茶に手を伸ばしたのだった。
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