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その6、伯爵令嬢とやきもち。(2)

 休憩時間に一般的に、と前置きをして、ルキはレインに話し出した。


「なぁ、これは例えば、というか友人の話なんだけど。寝言……っていうか意識混濁してる時に付き合ってる相手とは別の男の名前を口にするって、どう言う事だと思う?」


「どう、ってそう言う事だろ」


「……具体的には?」


「浮気」


 レインにキッパリそう言われ、ルキはとても嫌そうな顔をする。

 ルキがその手の話を嫌うことを知っているレインは、


「けど、ベル嬢はそんなタイプには見えなかったけどな。なんか、時間の無駄とか言いそう」


 と言葉を続けた。


「……なんでベルの話になるんだよ」


「俺が把握してる限り、ルキに恋愛相談するような親しい友人はいない。っていうか、ルキに恋人紹介しようものなら破局しか待ってないのに、まともな人間ならそんな話ルキに持ってこないだろ」


 縁切りたい相手ならともかくと言い切るレインに、


「ひどい言われようだ」


 そういいつつ、身に覚えしかないルキは何人友人失ったかなとため息をついた。


「気になるなら、本人に聞いてみればいいんじゃない? ベル嬢はスパッと答えてくれそうな気がするけど」


 ベルの話と確定した上で話すレインに否定する気力の失せたルキは、


「……ベルに、嘘をつかれていたらと思うとなんとなく怖くてな」


 と本音を吐露した。


「……ルキ、お前超面倒臭いな」


「なんか最近総出で俺に対しての当たりがきついんだけど」


 その塩対応代表ともいえるのはベルなのだが、パーティー以降レインをはじめとした同僚の対応もつれない。


「そりゃあ、四六時中婚約者との惚気話聞かされたら当たりたくもなるだろうよ」


「はっ?」


 惚気、など身に覚えの全くない単語に素で返事をしたルキを見て、


「無自覚かよ。うわぁ、お前最近話す内容9割ベル嬢だからな? 俺無駄にベル嬢情報に詳しくなってるんだけど」


 とレインは呆れた口調でそう言った。


「…………そんなに、話してた……か?」


 はて、とルキは自分の言動を思い返してみる。確かにベルの話はしていたように思うが、やはり惚気た覚えなど全くない。

 そもそも彼女との関係はただの恋人ごっこでしかなく、人に惚気るようなエピソードも特に思いつかない。


「まぁ交際が順調なのはいい事だけどね。なんかこう、ルキって基本対人関係破壊魔コミュニティクラッシャーだし」


「それは、俺が悪いんだろうか?」


 本当にひどい言われようだとルキは眉根を寄せて不服を訴える。


「ルキが悪いんじゃないけどね。周りが勝手にルキを巡って愛憎劇繰り広げてるだけで」


 昔からそうだった。

 ルキに近づきたい令嬢がルキの周りにいる友人に近づきルキに迫ったり、友人が恋人や婚約者をルキに紹介し、ルキが社交辞令を述べただけで、相手の女はルキのストーカーと化す。

 おかげでまともな友好関係を築けているのはレインをはじめとした数人だけで、あとは全て仕事上だけの繋がりだ。


「だからさ、正直ベル嬢と婚約するって聞いたときは驚いたっていうより自暴自棄になったんじゃないかって心配だったんだけど」


「……自暴自棄だったわけでは」


 むしろ断ろうとしたところにベルに結婚には全く興味がないけど、契約婚約者はいかがかとプレゼンされて、今に至る。

 そして清々しいほどにベルに男として興味を持たれていない関係がルキとしては新鮮でしかたない。


「だって、ルキは政略結婚嫌いだろ? ストラル伯爵家との縁談なんて、誰がどう見ても政略結婚じゃないか」


「成金貴族が公爵家との縁欲しさに金積んだって奴か?」


 世間的にはストラル伯爵家とブルーノ公爵家の間に今まで繋がりなど一切なく、幾度となく婚約の話が立ち消えたルキがもうすぐ試用期間を終えて正式に婚約を結ぼうとしている。

 社交界にもほぼ出た事のないベルとの突然の婚約は様々な憶測を呼んでいるということは、ルキの耳にもいくつも入ってきていた。

 もちろん、ベルについての悪い話も。頼んでもいないのに、暇な人間たちがしたり顔でルキにベルについての根も歯もない噂や庶子であることについて囁いていくが、キリがない上にベル本人を見ているとどうでもいいと思える内容ばかりなので、最近のルキはその手の話を一切聞かない事にしていた。


「そっちじゃない方の噂」


 レインは一応耳には入れとけよと忠告し、


「ストラル伯爵、また侯爵位への陞爵(しょうしゃく)蹴ったらしいよ」


 と小声で囁いた。


「はぁ? そんな噂どこで」


「これは確かな筋の情報。ちなみに蹴ったのコレで3回目。責任と税金が増えるだけの身分なんていらんとさ」


 陞爵など普通なら名誉あることと貴族なら一もニもなく食いつく話だ。

 だが、あの変わり者の伯爵は今の陛下に代替わりしてから国の要請も余程でなければ応じない。


「ストラル伯爵家は一度没落寸前まで行ってる。でも、没落しそうになっても誰もあの家に手を差し伸べなかった。ストラル伯爵が自力で復興させたんだよ。誰も関わってないせいでどうやったのか、詳しくは知らないけど」


 多くの謎と憶測の飛び交うそれについて、ストラル伯爵は一切の沈黙を保っており、暴こうとしようものなら、何故か不可解な出来事に巻き込まれてしまうのだという。


「そんな一気に力を持った家、国に繋ぐ方法は爵位か婚姻だろ。反旗を翻されたら困るって思ってる人間は多いと思うよ。まぁ、あの伯爵は随分変わり者だし、そんな野心無さそうだけど」


 取引先としてはむしろかなり優良企業とレインは頷く。


「なら、別にそんなに警戒しなくても」


「野心がないのと、できる、できないは別の話だろ」



「全然、結び付かないな」


 ベルが語る兄の姿とレインの話すストラル伯爵の像が一致せず、ルキは首を傾げる。

 そして、改めて思う。


「俺は、ベルの事全然知らないな」


 彼女について知っている事なんて、出会ってからの3ヶ月分の情報しかなく、本当に何も知らないのだなと思う。


『だって、あなた私に興味ないでしょ?』


 ベルはそう言って明確に線を引く。では興味を持ったなら知りたい、と思ってもいいのだろうか?

 そんな事を考えていたルキに、


「あ、そうだ。俺、今日学園に次年度の採用試験の案内持って行くつもりだったんだけど。ルキに譲るわ」


 とレインが名案を思いついたかのようにポンと仕事を投げてきた。


「はぁ? そういうのは人事の役目だろ? なんでお前が? でもって、なんでそんな面倒を俺に譲るんだ?」


 意図が理解できず、訝しむルキに、


「いやぁーベル嬢が在校生相手に演説するって聞いたから。拝聴したいなって♪」


 人事の女の子に人気のパティシエの菓子折り持って行ったら快く譲ってくれたよとポスターをヒラヒラさせる。


「でも、まぁルキが行かないならやっぱり俺午後から」


「俺、今日直帰にするから」


 今日だったのか、とベルの話を思い出し、差し出された試験案内の封筒を受け取るとルキは足早に部屋から出ていく。

 レインはそんなルキの背中をみながら、


「変わり身早っ。ハイハイ、仲良くね〜」


 と微笑ましそうに見送った。

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