その5、伯爵令嬢とパーティー。(4)
パーティー会場に入ってからずっとルキに付き纏う要注意人物がいた。
彼女の名前は、カロリーナ・ケインズ。仕事上のルキの上司、ケインズ侯爵の一人娘なのだという。
カロリーナは以前パーティーで氷の貴公子と呼ばれるルキが父親と話しているのを見た瞬間から、雷に打たれたような衝撃を受けて以来、ルキが自身と結ばれるべき運命の相手と信じて疑わなかった。
当然、父親を通してルキと縁組できるように公爵家に打診もしているし、パーティーや夜会などルキに会えるチャンスがあれば積極的に彼の側に行き、アピールを行ってきた。
だというのに、本日ルキは婚約者としてベルという女をパートナーとして連れてきた。ショックを受けると同時にこの程度の女など敵ではない、むしろルキと自分が結ばれるための当て馬だとベルの事を認識し、今日も今日とてガンガンルキに近づいているのだった。
「ルキ様、私と一曲踊っていただけませんか?」
カロリーナは艶のある声で、優雅にルキにアピールする。
「見て分からないか? 婚約者と来ているんだ。彼女と以外踊らない」
だが、ルキは一切取り合わずバッサリ切り捨ててベルの肩を抱くと、わずかに表情を崩してベルに笑いかけ、
「ベル、あっちで踊ろうか?」
と、ベルをダンスに誘ってカロリーナから逃げる。
「カロリーナ様からめちゃくちゃ見られてますね。射殺されそうなくらいの眼力です。今日のこの短時間でルキ様への付き纏い行為5回目。なかなかの鋼の心臓の持ち主ですねぇ」
ダンスを踊りながら、ベルは苦笑しつつルキに小声で話しかける。
「……以前からだ。家格は下だが、上司が溺愛している一人娘でな。上司との関係もあって放置している。……それにしてもベル、ダンス上手いな」
「なるほど。上司からしてもルキ様と一人娘が結ばれてくれれば万々歳でしょうし。本当ですか? 実は公式的に踊るのデビュタント以来でして」
ふふ、うちには優秀な教師が3人いますから、と嬉しそうにベルは笑う。
「卒業パーティーとか機会あっただろ?」
「私の友達はみんな婚約者いましたし、卒業パーティーはここぞとばかりに人脈作りに勤しんでたので。ああ、そういえば家族以外と踊るのもはじめてですね」
ルキのリードは踊りやすく、失敗もせずに済みそうだ。チラッとカロリーナを目で確認したベルは、
「このままあっち側に抜けられそうです? ちょっと休憩しましょうか?」
関わらない方が無難かとカロリーナがいる方とは真逆の場所に逃げる事にした。
「ハイ、飲み物どうぞ。直接ボーイさんからもらったので大丈夫かと思いますが、一応毒味しましょうか?」
目を離すとすぐに令嬢に絡まれるルキをバルコニーに連れていったベルは、ルキの分の水を渡してそう尋ねる。
「いや、大丈夫だ」
「お酒は嗜まれないんですか?」
「まぁ酔うことはないと思うが、万が一でも付け入る隙を見せて女に絡まれたら嫌だからこういう場では飲まないようにしてる」
「……本当に難儀な生き方してますね。額に皺寄りっぱなしですよ」
クスッと笑ったベルは指をルキの方に伸ばし、額の皺を伸ばすかのように触る。
「大丈夫ですよ、ちょっとくらい羽目外しても。私が守ってあげますから」
レイン様にもルキ様のことよろしくされてしまいましたし、とベルは楽しそうにつぶやく。
「……今日は、随分楽ができている」
今日パーティー会場に着いてからを振り返り、ルキはそうもらす。
令嬢達に声をかけられても上手くベルが対応してくれたし、ベルが隣にいるおかげであからさまに迫られることもなかった。
「ふふ、マダムのドレスに感謝ですねー」
そうそうと言ってベルはルキに可愛いくラッピングされたチョコレートを渡す。
「スイーツもプチサイズで可愛いかったですよ。このチョコレートひとつずつ透明なフィルムで包んであってとってもオシャレに並んでました。甘いものでも食べて、残りの時間も乗り切りましょう?」
いつもとは違いそう気遣ってくれるベルに感謝しつつ、婚約者がいるのも悪くないかもしれないとルキはそう思った。
時間もあっと言う間に過ぎていき、少し化粧室に席を外していたベルが、バルコニーで夜風に当たって休憩しているはずのルキの元に戻ると、撒いたはずのカロリーナ嬢に詰め寄られているのが目に入った。
本当に息をするように絡まれるなとベルは呆れつつ、ルキから人寄せフェロモンでも抽出できたら大ヒット商品になるのではなんてことをチラッと考えた。
「ルキ様っ! 私、本気ですのよ。ずっと、ずっと。お慕いしていましたの」
カロリーナの鼻にかかったような甘ったるい声が聞こえ、ベルは現実に引き戻される。
「はぁ、仕方ないなぁ。助けてあげますか」
ドレスもらっちゃったしと肩を竦めてベルはルキ達の方へ歩いていった。
「俺には婚約者がいる」
「あんな地味で冴えない女、貴方様には相応しくないですわ。それに、アレは成金令嬢の上に私生児ではありませんか! 高貴なる血を引く」
「ルキ様、そこで何をなさっているのです?」
コツコツコツコツとわざとヒールの音を立てて存在をアピールしたベルはそう言って声をかける。
「あなたは確か本日ルキ様にずっと付き纏い行為を行っていましたね」
ベルはどこからともなく小さなペンを取り出すと、
「よろけてぶつかり抱きつこうとした回数1回、本人の了承も取らず腕を組んだ回数1回、私にワインをかけようとした回数2回、私への侮辱的発言2回、婚約者がいるルキ様への詰め寄り行為全て証拠は押さえております」
コレ、音声と映像記録できるんですとペンを軽く振ってみせたベルは、
「ルキ様が目を瞑ってくださっている間に立ち去ってはどうです?」
これ以上は家同士の問題に発展しますよ? とベルはカロリーナに忠告する。
「なっ! 隠し撮りなどはしたない」
「そう言われましても、自衛のためには証拠を押さえるのも大事ですしねぇ。ヒトの婚約者に詰め寄る方がよほどはしたない、かと?」
コツコツコツコツと近づいたベルはルキとカロリーナの間に入ってルキを後方の暗がりの方に下がらせる。
「ルキ様、ちょっと黙ってじっとしててくださいね?」
ベルは耳元でそう囁くと、ルキにカロリーナに背を向けさせ、背伸びをしてキスをする。
「…………っな」
いきなりの出来事にあっけに取られたカロリーナはわなわなと肩を震わせ。
「な、な、なに……して」
「しぃー。見てわかりません? 今、良いとこなのに」
ルキの首に腕を回して抱きしめたベルは、妖艶に笑ってそう告げる。
「は、はしたない」
「言ってもご理解いただけないようなので、お見せしたまでです。見ての通り、この人私のモノなので。お引き取りいただけます?」
「………っ」
ニコッと小首を傾げてそう言ったベルの勝ち誇った顔を見て、顔を真っ赤にさせたカロリーナはパタパタパタっと足音を立てて去って行った。
「行きましたね。あの手のタイプは一回ガツンとやっといた方がいいので、もう大丈夫かと」
来るとしても今後は私の方に来ると思いますので、とルキを解放したベルは淡々とそう告げる。
「…………ベル、身体張りすぎだ」
ルキは口を手で覆い視線を逸らしてそう言った。
「そんなファーストキス奪われた乙女のように恥じらわなくても。別に本当にしたわけでもないのに」
ベルはチョコレートを包んでいた透明フィルムをペラペラと見せる。
「フィルムした上にちゃんと寸止めしたじゃないですかー。ほら言ったでしょ? ルキ様の貞操は私が守りますって」
「…………あーハイハイ。君は手慣れてるんだな」
ぷいっと拗ねたようにそっぽを向いたルキに、
「失礼な。耳年増なだけですー」
せっかく助けてあげたのに、何を怒っているんですかとベルは呆れた口調でため息をついた。
「は? 信じられるか。手慣れすぎた」
「別に信じる信じないはルキ様の勝手ですけど、単純に似た事例が身近にいるから見慣れているだけなんですけどね」
「?」
ベルの言っていることが分からず、疑問符を浮かべたルキに、
「ふふ、うちのお義姉様、兄の事が好きすぎて。全方位あの手この手で近づいてくる女性を撃退するので。いやぁーもう、妹の私ですらたまに目のやり場に困りますねぇ」
義姉の真似しただけですとベルは笑ってそう言った。
「私こう見えてもファーストキス未経験どころか男女交際の経験なしですよ。だから贈り物もらったのも、パーティーでエスコートされたのもこれが初めてですよ」
信じる信じないはルキ様次第ですけどと苦笑したベルは、
「まぁ、私の経歴なんて、あなたには関係ない話ですね」
そう付け足した。
「……関係あるだろ、仮にも婚約者なんだから」
初めて、とベルが言ったことになんでこんなに嬉しくなるのかと自身の早くなった心音を聞きながら、機嫌が直っている自分にルキは驚く。
「さて、ストーカーの撃退もしましたし、会場にもどりましょうか、王子様?」
そんなルキの心情なんて知りもしないベルは、そう言って会場入りした時のようにルキに手を伸ばした。
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