その4、伯爵令嬢とお仕事。(3)
「へぇ、ルキが同伴ありなんて珍しい」
そう言えば婚約したんだっけ? とルキのパーティー出席の届けを受けて、ルキの同僚で友人でもある、レイン・モリンズが物珍しげにそう言った。
「夜会に連れて行くようになる前に慣れた方がいいかと思ってな」
特に問題なければ、試用期間を終えて本契約になる。
ルキとしては不本意ながら今のところ恋人ごっこは続けるつもりなので、このパーティーを機にベルとの婚約が広く知られる事になるだろう。
「へぇ、これはパーティーが楽しみだな。ベル嬢ってどんな感じの子?」
「……見た目と中身のギャップがありすぎる。その上暴言が酷い」
黙っていれば可愛い方だと思うのに、見た目とは裏腹に中身は肝が座り過ぎている。
今までの人生で言われた事がない数々の暴言を思い出し、ルキはベルにやられっぱなしの戦況に悔しそうに拳を握る。
だいたい、全人類バニー好きってなんだよとあれからまともにベルの顔が見られないルキは、ため息をつく。
「なぁ、変なこと聞いていいか? お前バニー好き?」
「嫌いな男いるのか?」
即答で返ってきた返事にベルのドヤ顔が浮かんで、なんでほんとにこうなったとルキは頭を抱えて深いため息をついた。
「なんでそんな子と婚約したんだよ」
そんな悲惨感漂うルキに一体何があったんだとレインは心配そうにそう言うが、
「のっぴきならない事情があって」
詳細を語るのは流石に憚られたので、そう言ってお茶を濁した。
「まぁ、さすが変わり者と名高いストラル伯爵の妹だな。けど、才女だろ? 王立学園を特待生主席で卒業してるし」
詳しく話してくれないルキに、レインは自分の知っているベルの情報を口にする。
「はっ?」
特待生主席?
初耳だと驚くルキは、
「ていうか、なんでレインがそんなことを知ってるんだよ」
そもそもの疑問を口にする。
「むしろ、なんでルキが知らないんだよ」
レインは婚約者に興味持てよと苦笑して、
「一昨年、大分話題になったじゃないか。外交省の採用試験、トップの成績で通過したにも関わらず、不合格。のち、やはり勿体ないって繰り上げ採用って形で内定出したのに、秒で蹴った変わり者。彼女がここに勤めてたら、去年の新人教育もっと楽だったんじゃないか?」
覚えてないのかと尋ねた。
「……覚えてない」
「ルキは女が絡む揉め事、本当に嫌いだもんな」
今までルキが散々な目に遭ってきたのを知っているレインは、無理もないかと肩を竦める。
「あーじゃコレは? お前が一昨年採用試験で出した問題」
レインは紙の上にペンを走らせ"矛盾"と記載する。
『矛盾、と言う言葉ができた逸話がある。"あなたの矛であなたの盾を貫いたらどうなるか?" 問:あなたなら、この後どうするか?』
これは、ルキが採用試験実施にあたり出した課題だ。
「もちろん覚えている。ほとんどの回答は自身の非を認めて詫びていたな」
それは様々な相手に"交渉"を行うことを生業とする外交省で、相手からの指摘によりピンチに陥ったときの反応を見るためのものだった。
「ああ、でも1人だけ面白い返しをした奴がいたっけ?」
『じゃあ、実際にやってみましょう!』
そんな書き出しから始まったその回答は、そこから"盾"と"矛"という2つの商品を売り込むための話題づくりを行う計画とそのために何をするかといったことをまとめたプレゼンだった。
『私なら、どんな商品でも売ってみせる』
そんな強気な態度が見てとれたが、ピンチもチャンスに変えてやると諦めない姿勢に好感が持てた。
「それ書いたのが、ベル・ストラル伯爵令嬢だよ。そのあとの模擬プレゼンも見事なものだった。もちろん、筆記試験も難なく突破。結果だけ見れば総合1位だったよ」
そう言ったレインの言葉にルキの目は驚きの色に染まる。
『あのまま就職してたら今頃次期公爵様の部下だったかも、しれませんね』
アレは、冗談じゃなかったのか。
「……なんで、ベルは一旦不合格になったんだ?」
そして、ルキの疑問はそこに行き着く。
「通知出す前に結果を知った某侯爵家から苦情が入ったんだよ。あんなスキャンダルまみれの伯爵家の人間、しかも先代伯爵の庶子なんて外交省に相応しくないって」
「なっ、そんなバカな」
「息子の出来が悪すぎて不合格だったからな。腹いせだろ」
「それ、まかり通ったのか? 外交省で?」
外交省は勤めているだけで、注目を浴びる。そのため毎年金を積んだり、コネで入れさせようとする輩がいるのは知っている。
だが、それらの不正は決して許していないはずだ。
「まぁ、外部特に諸外国の要人と接する事もあるからな。家柄重視って意見も確かにあるしな」
不正で入れる事はない。
だが、不当に落とす事はある。過去にも確かにそんな例があった。
「けど、最終的に陛下が採用試験の結果を見て、不合格をひっくり返したんだ。優秀な人間を取り立てない試験なんてやめてしまえってな」
「今の陛下は、公明正大だからな」
代替わりした今の国王は、積極的に実力主義を取っている。
「けど、たかが伯爵令嬢ひとりのために、陛下が動いたのか?」
「そこはまぁ謎なんだよねぇ。まぁ、侯爵家が問題有り過ぎて潰す機会狙ってたんじゃないか、っていうのが定説」
まぁ確かにと、ルキは納得する。
現国王のおかげで先代国王時代漫然と蔓延っていた貴族の皮を被った害獣が随分と整理され、不正摘発に伴い家紋の顔もここ数年でかなり代替わりを遂げている。
「ていうか、ルキ本当に知らないんだな。まぁ、お前潔癖だもんな。興味ない、か」
本当によくストラル伯爵令嬢と婚約したなとレインは不思議そうに口にする。
「不倫とか浮気とか愛憎劇とか生理的に受けつけないっていうか。そのドロドロの男女関係の果てに生まれた貴族の庶子なんて、視界にも入らないか」
ストラル伯爵令嬢が私生児なのは有名だもんなとレインは肩を竦める。
「ベルは、そんな風に扱われていい子じゃない!!」
私生児、という言葉が耳に入り、気づけばルキはそう叫んでいた。
「……なんでルキが怒るんだよ。お前、さっき散々文句言ってただろうが」
困惑気味にレインはルキの方を見る。
『あなた、嫌いでしょ? 半分庶民の血の入っている貴族の庶子なんて』
見合いの日にベルに言われた言葉を思い出し、ルキは額を押さえる。
「ははっ、全くだ。俺に腹を立てる権利なんて……」
ああ、最低なのは俺の方だ。
ベルの言葉を理解して、苦くて重いものでも飲まされたかのような気分になった。
部屋に重い沈黙が流れたところで、
「休憩中に失礼いたします。ブルーノ秘書官にブルーノ公爵家からのお届け物をお預かりしたのでお持ちしました」
と、受付の女性がやってきた。
「私にか? 一体誰から」
受け取った封筒には『お兄様、ごめんなさい』と見慣れたシルヴィアの筆跡でメモが貼り付けてあった。
「……シル、また人の物にイタズラして。まぁ、確かにこれがないと困るが、わざわざ使用人に届けさせなくてもよかったのに」
最近めっきり癇癪がなくなり、元の可愛い妹に戻ったシルヴィアとの関係が良好なのは、ベルのおかげだよなとルキの表情が緩む。
そんなルキの顔に見惚れながら、受付嬢は、
「公爵家の使用人ってすごく所作がきれいなんですね。素敵なメイドさんで、思わず見惚れちゃいました」
とブルーノ公爵家使用人を褒める。
「……所作のきれいなメイド? 君っ」
「は、はいっ///」
ルキに詰め寄られ、受付嬢は顔を赤らめ返事をする。
「そのメイド、いつ届けにきた? で、どっちに行った」
「えっと、10分程前に、門に向かって歩いて行かれました」
「そうか。礼を言う」
「あ、あの! 秘書官、今度のパーティーのパートナーよければ///」
何とかルキと関係を持ちたい受付嬢は、潤んだ瞳でルキに話かけるが、
「間に合っている」
ルキはバッサリ断って、足早に執務室を後にした。
「はぁ、今日も取りつく島もないくらい、クールだわ。素敵」
ルキの背中を見ながら受付嬢は熱い視線を送る。
そんなやりとりを外野からみていたレインは、
「なんだ、完全に落ちてるじゃん」
微笑ましそうに小さく笑った。
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