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その4、伯爵令嬢とお仕事。(2)

 休日出勤の振替でその日は朝から公爵家のメイドをしていたベルの元に、


「ベル、大変だわっ。お兄様、今日の会議で使う資料お忘れになったみたい」


 パタパタパタっと軽快な足音を立ててシルヴィアがやって来た。


「えぇーいい大人が会議資料忘れるとかダメダメ過ぎません?」


 そう言うベルに、


「お兄様の事だからきっと資料なんてなくってもどうにかしちゃうんだけど、ベルが届けてあげたらきっと喜ぶわ」


 だからお願いっとシルヴィアは資料の入った封筒をベルに差し出す。


「……いや、シル様が行かれた方が喜ぶと思いますけど」


「でも、ベルはお兄様の婚約者でしょう?」 


「認めないんじゃなかったんですか?」


「み、認めたわけじゃないわ。もちろん、私はこの婚約に反対ですよーだ。ですけど、ベルは私のお友達ですし、少しくらいなら協力して差し上げてもいいかなぁーって思っただけで」


 ダメ? と両手を組み合わせて小首を傾げるポーズをとるシルヴィアを見たベルは口元を押さえてぐっと親指を立て、


「採用で」


 可愛いが過ぎると悶えながらそういった。


「んー仕方ないですね。今回はシル様の顔を立ててお届けしてきます。でも、もう資料抜いちゃダメですよ?」


 信用問題になりますから。

 ベルにそう言われてシルヴィアの背中がピクッと動く。ベルにはわざとやったとお見通しらしい。


「じゃ、昼休憩までに届くように行ってきます」


 そう言って早速出ていこうとするベルを、


「ねぇ、ベル。そのまま行くの?」


 それはうちのメイド服よ? とシルヴィアは引き留める。


「ええ、その方が都合がいいですし」


 おそらくベルが単身でアポもなく私服でいけば届ける前に門前払いだ。ただでさえ彼にはストーカーが多いのだから。


「でも、それじゃ、お届けした後デートできないじゃない」


 そんな事情など知らないシルヴィアは、せっかくなら着飾って行った方がとごねる。そんなシルヴィアのプラチナブロンズの髪を優しく撫でたベルは、


「シル様、今次期公爵様はお仕事中です。恐らくお姿を見かけることすら難しいかと」


 と、今後のためにも端的に事実を告げた。


「えっ!? そうなの?」


「次期公爵様は"お仕事"は、本当にお出来になる方ですからね」


 普段がちょっとアレですけどと、先日のやりとりを思い出しベルは苦笑する。


「……ベル、お仕事中のお兄様の事知ってるの?」


「私、これでも営業成績トップクラスですよ? さっすがにマーケティング(見合い相手の調査)もせずに商品(わたし)の売り込みなんて無謀な事はいたしません」


 ふふ、とドヤ顔で笑ったあと、


「それに、一度だけ学生の頃にお仕事されているところを拝見した事がありますしね」


 とても懐かしそうにそう言った。


「お兄様はベルのこと全く知らなかったみたいだけど?」


「それはそうでしょう。名門公爵家の令息など、私にとっては天の上のヒトですよ」


 |こんな特殊な案件が発生しなければ《爵位継承をかけた強制お見合いイベント》、本来なら一生関わる事のない相手だ。


「氷の貴公子(笑)次期公爵様が氷だなんて、みんな見る目がないですねぇ。あんなに分かりやすく表情かわるのに」


 バニーくらいで動じるなんて可愛いですねと先日のルキの様子を思い出し、揶揄うようにそう言ったベルは、


「じゃ、お届けに行ってきますね」


 時計に視線を落として、足早に屋敷を後にした。

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