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その1、伯爵令嬢とお見合い。

 ベル・ストラル伯爵令嬢は出された紅茶を優雅に飲みながら、目の前に座る本日の商談相手、もといお見合い相手であるルキ・ブルーノ次期公爵を透き通ったアクアマリンのような瞳でじっと見つめて彼を観察する。

 さすが氷の貴公子と名高いだけはある。凛とした姿勢や所作のひとつひとつが洗練されており、女性達が騒ぐのも納得の美丈夫だ。


(ま、うちのお兄様の方がかっこいいですけど)


 若干過保護な兄の顔を思い浮かべ、ベルは微笑む。

 そんなベルの微笑みをどう受け取ったのか、ベルから視線を逸らした次期公爵は、


「ベル・ストラル伯爵令嬢。来て頂いて申し訳ないが、私はあなたと結婚する気がない」


 と、申し訳なさそうに、だがはっきりとそう述べた。

 そんな次期公爵を見たベルはふっと表情を和らげて音もなくカップを置くと、


「ですよねー! 奇遇ですね、次期公爵様。私も結婚する気毛頭ないです」


 ぐっと親指を立て、知ってたとベルは満面の笑顔を浮かべて笑う。

 こんな返しが返ってくるなんてまったく予想していなかったのか、次期公爵からは『は? じゃあお前何しに来たんだよ』と言わんばかりの訝しげな視線が返ってきた。

 そんな視線を真っ向から受け止めたベルは、


「私も結婚する気はさらさらないし、次期公爵夫人の座も全く興味ないんですけど、今日は次期公爵様に売り込みというか商談に来ました〜」


 と本日の用件を切り込む。


「は? 商談?」


 イエス、商談! と言い切ったベルは、


「次期公爵様は現在結婚も婚約もしたくない。だけど、今とーってもお困りだって事を小耳に挟みましたので」


 たったかたーっと効果音をつけて本日のプレゼン用に作成した資料を次期公爵の前に広げる。


「商品は私、ベル・ストラル、19歳。契約内容は婚約者のフリ。契約期間は試用期間3ヶ月を含めた1年。契約更新予定はありません。なので契約満了後は速やかに婚約破棄願います」


 手短に商品説明を行ったベルは、


「その期間で次期公爵様のお困り事、私が全て解決して見せます」


 ドヤ顔でプランを提示した。


「婚約者のフリ……だと?」


 しかも実際に婚約もするという。

 驚く次期公爵に、ベルは言葉を紡ぐ。


「あなた、嫌いでしょ? 半分庶民の血の入っている貴族の庶子なんて」


 ベルの指摘に次期公爵は息を呑む。

 どうせ調べてあるんでしょ? とばかりにベルは微笑む。


「だけど、困りましたねぇ。社交界で話題の注目株、引く手数多の次期公爵様がこのままだと爵位を継げないなんて、一体誰が思うでしょう?」


 ふふっと楽しそうな口調でそう言ったベルに、形の良い眉が不快そうに寄る。

 だが、別に次期公爵夫人の座に興味ないどころか結婚そのものに興味がない、なんなら次期公爵自体にも興味がないので、ベルは次期公爵の態度も特に気にならない。

 だけど、とベルは思う。


「普通、ありえませんよね。私みたいな成金貴族と呼ばれている伯爵家の令嬢に、あなたみたいな生粋の上流階級である公爵令息との縁談なんて」


 ベルは困ったような顔をして、申し訳なさそうにそう言った。これでも巻き込まれた次期公爵に同情はしているのだ。


「ブルーノ前公爵様、並びに現公爵様が兄を……ストラル伯爵をあれほどまでに気に入らなければ、あなたにこんな無理な話を、つまり爵位継承の条件に私との婚約だなんて話を押し付けることもなかったと思います。その点についてはお詫び申し上げます」


 ベルは申し訳なさそうに微笑んで、そして深々と頭を下げた。


「君が謝ることは何もないだろう」


「ふふ、次期公爵様はお優しいですね。でも、コレ完全に巻き込み事故ですから。怒ってもいいですよ? ウチの兄に」


 ベルだってはじめはまったく気乗りせず断る口実を考えて頭を悩ます兄の顔を立ててしかたなーく1回会ってダメでしたという体をとるつもりだったのだ。

 本来ならお目にかかる事もない天の上の人との結婚なんて冗談じゃない、と。


「ウチの兄は、ちょっとばかり特殊な体質の持ち主でして。その上ヒトよりかなりお人好しなのです」


 ベルは話ながら紅茶を口にする。

 この紅茶は少し冷めても変わらず美味しくて、ベルは思わず顔を綻ばせる。仕入れの会議の際に『絶対こっちです』と主張した、お義姉様の得意げな金色の瞳を思い出し、ベルはくすっと笑う。

 

「兄は昔から、困っていれば犬でも猫でも妹でも弟でも従業員でも嫁でも拾ってくる人でしたが、まさか拾った相手が行方不明になっていた前公爵様だったとは夢にも思いませんでした」


 所作がとても綺麗なおじいちゃんだとは思っていた。だが、一時はうちで暮らしていて、幼い頃によく遊んでくれていた、昔馴染みのお得意先のおじいちゃんがまさかブルーノ前公爵だなんて思いもしなかった。


『ベルちゃん大きくなったらウチの孫のお嫁においで』


 なんて、ご近所さんの冗談レベルの話がこんな大事になるだなんて、誰が予想しただろう。相変わらずの兄の引きの強さにベルは失笑するしかない。


「責任の一端はウチにもあります。なので、私の時間を一年、次期公爵様に差し上げます。それだけあれば、あなたなら継承条件を整えられるでしょう。ついでに他の厄介ごとも払ってあげます」


 ベルは少しだけ申し訳なさそうにそう口にして、紅茶を全て飲み干したあと、書類を2枚差し出す。

 1枚は婚約申請書。もう1枚は婚約破棄申請書。どちらもベルの書くべき欄は記載済みだ。


「……こんな事をして、君に一体なんのメリットが?」


 この子は本気で婚約し、そして破棄しようとしていると悟った次期公爵は信じられないものでも見るようにベルを見る。


「貴族令嬢にとって婚約破棄は醜聞でしかない。私と婚約破棄したら、君はコレから先傷物令嬢なんて呼ばれる羽目になるんだぞ?」


 ましてや公爵家と破談などこれから先、まともな縁談が望めなくなる。

 正気か? とサファイアのような濃紺の綺麗な瞳が問いかけてくる。

 そんな彼にベルは肩を竦め、


「あのぉー次期公爵様? そもそも論なんですけど、何で結婚が女性の幸せだなんて決めつけてるんです?」


 アクアマリンのような瞳をきょとんとさせて問いを問いで返した。

 そんなベルに視線で疑問符を送る次期公爵に、


「私、結婚するより、自力で稼ぎたいんです!」


 とベルはぐっと拳を握りしめ、


「公爵家と破談なんて、コイツヤベェ。お察しってなって結婚から縁遠くなるでしょうね、でもその分全力で仕事に取り組める。控えめに言って最の高ですねー」


 全力でそう主張した。

 とても嘘を言っているようには見えないが、それは貴族令嬢としていかがなものかと次期公爵は思わずにはいられない。

 そんな次期公爵に構うことなくベルは話を続ける。


「別にこれは次期公爵様だけにメリットのある慈善事業ではないのです。私も個人的にビジネスチャンスかなって思っているので」


 どうせ避けられないなら、転がってるチャンスは積極的に活用していくスタンスなんで、とアクアマリンの瞳は楽しそうに語る。


「私、お洋服が大好きでして。お店を持つのが夢なんです」


 資金は貯めてるんですけど、なかなか事業展開のオッケーがもらえなくてとベルは憂い顔でため息をつく。


「兄から了承をもぎ取るにはとりあえず何を置いてもまず実績。私は上流階級のお嬢様方との繋がりが欲しいのです。そしてクローゼットに眠っているであろう大量の衣服を買い付けたい!」


 そしてリメイクして裕福層向けに貸衣装及び中古販売します。

 と今後のビジネス計画をざっくり次期公爵に話したベルは、上流階級のクローゼットご開帳についての熱意を熱く語る。


「と、まぁ私には私の事情があるわけですよ」


 ベルの語りにポカーンと置いてけぼり状態だった次期公爵は一通り聞いて喉で笑い、なるほどとつぶやく。

 確かに目の前に座る彼女からは、今まで自分が向けられて来たねっとりと張り付くような鬱陶しい好意という名の害意が一切感じられない。


「ところで、次期公爵様。私、本日のお見合いより大変気になっていることがあるのですけど、その紅茶飲まないおつもりで?」


 一口も飲まれることなく冷めてしまった紅茶。ベルはそれを指でさして次期公爵に尋ねる。


「冷めたな。新しいものを淹れさせよう」


 次期公爵は当たり前のようにそういい、メイドを呼ぶベルを鳴らす。


「飲まないなら、頂いても?」


「君の分も新しいのを用意するが」


「いいえ、私はこの紅茶が良いのです」


 次期公爵に断ってから自分の手元に紅茶を引き寄せたベルは、テーブルに用意してあったミルクを投入してくるくる混ぜると綺麗な所作で一口味を確かめ、幸せそうに笑う。


(流石お義姉様が選んだ紅茶だわ。ミルクティーにしても美味しい)


 あまりに美味しそうに飲むベルの笑顔に惹かれ、濃紺の瞳は思わず丸くなる。


「次期公爵様、質問してもよろしいですか?」


「ああ、構わないが」


 すっかりベルのペースにハマってしまった次期公爵はニコッと笑うベルにそう答える。


「そのペン、それにタイピンとこのカップは普段からこの公爵家で使われているものですか?」


「ああ、そうだが。それがどうかしたか?」


 ベルからの質問の意図がわからないと眉を顰める様子から、どうやら見合い相手に気を遣ったわけではなく本当に普段使いらしいと判断したベルは、心の中で我がクロネコ商会のご利用並びにお買い上げありがとうございます♪とつぶやいて微笑む。


「次の質問です。次期公爵様は普段からこの紅茶をお飲みになるのですか? そして、飲食物は冷めたら捨てる派ですか?」


「だからそれが、どうだと」


 言うのだ、と次期公爵が言い切る前に紅茶を飲み切ってわざと音を立ててカップを置いたベルは、


「私、食べ物を粗末にする人が一番嫌いです。安心しました。私があなたを好きになることは無さそうです」


 と淡々とそう言い切った。


「そんなわけで、次期公爵様。私と契約しませんか?」


 そんな言葉と共に、ベルは本日のお見合いという名の商談を締め括った。

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