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あずき食堂でお祝いを  作者: 山いい奈
7章 2次元の幻想の中で
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第2話 マリコちゃんからのお題

どうぞよろしくお願いします!( ̄∇ ̄*)

少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

 甘露寺花柳(かんろじはなやぎ)先生は、ここ近年芽吹いた画家さんである。画集に掲載されていたプロフィールによると、画壇(がだん)デビューは芸術大学在学中。それだけで才能豊かな芸術家さんだということが伺える。


 絵画に明るく無い(さく)が甘露寺先生を知ったのは最近のことだが、以前は普通の風景画を描かれていたのだそうだ。大阪を舞台にしたものだというものは最初からで、ひっそりと個展が開かれたりしていた。


 だが甘露寺先生がその名を大いに上げられたのが、妖怪を取り入れたからだった。それが最近のことなのである。


 それまでも抽象的で鮮やかな風景画を描かれていたのだが、もともと醸し出されていた柔らかな雰囲気や暖かさ、透明感はそのままに、写実的な妖怪の姿が加わったのである。


 今現在、一般的に妖怪は実現しないとされている。なので甘露寺先生が手掛けられるものはあくまで幻想である。なのに描かれる妖怪は、あたかもそこに息づいている様な馴染み感と現実感を持ち、評価を上げられたのである。


 朔もその魅力に()かれたひとりである。特に妖怪が今でもいることを知っている朔だからこそ、甘露寺先生の画はすうっと心に()み入るのだ。


「甘露寺、花柳先生、私、画集持ってます。妖怪を描いたものの」


 朔が感動で震える声で言うと、甘露寺先生、有田(ありた)さんは「わぁ」と表情を綻ばせた。


「嬉しいです。妖怪は最近書き始めて、我ながらええとこ行けたなって思ってるんです。お陰さまでいろんな人に見てもろうて」


「はい。とても素敵な画集です」


 朔の心が高揚している。今ほうじ茶のお湯呑みを包んでいるあの手が、あの素晴らしい画を生み出しているのだ。


 有田さんの指は綺麗だった。画材は水彩インクが使われていると画集にあった。手に付いたり爪に入っても、丁寧に洗えば取れるのだろう。あ、だが右手の中指が少し膨らんでいる。ペンだこだろうか。


「朔が最近買うたあれやんね。有田さん、私も見せてもらいました。何か癒されました。妖怪が活き活きしとって」


 (よう)とマリコちゃんにも画集を見せていたのだ。陽はオカルト好きだから、きっと食い付いて来ると思った。ふたりでマリコちゃんを挟んできゃあきゃあ言いながらページをめくったのだ。


「ありがとうございます。実は今日はですね」


 有田さんは一旦言葉を切られ、少しばかり迷われる様に逡巡(しゅんじゅん)される。だがやがて意を決した様に口を開かれた。


「……お願いがありまして。ほんまに不躾(ぶしつけ)で申し訳無いんですが。こちらに座敷童子(ざしきわらし)がおるって吉本(よしもと)くんに教えてもろて」


「はい。おりますよ」


 朔は気分を害することも無くお応えする。有田さんは妖怪が見えるとお伺いしているので、お仕事仲間である吉本さんから伝わっていても何ら不思議は無い。


「呼びましょうか? マリコちゃん、出て来たって〜」


 陽が呼び掛けると、マリコちゃんがカウンタ席、有田さんの横にぽんっと姿を現した。有田さんは「おお」と目を丸くされる。マリコちゃんは有田さんににっこりと笑い掛けた。


「お前が甘露寺花柳じゃな。あの画集はなかなか良かったぞ」


「あ、ありがとうございます」


 有田さんは感激した様に頬を紅潮させ、丁寧に頭を下げる。


「お会いできてほんまに嬉しいです。私、ずっと座敷童子に会いとうて、吉本くんにも見掛けたらぜひ教えてくれてお願いしとったんです」


「ん? 東北に行けばいるじゃろ? 確かに数はそう多くは無いが」


「いえ、大阪で会えるっちゅうんが大事なんです。実はお願いというのは、朔さんと陽さんにもなんですけど、座敷童子、マリコさんになんです」


「ほう、何じゃ?」


「マリコさんに、私の画のモデルをお願いしたいんです」


 マリコちゃんは「ほう」と目を見張る。


「もでるとは、被写体のことじゃな。お前はわしを描きたいのか?」


「そうなんです。僕はこれまで吉本さんに協力してもろて、何枚もの妖怪の画を描いて来ました。でも座敷童子はまだなんです」


「あ、そうですね。確かに私が買うた画集にも、座敷童子が描かれた画はありませんでしたねぇ」


 朔が画集の内容を思い出して言うと、有田さんは「そうなんです」と頷かれる。


「私はこの通り妖怪が見えます。せやのであの画らは、私にとっては写生したもんなんです。吉本くんにお願いして妖怪に繋いでもろうて、大阪のいろんなところでポーズ取ってもろうて、その場でラフを描いて写真を取って、アトリエで仕上げてるんです。せやから私は実際に自分が会うことができた妖怪を描かせてもろうてるんです。せやからこそ、自分で言うんも何ですけど、ああいうリアルな画が描けると思うんです」


 有田さんは熱心にマリコちゃんに語り掛ける。マリコちゃんに会えたことがよほど嬉しいのだろう。お顔がまるで小さなお子さんの様に輝いておられる。朔はつい微笑ましくなってしまい、ゆうるりと口角を上げた。


「その土地由来の妖怪っちゅうんもぎょうさんおって、なかなか会えんことも多いです。座敷童子もそんな妖怪なんです。なかなか東北から出て来ることはありませんから」


「そうじゃな。わしもこの双子の両親が気に入らんかったら、この大阪には来ておらんかったからの」


「せやから吉本くんにもお願いして、探しとったんです。私の画は大阪がテーマです。大阪の街や観光地に色んな妖怪がおる、それが(きも)なんです。せやから東北で描いてもあかんのです。マリコさん、どうかモデルに、被写体になってもらえませんか。お願いします。私にできるお礼は何でもしますから!」


 有田さんはそうおっしゃって、がばっと頭を下げられた。両手は祈る様に組まれている。


 朔は、甘露寺先生が描くマリコちゃんを見てみたいと思った。きっととても可愛らしく、魅力溢れるものになるだろう。だがモデルを務めるのはマリコちゃんだ。マリコちゃんが気乗りしなければ無理強いはできない。


 だがマリコちゃんもあの画集は良いものだと言っていた。有田さんへの、甘露寺先生への印象も悪く無いはずだ。なら望みはあるのでは無いだろうか。


 朔がそわそわしてしまうと、マリコちゃんは「ふむ」と考え込む。悩んでいるのだろうか。だがすぐに「うむ」と肯首(こうしゅ)の素振りを見せた。


「甘露寺、できる礼はなんでもすると言ったな?」


「はい」


 有田さんはわずかに表情を硬くする。マリコちゃんのことだから、無理難題を言う様なことは無いと思うのだが。


 ……いや、うっかりしていた。マリコちゃんは座敷童子なのだ。座敷童子というものはいたずら好きなのだ。双子に対してはそうしたことをすることがほとんど無かったので忘れていた。


 マリコちゃんを見ると、にやにやという擬音が合いそうな顔をしている。もしかしたら。


「甘露寺、わしは久々に他の座敷童子に会いたい。東北からでもどこからでも良い。1体連れて来い。そしてわしと並べて被写体にするんじゃ。それが礼じゃ」


「えっ……!」


 有田さんのお顔が強張った。それはそうだろう。これまでなかなか会えなかった座敷童子をもう1体と言うのだから。


「マリコちゃん、無茶言うたらあかんやろ」


 陽が呆れた様に言う。だが有田さんは「い、いえ」と心を固めた様なお顔を横に振った。


「私、頑張ってみます。さっそく、まずは東北に行って来ます」


 有田さんはそうおっしゃり、(こぶし)を握った。


「吉本さん、お仕事の依頼です。付き合うてもらえますか」


「はい。もちろん」


 吉本さんは躊躇(ためら)いもせず快諾(かいだく)された。マリコちゃんを見ると、満足げににんまりと口角を上げていた。


 甘露寺先生、大丈夫やろか。


 朔は不安になり、小さく息を吐いた。

ありがとうございました!( ̄∇ ̄*)

次回もお付き合いいただけましたら嬉しいです。

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