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第四十一話・教皇

 最近はこればかり着ているなと思いながら、アントンは甲冑を身に着けた。従者なしでも身に着けられるように改良されているが、それでも重いものは重く、面倒なことは面倒だった。白くなったカリディスを身につけると身体強化によって、ようやく楽になった。

 守護騎士の朝は早い……というよりレオノールの朝が早いのだ。護衛役として、まさかくず鉄拾い時代の習慣が役に立つとは思っていなかった。

 寝ているロベルトを起こさないように、できるだけ音を立てないようにしながら廊下へ出た。



「おはようございます。アントン様」



 一番最初に起きたと思えばイサベルが既に廊下で待機していた。よく分からない敗北感を味わいながらアントンは挨拶を返す。



「おはようございます。イサベル殿。早いですね」

「イサベルで結構ですよ。アントン様はレオノール様の守護騎士なのですから、あまり下手にでるのもよくありません」

「とりあえず敬語使っとけばいいかな、という発想だったんだが……生まれが生まれだしなぁ。イサベルが起きてるっていうことはレオノールももう起きているか」

「いえ、まだお休みですよ。久しぶりに帰って来て安心なされたのでしょう。普通ならもう起きていますから」



 イサベルもアントン同様に、主人が目覚めるタイミングを知っているようだ。そこだけ見ても付き合いの長さがうかがえる。

 ……タニヤは大丈夫なのだろうか? とアントンは思ってしまう。確かに気性は良いし、旅で柔らかくなったレオノールには友人としてはいいだろうが、仕事はそうもいかないだろう。




「今日お目通り予定の叔父様って、多分あの方のことだよな」

「正解です。皆さん気づいておいででしたか」

「そりゃ会うのに普通一ヶ月かかる人間なんて、限られてくるだろう」



 アントンらだけならともかく、レオノールがいるのだ。それで待たされるなど普通ありえない。となれば必然、レオノールと同格以上の社会的地位を持つ者に限られる。



「憂うつだな。そんな出会いは想定してないよ」

「そう緊張するものでもありませんよ。いたって穏やかな方ですから、怒ったところなどみたこともありません……まぁそうでなければ務まらないというのもあるのでしょうが」

「ふぅん。イサベルは俺たち傭兵がレオノールに張り付いているのはどう思う?」

「公的には気に入りませんが、私的にはそうでもありません。お人柄が柔らかくなられましたから、皆さんがどう付き合ってきたか分かるような気がします……起きられましたね。行ってまいります」



 部屋の外からわかるものなのか。イサベルは部屋の中へ入っていった。



(カリディスでも気づかないことを気づく人もいるんだな)

(シシシ。気配なんて曖昧なものだからな。ただ、剣だから殺気なんかには敏感に反応できるわけだ。それにアレは主人への深い理解によるものだから、実際に感情や精神を感じているわけじゃあない)



 そちらの方が逆にすごいような気がするが……そう思いながら、アントンはレオノールが出てくるのを待った。それからしばらくして、ロベルトとミレイアも起きてきて、最後に出てきたのが正装姿のレオノールだった。

 なるほど早起きになるわけだ。彼女の場合、準備に時間がかかりすぎるのだ。


 その後、一行は食堂でポリッジを尼僧たちに混ざって食べた。恐ろしいほどに質素な味だったが、レオノールも平気で食べている。味は旅の最中に準備していた雑多煮の方がはるかにマシだったが、量だけはこちらの方が上だ。

 尼僧や配置された修道騎士や神殿騎士がレオノールがいることに気づいて、ひそひそ話をしていた。噂話が好きなのは聖職者も同じらしい。



「まぁ味はともかくお腹はふくれたし、ちゃっちゃと行こう!」

「なぜお前が仕切る。序列的にレオノールとアントンが一番前で、お前は最後だろう」

「あれっ!? さらっとロベルト君より下になってない!?」



 レオノールはそでで口元を隠しながらクスクスと笑う。アントンにしても仲間内で上下があるとは思っていないが、それでも守護騎士の役はついて回るから苦笑いしかない。

 結局はロベルトの言った通りの順番で、大神殿のニ階に行くことになった。ニ階は静かで、廊下の中央に大扉があった。大扉の左右には神殿騎士が二人、不動の姿勢で周囲を威圧していた。

 レオノールが後ろを一目見ると、扉へと進んだ。用意は良いか? ということだろう。もちろん全員、覚悟はできている。かつてキスゴルの王宮で戦闘すら行ったのだ。いつの間にか一行には成るように成れという精神ができあがっていた。


 レオノールが扉の前に立つと、大げさな呼ばわりもなく大扉は開かれた。アントンは作法にのっとって手をレオノールと合わせたまま進む。


 ここが教皇の間。全ての聖職者を束ね、各国にも影響を及ぼすヤーバード教団の中枢だった。

 だが、なんと寂しい空間だろう。実戦用の砦と言われてもおかしくないほどに、空虚だ。中央に敷かれたカーペット以外は飾りらしいものは何もない。近衛らしいバケツに似た兜の騎士が並ぶ他には、秘書らしき司祭が一人いるだけだ。


 中央まで歩むと、レオノールが膝をついた。他の三人もならって片膝をつく。



「教皇猊下。レオノール、憑依者(ソウルチェンジャー)捕縛の任から帰還してございます」



 アントンはちらちらと教皇の姿を観察していた。思っていたより若い。初老に入ったぐらいだろうか。意外に精悍な顔つきをしており、イメージ通りなのは白髪だけだった。



「よく戻ってきてくれた。ある程度の連絡は受けているが、首尾はどうであった」



 四方の壁によく反射する低い声だった。威厳や威圧感というのはこういうものかもしれない、と思わせるだけの迫力を備えていた。



憑依者(ソウルチェンジャー)の捕縛には無事、成功いたしました。ですが、魂を消滅させることができず、我が騎士アントンの魔剣に封じ込めたままとなっています」

「ふむ……古代の魔剣ですら消滅が叶わぬとは憑依者(ソウルチェンジャー)め。随分と力を増していたと見える。ともあれ、任は果たしたか。一同、大義であった。さて……」



 教皇の顔が笑いに変わる。先ほどまでとは別人のようだった。



「堅苦しい話はここまでにしよう。何が悲しくて我が姪に偉ぶって話さなければならないのか。どうせ私の性格など、とうに知られていように……そういえば自己紹介もまだだったな。私がハビエル・セグラ三世だ。我が姪の護衛に感謝する。世間知らずゆえ、苦労したろう?」

「叔父様! わたくしにそれほど常識がないように思っていたのですか! 大体、このような正式な場で……」

「おっと私は説教する立場で、される立場ではないぞ。それになぁ? 守護騎士を一存で任命する聖女様に何を言われてもな」



 教皇が見せた軽い一面は、アントンたちに衝撃を与えた。このまま片膝を立てて座っているのも馬鹿らしくなるが、そうもいかないのでレオノールと教皇のやり取りを見守っている。



「はっはっは。おっと姪とばかり喋っていても仕方ないな。傭兵の諸君には現実的な話の方が好みだろう。謝礼をこの者たちへ」



 一人だけいた司祭姿の男が盆を捧げ持ってくる。そこには金貨譲渡証明書と封筒が並べてあった。前金の倍額というとんでもない額をどう三等分するか、話し合う必要があるだろう。



「なんです、この封筒?」

「感状みたいだね」

「武功などを記したもので、貴族などが兵に出す、功績を称えるものだ。仕官などに役立つわけだが……教会が出した感状はわけが違う。その者には教団の後ろ盾があるぞと示すようなものだ……!」

「よく勉強している子がいるみたいだな。確かに効力は凄いが、その分気軽に出せない。教団に迷惑がかかるからね。気をつけて使っておくれよ。さて、守護騎士アントン」

「はっ!」

「君が封印した憑依者(ソウルチェンジャー)を処理しなければならない。少々付き合ってもらおう」



 そう言うと教皇は立ち上がり、腰掛けていた椅子の後にある扉を開いた。



「すまないが、ここから先は、レオノールとアントンだけにしてもらおう。二人は客間に戻って休んでくれたまえ」



 そう言って進んでいく教皇をアントンは慌てて追いかけた。




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