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第三十一話・出立前

 キスゴルを出立する日に向けて、アントンとレオノールは記録を漁り、苦心の末に一つの技術を完成させた。魂の捕縛者(ソウルキャッチャー)憑依者(ソウルチェンジャー)と近しい関係にあるのを利用し、カリディスとレオノールの魔法を合わせる一種の共鳴現象だ。

 これで憑依者(ソウルチェンジャー)の居場所を大まかにだが知ることができるようになり、少なくとも永遠に右往左往する必要はなくなった。


 カリディスと杖を交差させて、額を合わせるアントンとレオノール。目をつぶり汗をかくその姿は、真剣に祈りを捧げているように見えた。



「見えるか、レオノール。貴方と初めて会った場所に近い」

「はい。ですがキスゴル側ですし、あの場所そのものではない……少し離れているようです」

「……雰囲気は城のような、石造りのようにも感じられる……」

「……ですが、これ以上気配を送り込むのは危険です。離れましょう」



 大きく息を吐いて二人は離れた。息は荒くなり、汗をびっしょりとかいている。影を飛ばすような術だが、距離が離れていてもそれなりの労力は必要だということか。

 体力の限り、もっと近づくという手段もあったが、ただでさえ敵と共鳴しているのだ。見つかった場合、どうなるか分からない。飛ばした影が戻ってこなくなるなど、肉体がどうなるか考えたくもない。



「傍から見てるといちゃついてるみたいだけどねー」

「そこはどうでもいいだろう。問題は場所だ。旅路は道なりに続くということだが、エルドヘルスとキスゴルの争い、その最前線に近いようだ」



 ロベルトはしっかりと二人の呟きを聞いていた。そして目的地が出発地点から近かったことを知り、今までの旅路は何だったのかと苛立っている。

 しかし、首都キスゴルまで来たからこそ受けられた便宜もある上に、レオノールとアントンの成長もあったのだ。意味のない旅では無かった。



「最前線に近いからといって、兵士に襲われるわけでもないのでは?」

「確かにそうだが……どうも王侯貴族というもののやることは信用できん」

「となると、私も疑われる側の人間ですな」

「カーン教区長。いや、既に死んでいない時点で、貴方は別だと思っている」

「それはいけませんな。私のような人間を信頼するようでは、謀略の世界では生きていけませんぞ。まぁ幸いにして貴方方の進む道はそういったものではない。本題ですがトーバ王から国内の鑑札を預かってきました。これでわずらわしさは少しはマシになるでしょう」



 神殿に戻ってきた教区長カーンは汗を拭きながら、金属で出来た板状の物をロベルトに手渡した。銀のようなそれに不思議な模様と、キスゴルの刻印が施されている。

 キスゴル全土で身分を保証するものであり、街などでは止められず入ることができる。旅人よりも商人垂涎の的である。これを素直に渡してくるあたりにカーンの善性が現れている。



「カーン教区長。何から何までお世話になって……正直に言えば、わたくしはあなたのことを誤解しておりました。お詫びいたします」

「いやいや、聖女様。これで私も伝説の端に連なることができましょう……と、このような性分なのでお気になさらず。ただ、このキスゴルではみすぼらしいままでは尊敬を得られないのです」



 カーンは太った顔の間にある目をすがめるようにした。そこに映っているものは郷愁というよりは懐古のようだった。



「私もここに来た時は清貧の教えが通じるものだと思っていました。だが、そうではないと気づいた時には随分と落胆したものです。見栄えや利得を優先する考えが決して悪いものではない、と納得するには時間がかかりました。堕落といえば堕落なのでしょうが、善に用いる限りヤーバードはお許し下さるといまでは信じております」



 その言葉はアントンにも感じ入るものがあった。思えば故郷にいた頃、傭兵になった時、そして守護騎士になった今では考え方と行動も変わってきている。流れに身を任せて来たが、それは決して恥じるべきことではないと教えられた気がした。



「教区長……不思議なものです。俺のような人間は、そんな立場の人間と会わないはずだったのに、思いがけないことでした」

「守護騎士アントン。どんな人をもヤーバードの館は拒んだりはしないのです。さぁ、いよいよ出立は明日です。せめて今日ぐらいはゆっくりと過ごされるが良いでしょう。貴方方の前には使命があるとはいえ、本調子でなくてはね」

「うぅ……ここの夕食も今日までなのね……」



 ミレイアの発言に皆が笑った。確かにこの地での食事から旅の糧食に切り替えるのは辛いことだった。ここの食事を故郷の孤児院に持って帰れたら……そうアントンが思うほどだった。

 夕食がいつもより豪勢なことにはレオノールも何も言わなかった。旅では中々口にできない肉や新鮮な魚介料理、果物も豊富に用意されていた。まるで自分が王侯貴族にでもなったような気分で、皆がはしゃぎにはしゃいだ。



「そういえば、ロベルトの旦那とミレイアの姐さんは、俺達が調べ物してる間は何をしてたんですかい? 姿を見ませんでしたけれど」

「ひーみつー」

「……にするようなことでもないだろう。特訓だ。ホアキンを相手にした時、押されっぱなしだったからな。高額報酬の仕事とはいえ、死ぬわけにはいくまい。幸いこちらにも魔剣があるから、なんとか形にできた」



 ホアキンだけでなく、怪物や鹿人間もいる。敵の本拠地にはどんな敵が待ち受けているか、想像もつかないのだ。

 アントンもそのような技が欲しいと思ったが、時間が無かった。本には魂の捕縛者(ソウルキャッチャー)としてのあり方が書かれた手記があり、それは参考になったが、カリディスの使い道は当然書かれていない。

 一人、調子を落として食事に専念することにしたアントンだったが、その腕に慰めるようにレオノールの手が触れた。少なくともアントンは一人ではない。レオノールも未知の戦いに挑む宿命を背負っていた。

 この手から恐怖が消えますように。そう念じながら触れた手の上に自分の手を置いた。



(世の中は知ったことでなくとも、戦う理由はできるものだな)

(シシシ……俺達は剣だ。使い手がいるなら、それでいいだろう?)



 アントンは全くだ、と珍しくカリディスに同意した。



 夜になった。月が煌々と光を放ち、客間を照らしている。アントンは夜番の交代時間になってもいないのに目覚めていた。守護騎士という肩書を手に入れてもくず鉄拾い時代の習慣は残ったままだ。

 夜というと恐ろしいもののはずだが、今となってはそうでもない。怪物は日中に闊歩し、闇の力とやらも別に時間に縛られないようだ。



「あらためて思うけど、闇ってのはなんなんだろうな」

「知りたいですか?」



 アントンが虚空に問いかけた途端、ベールを被った人影が現れた。不思議な体験ではあるが、気配が読めていたのだ。自分も大概おかしな生き物になってきているななどと考えてしまう。



「知りたいけれど、大物がこうも気安く出張ってきて良いのかね?」

「貴方は1対1で私を倒そうと思うほど、短絡的では無いでしょう?」

「どうだろう。単純に腰が引けてるだけかも」



 気安い会話だが、アントンは足に注意を払った。いざという時に逃げるためだ。戦うつもりではない。相手の言う通り、アントン一人で倒せる相手では無いことを肌で感じ取っている。同時に仲間を呼べば目の前の人物は消えてしまうだろうということにも、奇妙な確信があった。



「闇というとおぞましいものを想像されがちですが、その本当の力は変化を司ります。貴方にも覚えがあるはずです」

「まぁ確かにそうなんだが、あの怪物を見てるとおぞましいのは否定できないと思うぞ。問題はその変化の先に何を求めているかじゃないか?」

「その先? 変化が続き、やがて地を満たすこと。ただ、常識が変わるという最大の変化をもたらすだけですよ」



 次にアントンが口を開こうとした時、ベールの人物の姿はかき消えた。

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