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第二話・魔剣との縁

 自分の頭が壊れたと思いながらも、アントンは剣の言葉を聞いていた。理由は今朝から入る商人の馬車が三台もあって、物資の検問に時間がかかったからだ。



(シシシ……お前は特別な人間だよ。そうじゃなかったら話しかけたりしない)

(その前に何なんだよ、お前は?)

(名前に意味なんて無い。強いて言えばカリディスという名があるが、これも意味がない。俺は俺たちになったんだから……)



 思考で会話できるのが救いだった。声に出していたら間違いなく怪しいだろう。それに、アントンからすればカリディスという存在は良いモノだとは思えないかった。



(シシ……おかしな人間だ。普通は俺を使えば、体は俺のものになる。だけど、お前はお前のままだ。きっと凄く気が合うから俺たちになったんだ)

(お前は俺の体を乗っ取れるのか!?)

(それができないから話しかけているんだ。だけど、カリディスの能力はそのままだ。俺たちは並の人間よりずっと強くなっている。シシシ…あの仕事が遅い兵隊を斬って試してみないか?)



 恐ろしいことを言う剣に、アントンはやはり自分の正気を疑った。兵隊を斬れば早く入れることは確かだが、牢獄に入ることになる。もちろん、その場で切り捨てられなければだが。



(早くくず鉄として鍛冶屋に売ろう)

(そんなことはできやしないさ。シシッ、そもそも俺たちは強くなったんだから、くず鉄拾いなんてしなくても構わない。そこら中から金品を奪ってしまえば良い)



 門前の列が動き始めた。アントンはホッとした気分になった。このおかしな剣を拾ってから自分はおかしくなってしまったのだ。だが、鍛冶屋に売ればそれなりの代金になるだろう。シスターにも楽をさせることができるかもしれない。


 だと思っていたのに、鍛冶屋は予想外の反応を示した。老体をぶるぶると震わして、ヤーバード神に祈る字を手で切った。



「これは……この剣は買えん。なぜ、まだここにあるんだ……今日の分の代金はこれだ。それとその剣はさっさと埋めてしまえ。目がついてる鍛冶屋なら誰も買わん」

「いや、あの……」



 アントンが理由を聞く暇を与えないように、銀貨が飛んできた。それきり、老鍛冶師は口を閉ざしたまま、見向きもしてくれなかった。

 アントンは困惑した。これだけ綺麗な剣なのだから、埋めてしまうのはいかにも勿体ない。しかし、質屋では買い叩かれてしまうだろう。仕方なく孤児院に戻ることにする。



(シシシ……中々物分かりの良い爺さんだったな。そうさ。俺たちを引き離すなんて誰にもできない。もう余計なことをしても疲れるだけだぞ)

(黙ってろ、最悪埋めるだけだ)

(それより今の爺さんに散々むしり取られていたんだろう? 戻って斬らないか? そうしたらあの店の品物は全部俺たちのものだ)



 一瞬、それが魅力的な考えのように思えてきて、アントンは頭を振った。本格的に疲れが出ているのかもしれない、くず鉄が入っていた麻袋に剣を突っ込んだ。

 それでも道中の思考は乱れたままだった。こんな状態で少なくとも、タニヤとは出会いたくなかった。足早に、逃げられないものから逃げるようにアントンは孤児院へと戻った。



「アントン! なんてひどい顔だい。調子が悪いのかい?」

「いいえ、シスター。でも少し休みます。これが今日の分です」

(そら来た。一番邪魔な婆さんだ。仕事は俺たち任せにして、自分は曲がった木みたいになってるだけだ。そのくせ、飯は食う。この婆さんを斬ったら、さぞ快適だろうな?)

(黙ってろ)

(おいおい。俺たちのことだ。ちゃんと分かっているさ。可愛いジミーとサニーだって、本当はいらないだろう。せめてどっちか片方だけなら……)



 足早に自分の部屋に戻った。それでも、ジミーとサニーに出会わないようにしていた自分が嫌になって来て、アントンは麻袋をナイトテーブルに放り投げた。これでようやく、あの剣が体から離れてくれる。



(シシシ……シシ……)



 それでも鳴り止まない声。ベッドに腰掛けたアントンは手で顔を抑えて、自身の思考を取り戻そうとしていた。だが、そうなると疑問が生じてしまった。自分は本当にあの剣が言ったようなことを考えたことがなかったか?

 ジミーとサニーに金がかからなかったら、老シスターがせめて健康なら、孤児院を離れて生きていける金があったら……そう考えたことは一度もなかったか?

 善良な人間だって誰かを殴りたいと考えるだろう。アントンもそうだ。環境に対する文句は腐るほど抱え込んでいる。だが、それが普通なのだ。殺してまで奪って何になる。頭の中で考えたことと、現実は別なのだ。



(決めた。お前を埋めて、この奇怪な縁は終わりだ)

(シシシ……やはり俺たちは特別だ。まぁやってみるのも悪くはないだろうさ)



 覚悟を決めたアントンも流石に揺らいだ。この剣との会話は持っていなくとも発生するのだ。恐ろしいことだ。だが、捨ててしまえばこの狂気からも逃れられるはずだ。今日もくず鉄拾いに出かけよう。そして、その時に終わらせてしまうのだ。


 疲れているのに、寝ずに覚悟を維持していたアントンは日常の仕事を始める。そして、いつもなら休憩する時間にも踏み鋤を使って、深い穴を掘った。もちろん、この過程で出た鉄くずは取っておいた。

 そして、剣を代わりに放り込んで、土をかけようとした途端にアントンに強い誘惑が襲ってきた。星がきらめくような輝きを放つ刀身。なにも捨てることは無いのではないか? これの異常さを見抜けない誰かに押し付けて、何か物を貰えば良い。



(これがあれば誰にも負けない強さが手に入る。血を吸わせれば、英雄的な肉体になれるのだ!)



 そこでアントンは自分の状態に気づいて、土を被せた。気づけたのは自分が知らない知識が流れ込んできたからだ。あの馴れ馴れしい声が無くとも、剣は魔性の物だった。

 自分の決意は間違っていなかったと、かえって決意を新たにしたアントンは他の地面と同じ高さまで剣を埋めることに成功した。後ろ髪ひかれる思いも、日常の中でいずれ消えていくはずだ……。


 翌日、孤児院の部屋まで戻ったアントンは心底驚いた。昨日と同じように、ナイトテーブルの上に剣が置いてあったのだ。



(シシシ……だから、俺たちは特別だって言っただろう? 切り離すなんて誰にもできないって、鍛冶の爺さんのところでも言ったはずだ)

(お前……自由に動けるのか!?)

(違う違う。持ってきたのは俺たちだ。まだ気づかないのか?)



 アントンはみすぼらしい作業用のズボンを見下ろした。汚れるのは常だが、いつも以上に湿った土がこびりついていた。

 そう。アントンは知らないうちに自分で埋めた剣を、自分で掘り返して持って帰ってきたのだ。目につかないように袋に入れてまで。



(でも鉄くずと同じ袋に入れるのはひどくないか、シシッ! 今度はちゃんとした鞘とかあればいいけどなぁ)

(どうやればお前と離れられるんだ!)

(どうやってだって? シシシッ! 俺たちも知ることはできないさ。ここまで相性が良いのは初めてだしな)



 頭を抱え、今後もこの奇怪な考えに囚われて生き続けるのかと暗い気持ちになったアントンは、持ち前の忍耐力で考えを変えた。

 ともかく、この剣が考えているようなことをしなければ良い。持っているからと死ぬようなものでもないようだ。希望的観測だが、絶望して動かないよりはマシなはずだ。



「落ち着いて考えよう」


 

 剣の言うことを信じるならば、アントンとカリディスという剣の相性が良すぎて、離れられないようだ。そして、これまで試したことから普通のやり方では剣と離れられないこと。


 それを何とかしなければ。アントンはない頭を絞って考える。


 剣の言うことはいちいち物騒だが、今のところ気がつけば誰かを斬っていたということはなかった。そこで一つ疑問が浮かんだ。



(お前はいちいち誰かを斬らせようとするが、なぜだ?)

(それは俺達にとって、それが一番の方法だからだ。なにせ剣だからな)

(何かを斬りたいわけではないのか?)



 思い返せば剣を捨てようとした時、血を吸わせれば英雄的になれると感じた。あの瞬間は剣が話しかけて来たというより、どこからか湧いてきたような感覚であった。

 ならば剣が自分に固執しないよう、血を吸わせてみるのはどうだろうか? 腹を満たせばアントンに用はなくなるかもしれない。


 アントンは剣の刃筋に少しだけ指を置いてみた。かすり傷程度でも勇気がいるものだと感じながら、軽く慎重に指を滑らせた。できた浅い傷から血が滲んで来る。

 それを次に星が瞬いてるような輝きのシノギ部分に押し付けて見る。すると、どうだろう。星は輝きを増したように見えた。



(どうだ? 満足できそうか?)

(美味い。美味い。でもさシシッ! 俺達が自分で自分を食っても意味が無いだろう。それに……まぁ余計に離れなくなったぞ)



 なに? と剣を見れば剣は星を赤く瞬かせて、歓喜に震えているようだった。不思議と剣の脈動と、自分の鼓動が重なっているようにも感じられた。

 実情を知る者がいたとすれば、アントンの行為に腹を抱えて笑っていたかもしれない。自分の血液を塗り付けるのは、友好のしるしにも似ているからだ。古今東西、神事にはそうした要素が付いて回るなど、アントンは知らなかったとしてもだ。

 いわば、アントンは自分で魔剣カリディスと契約したような形に近い。しかし、それが本当に恐れるべきことだろうか? アントンが知らないだけで数少ない魔の武具と契約した者は世に確かに存在している。


 くず鉄拾いが魔剣拾いとなった。ただ、それだけのこと。


 しかし、小市民であるアントンはこの結びつきをどうにか解きほぐそうと、しばらく奔走を続けることになる。

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