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第十一話・戦争、そして

 それから幾日がたち、とうとうキスゴルの城門が開いた。緊張しながらも、さすがは本職と言うべきか傭兵と違う正規歩兵達はあっという間に配置についた。遅れて傭兵達も歩兵達の後ろ側で歪んだ整列をした。

 軍団長マルクは傭兵達を信用していない。あくまで横陣の穴が破れた場合の予備だ。



「緊張してきた……」

「しないやつの方がおかしいだろう。ミレイアも言っていたことだが、あくまで自分の命が最優先だ……まぁそういった意味では軍団長が傭兵を信用しないのも当然だな」

「同時に、使い潰す気でいないのは自分の配下によほど自信があるのね。まぁお手並み拝見といきましょう」



 ただし、魔剣第一小隊は隊長がホアキンであるように騎士団側の存在だ。馬達と同様に拍車をかけられるまで待つことになるのだろうか。予備の横陣に加わらずに済んだ。


 さて、キスゴルの兵達はどんなことをしてくるのだろうか。普通に横陣と横陣がぶつかり合うのだろうが、それならば遅すぎる。エルドヘルスは攻城戦に切り替えてもいいのだ。



「ふん。今回は君達と共に戦えず残念だ。私は騎士なのでね。他と足並みを揃えなければならない。自由に振る舞ってくれたまえ……ああ、逃げるのは駄目だが」

「貴様じゃないんだ。逃げ出しなどせんよ」



 ホアキンの馬上からの声にロベルトは嫌味で返した。ホアキンと部下の関係は既に壊れている。彼からしても背中を気にするより真っ当にやった方がいいのだろう。



「レディ・ミレイアの幸運を祈るよ」



 最後まで嫌なやつを貫くつもりなのか、その意地は大したものだとアントンは思う。仮にも魔剣使いであるホアキンは機会さえあれば武勲を得られる。

 機会があれば……自分も武勲というのを味わえるだろうか。アントンは疑問だった。騎士団側であり、戦闘に参加するかも不明瞭だが、どうにもそんな気はしない。カーシー退治の武勲では第一功だったが、仕送りに使える金が増えるだけだった。


 そんな思考を弄んでいると、遠吠えが響き渡った。犬の鳴き声のようであり、笛の音を大音量にしたようでもあった。



「おいおい……」

「冗談きっついね」

「これは……こちら側にも来るのではないか?」



 経験がある第一魔剣小隊はそれが何の声なのか察した。魔獣カーシー、そしてその背に人が乗っているという異常な光景だった。

 明るいところで見ればカーシーの肌はうっすらと赤を帯びていて、災禍の象徴のようだった。


 そして、その災厄をぶちまけられるのは、勿論エルドヘルスの兵たちだった。特に不幸なのは弓隊だった。事前に有利な場所に配置されていた彼らだが、カーシーは矢で止まってくれるほどの可愛げを持ってはいなかった。騎手を撃ち落とす腕前を見せた兵もいたが、その功績を最後に喉元を食いちぎられる。


 カーシー騎兵達の蹂躙は続く。兵法など知らぬとばかりに横陣にまで到達し、盾の隙間から肉を食らう。馬の速さと怪物の獰猛さを併せ持ち、全く動きが読めない。それがカーシー達の強さの秘訣だった。

 エルドヘルス側は恐慌しているが、それでも前線がなんとか崩れないのは元々騎兵に対処するための訓練があったからに過ぎない。


 指揮官が怒号で周囲を冷静にさせようとしても、犬の吠え声がじゃまする始末だった。

 その分、制御はやはり容易ではないのか騎士団側に向かってくる集団も少なくない。アントン達は乾いた声で囁きあった。



「百とか二百はいないか!?」

「数えるのも馬鹿らしいけど、やるしかなさそうだね」

「大隊としたら千にも届こうが、流石にそこまではいないようだな」



 ここに、あの集団に立ち向かおうとする馬鹿達がいた。

 騎士団付きの実験歩兵わずか三名。だが、この戦いで名を残すのは……彼らしかいないだろう。



「簡単に逃げちゃ駄目とか傭兵も世知辛いな」

「まぁ給金分の働きはするさ」

「絶対釣り合ってないと思うの。だからここは目立つために……魔剣第一小隊、突撃!」



 ミレイアの声は驚くほど澄み渡っていた。この狂乱の中でも騎士たちの耳に長く残った。

 好きにしろと言われたから好きにする。

 三人は活路を前に見出した。


 飼いならされていようと、魔獣は魔獣。アントンの豊富な活力を嗅ぎつけて向かってくるが、アントンも既にカーシーとは初対面ではないのだ。

 並の数倍に達した身体能力でひたすら前に出て剣を振るう。アントンの力にかかれば浅い剣術も暴威へと変わる。


 そこに兵と妖犬の両方を貫く魔剣の主、ミレイアが加わる。驚嘆すべきことに彼女は空中を歩いていた(・・・・・)



「二つ名、欲しかったんだよね。空歩きのミレイア……イマイチかな」

「黙っていないと舌を噛むぞ」



 アントンに惹かれ後ろに振り向いたカーシーは、突如として燃え上がった。今度は自身が狂う羽目になりながら、両断される。

 炎の魔剣使いロベルト。ある意味、魔剣第一小隊で最も異常なのは彼だろう。彼の魔剣は斬ったものを燃やすだけだ。つまり、それ以外の要素は全てロベルトの地力ということ。兵達と比べても抜きん出ている才覚を今この時見せつけていた。


 わずかな交流の中で、彼らは確かに絆を結んでいた。アントンは二人がいれば、小難しいことを考えずに済むということを。ミレイアは男二人が自分とともに歩めることを。そしてロベルトは初めて仲間というものができた気がしていた。



(シシッ! 流石に数が多すぎる。形を変える頃合いだ)



 アントンの魔剣カリディスが倒したカーシーの魂を使って変形を始める。それをアントンは疑わずに受け入れた。刃を曲線に、柄は長く。グレイブのようになったカリディスがうなりを上げる。

 カーシーに取り囲まれつつあった状況で、確殺ではなく薙ぎ払いを選んだ。素人らしいアントンの動きは闇雲に振るうだけだが、それでいい。簡単にカーシー達が近づけないよう、足を切り倒すような回転が安全地帯を作り出す。


 しかし、三人では台風の目とは成れても、台風自体を蹴散らすには至らない。その時、雷鳴が轟いた。ホアキンの雷の剣だ。

 魔剣第一小隊の働きを見て、騎士達が遅れて馳せ参じたのだ。騎士達からすれば徒歩の兵に武勲で劣るなどあってはならない。斜面で勢いを削がれながらも、ランスチャージはそれでも強力だった。アントンにだけ向けられていた殺意の横顔を殴りつける。


 期せずして、わずか三人の働きが左翼の流れを変えた。


 一方、歩兵達はどうかというと、こちらも落ち着きを取り戻しつつあった。元々の人数が違うのだ。盾で押さえつけるようにしながら他の兵が切る、突く。被害は予想以上だが、ようやく形を整えられた。


 それを見ていたのはキスゴルの側も同じだ。



「他の兵科と足並みを整えられん欠点はいただけんが、確かに強力だな。これを活かして、全滅する前にこちらの兵をぶつける。貴様のおもちゃの出番は逸した」

「構いません。最後にお披露目するつもりでしたから」



 将軍とベールの人物は城から戦場を見渡していた。将軍が騎兵隊の突撃を指示している間、ベールの人物は遠く離れた戦場の一点を見つめていた。魔剣第一小隊、その中の一人を。

 謎の思惑を置いて、戦場は動き出す。世界に冠たるキスゴル騎兵とエルドヘルスの盾兵。片方は傷ついているが、ようやくマトモな戦争がやれると怪物達の死骸を踏みつけて熱意を滾らせた。



「人相手か……あんまり経験無いなぁ」

「騎兵相手で徒歩は危険だから、魔剣第一小隊は下がるよ。討ち漏らした兵を狩っていけば良いよ。これからの軍団兵は地獄だろうけどさ」

「さっきの連中よりも更に大勢だ。口惜しいが流れを変えるなど不可能だ」



 見れば騎士達も一旦下がるようで、アントン達は後に続いた。横陣の戦闘は右翼で決まるが、こちらは弓隊も失い、戦の常道が通じるかも怪しい。


 実際、その後は地獄だった。これまでの戦いの歴史で、エルドヘルスがここまで痛めつけられたことはないだろう。軍団長マルクまでもが前に出て奮戦した結果、テレシクアの街を奪われることは避けられたものの、多くの精鋭が命を落とした。


 アントン達も懸命に援護したが、ロベルトの言う通りに流れは変えられなかった。キスゴル騎兵達が笑いながら引き上げていく最中、エルドヘルスの兵達は立っているのがやっとという有様だった。


 むせかえるような血の跡に佇むアントン達は、そこでさらに恐ろしいものを見ることになった。巨大カーシーよりも更に大きい怪物。肉でできたカマキリがキスゴルの城塞から飛び出してきたのだ。


 怪物に占領という概念が無かったのが幸いだったのだろうが、残った兵達の何人が文字通りむさぼり食われただろうか。アントン達がかけつけると、あざ笑うかのようにカマキリは引いていった。

 自分達に対抗できるのは魔剣使いだけだと知る動き。そんな知恵のある怪物を相手に一体どうすればいいというのか。


 生き残った者たちは恐怖や不安を通り越して、ぼうっとするしかなかった。テレシクアの街もこれからどうなるか分からない。

 だが、アントン達三人にはまた違った運命が待ち受けていることを、このときはまだ誰も知らなかった。

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