6.低俗な記者の質問 ― 1
「どぉ〜も、どぉ〜もぉ〜!! 皆様お忙しい中、時間をお取りいただきまして誠にありがとうございます〜!! ワタクシ、王都北区新聞社のギッキと申します〜! 本日はよろしくお願いしますねェ〜! あ〜……できればお三方ぁ〜、動かないでいただけますかねェ〜〜?」
そうねっとりとした口調で名乗り終えた記者のギッキは、イリファスカ・セルヴェン・ミフェルナの三人だけが収まる画角を探しながら、被写体の渋い反応もお構いなしに、“ここぞ”という瞬間を狙っていた。
だがギッキはすぐに、共に入室した警備の騎士二名に両側から腕を取られて捕獲された。
「ちょっと、ちょっとォ〜〜っ!? 撮影の邪魔しないでくださいよォ〜〜!? これ一回シャッター切るごとにフィルム入れ換えなきゃいけない面倒な機械なんですからねェ〜〜!?」
「礼儀を知らんのか。何の断りもなく無礼だぞ」
「あぁ〜っと! これは失礼いたしました侯爵様ァ〜!! いやねェ〜? どの写真が記事に使われるかってのは編集長の好みなのでねェ〜? 上の人間が好きそうな“絵”を……テヘヘッ! 撮らせてもらえませんかねェ? ご理解のほど、よろしくお願いいたしますゥ〜〜!」
腹立たしい抑揚を付けて話すギッキに、セルヴェンのこめかみに薄っすらと血管が浮き出ていた。
「……撮影は後ほど受け付ける。皆、後に予定が詰まっているので、先に取材の方を終わらせよう」
「ハイハイ〜〜……分かりましたァ〜〜……―― っと!」
拘束を解かれたギッキは、鬱陶しそうに顔をしかめるセルヴェンに向けて最後に“パシャリッ”とフラッシュをたき、またも両側の騎士らに腕を掴み上げられて身動きを奪われた。
そうして役者が揃うと、本格的に取材が始まった。
ミフェルナは一度部屋を出ると、謎の箱を抱えて再度研究室に戻ってきた。
イリファスカ……と、騎士に挟まれて立つギッキが並ぶテーブルに箱を置くと、蓋を開け、横に寝かされていた液体の詰まった瓶を見せた。
「こちらが、“ラバン・カーツ”と呼ばれる新薬です。我が国に現れる魔物は、“瘴気”と呼ばれる一種の呪いのような気力を身に宿しています。爪や牙で生き物を攻撃すれば、その者に一生癒えない深手を与え……田畑を踏み荒らせば、どんな肥沃な土地も草木の生えない枯れ地に変えてしまう恐ろしいものです。しかしこのラバン・カーツは、どんな瘴気も無効化するまさに革命的な薬なのです。予防薬として事前に接種することは勿論、たとえ瘴気に侵された後でもラバン・カーツは使用可能です。被害の多い国境沿いの地域にて治験に協力いただき、効果は証明済みです。人間や動物、土壌や作物にも使える素晴らしいものですよ」
「はぁぇ〜……それはすごい……」
ギッキは他者を苛つかせる口調を抑え、素直に感嘆の声を漏らして瓶を覗き込んだ。
記者であるために魔物についてある程度の知識があったギッキは、ラバン・カーツがどれほどの逸品であるかを即座に理解した。
一方、魔物被害が皆無と言っていい国の中央地域で暮らしているイリファスカは、漠然とした感覚でしか新薬の価値を掴めていなかった。
話に聞く分には、夫は国に貢献する偉業の指揮を取ったのだとは分かっているが……実際に魔物がどういった被害をもたらしているのか、それこそ“噂”程度にしか知らぬイリファスカは、ろくな反応が取れなかった。
しかし、魔物と聞いて一番に思い出される相手が、セルヴェンの弟……“ビズロック”だ。
セルヴェンが今ほど屋敷を空ける間隔を長くする以前、そう言えば『これからはあまり屋敷に寄れなくなる』と言い残していったなと、イリファスカはぼんやりと考えていた。
あれは確か五年前……それまでは先輩職員の研究を手伝っていたセルヴェンが、初めて自分主導の研究を始められると喜んでいたので、祝いのハンカチを贈ったのを覚えている。
執務の合間を縫って刺繍したハンカチを『必要ない』と突っぱねられないか心配であったが、セルヴェンは存外照れくさそうに『ありがとう』と呟くと、大事そうにポケットに仕舞ってくれた。
そうやってセルヴェンは時々イリファスカの胸をくすぐる行動を取るので、今でも何だかんだ彼を憎みきれないでいた。
たったそれだけのことで? と他人は思うかもしれないが、イリファスカは“たったそれだけの”ささやかな仕草に、充分愛を見いだせたのだ。
セルヴェンがラバン・カーツの開発に掛かりっきりになっていたのは、もしかするとビズロックを想ってのことなのかもしれないとイリファスカは考えた。
それが純粋な家族愛から発展したものか、若き頃に弟に家の責任を押し付けた贖罪の気持ちから発展したものなのかは分からないが、もしそうだったなら自分への仕打ちも少しだけ……許してやれるような気がした。
“想い人と共に過ごすために屋敷に帰らない”のではなく、きちんとした目的があって、真摯に仕事に打ち込んでいるのなら―― ……。
そんなイリファスカの心のぶれを解消してくれるかのように、隣のギッキがセルヴェンに向かって、折よく質問を始めた。