19.怖いもの知らずなお年頃
―― 台所では数名の使用人達が、入れ代わり立ち代わりで介抱に使う物を準備していた。
ケーレン医師の令により、体温を下げるための冷やしたタオルを大量に作っておくように指示を受けていた彼女達は、乾いたタオルを各所から掻き集めてくると皆で濡らして、できた者から駆け足で冷蔵倉へと運んでいった。
しかし……部屋の隅の方で作業していた十代前半の少女二人は、せかせかと動く同僚とは対照的に、間延びした動作で濡れたタオルをしぼっていた。
「ハァ……まだコレ作んないといけないのぉ? こんなにたくさんあっても使わないでしょ……」
そう愚痴をこぼしたのは、いつも食堂でイリファスカを嘲笑っている二人組の片割れ……ピアスーだ。
いつもつるんでいるメリヒェルと共に侯爵家で行儀見習いとして働いていた彼女は、セルヴェンの従姪……つまり二人は、セルヴェンの従姉妹の子供にあたる人物であった。
真剣さに欠けている二人を、イリファスカはじめ、ユタル家令や他の年長の使用人らが叱らない……いや、叱れない本当の理由は、彼女達がセルヴェンの血縁者であるから。
親類筋とはいえ、家督相続を拒否したこともあるセルヴェンが、今更他家との繋がりを気にするはずもなかったが……この件に関しては、セルヴェンが従姉妹らと実の両親を相手取って揉めたという経緯があり、最終的に巻き込まれたイリファスカが割を食った形となるのだが―― ……それはまた別のお話。
ともかくセルヴェンの怒りどころが分からない屋敷の関係者にしてみれば、少女らはとにかく面倒で、“触らぬ神に祟りなし”といった存在なのだ。
メリヒェルはぼんやりとした子で、他人に流されやすいという欠点を除けば、平凡な少女であった。
問題なのは、ピアスーの方だ。
ピアスーは若くして傲慢さが完成されており、格下と見なした相手は年齢に関係なく、とことん馬鹿にするという嫌な性格をしていた。
―― だらだらと乾いたタオルの山から一枚引き抜き……雑にしぼっては、荒い動作で完了済みの籠の中へと放り投げる……そんなピアスーとは違い、隣に並んで作業していたメリヒェルは、ぼーっと桶の中の水面を見つめながら、物憂げに呟いた。
「おばさん、ホントに死んじゃうのかなぁ……?」
「死ぬでしょ。お医者様がヤバいって言ってんだから。あーあ……あの人が死んじゃったら、あたしらの見習い期間どうなっちゃうんだろ? 免除か継続ならいいけど、また別のお屋敷でイチからやり直しなんて言われたら……たまったもんじゃないよねー」
あるじの生死が懸かった状況でとんでもなく非常識な発言をするピアスーに、後方で作業していた他の使用人達は驚愕の面持ちで二人を振り返ったが……当人達は突き刺さる視線に気付きもしない。
ピアスーの文句を聞いたメリヒェルは、手元を止めて“ん〜”と唸りながら、考えを整理した。
「それって他の子よりも遅れて貴族学校に入学するってこと……?」
リスイーハ王国に暮らす貴族の少年少女は一定の年齢を越えると、十五歳になるまでの数年間、家格が上の貴族の屋敷で行儀見習いとして使用人の役をこなさねばならなかった。
それは貴族のしきたりや礼儀などの基礎的なことを学ぶためであり、見習い期間を終えた子供達は貴族学校へ入学した後、十八歳の成人を迎えるまでの間、各々が身に付けてきた教養をさらに洗練させるのだ。
メリヒェルは貴族学校に通う日を楽しみにしていた。
何と言っても学校は“共学”。同い年の友達をたくさん作って人脈を広げ、華々しい結婚生活を送るために素敵な男性を捕まえる―― !
……はずだったのに、自分だけ入学時の年齢が他の生徒より進んでいると、いくら正当な理由があっても悪目立ちは避けられない。
そう考えると、メリヒェルはわずかながらに抱いていたイリファスカへの思いやりの気持ちも、どこかへ失せてしまった。
「うぇぇ……それ最悪ぅ〜〜!! ってかピアスーってば、普通こんな非常事態に自分の将来の心配する? アンタってば人の心なさすぎぃ〜〜!」
……染まりやすいメリヒェルは、生活を共にしていたピアスーの気質にすっかり引っ張られていた。
ピアスーはケラケラと笑うメリヒェルに鼻を鳴らすと、また一枚タオルをしぼって籠に放り投げて言った。
「だって無理して熱出したおばさんが悪いんじゃん。ずっと休め休めって注意されてたのにさぁ、それでブッ倒れたって自業自得でしょ? 勝手に病んだババアのせいでウチら夜ごはん抜きで仕事させられてんだから……もしかしたら夜中もこうやってタオルしぼり続けさせられるかもしれないんだよ? ハァ〜〜ッ……ホントいい迷惑っ! 死ぬならさっさと死ねよって感じ!」
「キャハーーッ!! その発言はヤバすぎぃ〜〜っ!! アンタ絶対祟られるよぉ?」
「あんな気の弱いババアに何ができんの? 睨んだら余裕で撃退できそぉー」
「キャッハハハハ!! ザコ幽霊じゃんっ!! 死んでも何もできないとかウケるぅ〜〜!!」
……キャッキャとはしゃぐ声を耳にした使用人達は、少女らを“人ならざるもの”のように見つめ、不快感を露わにしていた。