第41話 スカーレット Vs セルリアン
「お前の相手は俺がしてやる。堕ちろ」
私は頭を掻きながらその言葉を受け止めていた。
次第に笑いが込み上げてくるのがよーく分かる。
まったく天使ってヤツは救いようがないさね。
「本当に天使と言うのは面白い。人間が生み出した、ばらえてぃ番組には劣るがな」
「人間が生み出した? ふんッ……だから貴様らは俗世に塗れた魔神なのだ。まぁ堕ちた存在には相応しいがな」
「挑発のつもりか? 自分たち以外を見下しきった姿勢なんざ、天使の風上にも置けない下賤な身だと思うがね? 私は」
「神の勅命を受けた我々は特別な存在だ。貴様らとは違う。地獄に落として……いや昇天させてやるからかかって来い」
本当に呆れる……それを通り越して最早、笑えるレベルさ。
私があんな元天使だって考えると悪寒が走るね。
「特別ねぇ……。いいだろう。その伸びきった鼻を叩き折ってやるさね。地獄で後悔するがいいさ」
私がキッとセルリアンを睨みつけると――と言っても、フェイスガードで顔は見えないが――向こうも何か思うところがあったんだろう。
場の空気が一気に張りつめた。
セルリアンがあたしとの間合いを詰めてくる。
流石上位天使だけあって速いッ!
武器を持たずに突っ込んでくるセルリアン。
真っ向からの殴り合いをご所望かい。
乗ってやろうじゃないか!
セルリアンの右ストレートが唸りを上げる。
私の防御フィールドをぶち抜きながら光子力を纏った右拳が迫る。
だがかわすまでもない。
防御フィールドには幾重にも渡って術式が仕込んである。
私のような上位魔神と上位天使の殴り合いは即ち、互いの術式の壊し合いだ。
桁外れの光子力ならいざ知らず、私と同程度の相手ならば同じく術式を仕込んだ攻撃でないとその身にダメージは通らない。
私とセルリアンの神格はほとんど変わらない。
実力は拮抗していると言ってもいいだろう。
セルリアンの右拳が私の術式に触れて六芒星の魔術陣が煌めく。
そんな攻撃じゃ届かないよッ!
私はお返しとばかりに簡易術式を込めた右フックを放つ。
簡単な術式ならば魔術を行使する時のような長い詠唱は必要ない。
人間なんかが聞いても理解できないだろうね。
言っていることが人間の言葉としては意味を為していないんだから。
私は詠唱が簡略化できるその魔呪を口ずさみながら攻撃を続ける。
その防御フィールドをぶち破ったところでドでかい魔術をぶち込むのさ。
後はひたすら殴り合いさ。
私とセルリアンの応酬は続く。
術式を壊されては、新しく張り直す。
セルリアンを倒せるか。
こればっかりは私の黒子力の強さと手数の多さ、魔呪の高速化なんかがカギって訳さ。
私はセルリアンの光子力が流れ込んだ術式を感じて、鳩尾辺りに飛んで来た右ストレートを左腕でガードした。
流石に強烈な一発を受ければ、術式と防御フィールドごと貫通して私の本体にダメージが通る。敵の光子力の流れを把握するのも重要だね。
私たちの間で六芒星の魔術陣と五芒星の神術陣が光り輝いては消滅していく。
人間で言うぼくしんぐってヤツだね。
面白い娯楽を考えさせたら人間に敵う者はいないかも知れないよ。
私とセルリアンの拳が激突し、空間が悲鳴を上げる。
あまりの衝撃の余波に私たちは一旦距離を取った。
「チッ……しぶとさだけは一人前だな……」
「それはお互い様だろう。しかしお前、上位天使の主天使のようだが、光子力が強いな。それが〈黒の夢〉のメンバーに選ばれた理由か?」
「貴様には関係のない話だ。滅びゆく貴様にはな」
「ハッ! それは死にゆく者が使う言葉だぞ? ふらぐってヤツか」
人間が読んでいた漫画に書いてあったからな。
まぁ実際に聞けるとは思わなかったがな。
そう思いながらチラリと地上での戦いを一瞥する。
「ふらぐだと……? 何の話だ?」
セルリアンが勝手に混乱しているようだが面白いから放っておこう。
見れば阿久聖が鬼神相手に苦戦している。
というよりもボコボコにされていると言った方が良い。
このままではどう見ても危ない。
我々、魔神と天使との間で揺れているのは分かるが、自分が死にそうな目になっているのに選択できない程の問題か?
「阿久聖ッ! 早く決めろッ! 死ぬぞッ!」
思わず私は声を荒げていた。
「大した光子力も持たぬ神人相手に何をやっている鬼神……」
私の言葉にセルリアンの興味も地上の戦いに移ったようだ。
しかしそれも一瞬のこと。
「だが……今は邪魔な魔神を倒すのが先決だ」
セルリアンは無機質なフェイスガードで覆われた顔を私の方へと向ける。
私が出来ることは阿久聖が決断すれば、霊的エネルギーを反転させるだけだ。
いつでも対応できるようにしておけばいいさ。
セルリアンが私に向かって羽ばたく。
もちろん私に逃げると言う選択肢は存在しない。
思い上がった天使など正面から迎え撃つまでッ!
再び、怒涛の殴り合いが始まった。
目の前に展開された術式を破壊し、防御フォールドを突破する。
逆に砕かれた術式を再起動し、崩壊しそうな防御フィールドは張り直す。
永遠に続くかと思うほどの殴り合いでセルリアンにの防御に隙が生まれた。
私は好機とばかりに、セルリアンの術式の消えた箇所に黒子力を乗せた渾身の一撃を放つ。
セルリアンの防御フィールドが崩壊し攻撃が届く――
「がぁッ!」
私が感じたのは激痛だった。
セルリアンに当たると思われた右拳は、その左手で受け止められ握りつぶされた。
更に激痛は続く、空中で私の右腕を巻き込むようにして倒れ込んだのだ。
嫌な音を立てて右腕が千切れ、真っ黒な塵と化す。
畜生がッ! わざと隙を作ったのか!?
そしてセピア色の空にセルリアンの声が響いた。
【光霊祷暁】
空中で私の腕を巻き込んで回転したセルリアンの右ストレートが、術式を破壊していき、防御フィールドに迫る。
マズいッ!
咄嗟に黒子力の衝撃波を放出するもセルリアンは怯まない。
防御フィールドを易々とぶち破り、光り輝く右拳が私の鳩尾にめり込んだ。
「ガハッ……」
激痛と共に吹き飛ばされるも、私の頭は回っていた。
頭が追撃が来ると警鐘を鳴らしている。
殴り飛ばされた勢いを殺し、何とか空中で静止する。
しかし、耳に届いたのは無慈悲な声。
【……裁きの光を! 霊獣牙咆!】
詠唱が速いッ!
月神虎狼の如き神獣が神々しい光で辺りを照らしながら迫り来る。
避けられないッ!
光速すら超える程の刹那の刻――神獣が私の体を貫いた。
防御フィールドなどまるで意味を為さない。
全身を焼けるような激痛が走る。
「ぐぅぅぅぅぁぁああああああああああ!」
無様な悲鳴が口から漏れるがとてもじゃないが抑えられない。
体の中枢は留まることのない苦痛に苛まれ、苦悶の声が溢れ出る。
体が言うことを聞かない。
私はただ落ちていくのみ。
体の感覚がない。
恐らく私の体はあらゆる箇所が崩壊しつつあるのだろう。
駄目だ。
ここで私が倒れれば均衡は一気に崩れる。
阿久聖――カギになるのはやはりヤツだ。
だがヤツは迷っている。
人間とはつくづく非論理的、非合理的な生物だ。
ただ利用することしか考えていない天使に義理立てするなど……。
「ふッ……思えばあの天使も少し変わっているかもな」
それを考えると阿久聖が悩む気持ちも理解できるような気がした。
よし。覚悟を決めるかね。
恐らく今が勝負の分かれ目だ。
出し惜しみは止めるべきなのだ。
超再生によって何とか回復した翼で地面に落下するのを阻止した私がセルリアンの方へと目を向けると、目の前には光の塊が迫っていた。
セルリアンが再度、神術を放ったのだろう。
まったく容赦がない。
が、滅びる訳にはいかない。
出し惜しみして滅びるなんざまっぴら御免だね。
《霊気喰餓》
私の言葉に応えて胸の辺りにぽっかりと漆黒の穴が開く。
そこからから顔を出したのは――黒剣。
鋭い剣先がゆっくりと私の前に出現していく。
私の目には迫る光の塊と、遠くで負の感情とは正反対の感情を発しているセルリアンの姿。決まったとでも思っているのか。
私はその光弾をかわさなかった。
いやかわす必要がなかった。
そして――
光が私を飲み込んだ。
―――
「ハッハァ! 所詮は魔神の力などこんなものよ」
セルリアンの如何にも愉快そうな言葉が空に響く。
「後は人間と下位魔神か。人間側には天使が2体……まずは奴らを片付けるか」
「片づける? お前は何を言っているんだ?」
「なッ! 生きている……だと……? しかも回復している!? 確かに貴様の黒子力は感じられなくなったはず……」
地上を見下ろしていたセルリアンの顔がこちらを向いた。
表情は分からないが、その声色から動揺していることは明らかだ。
「感じられないも何も私はここにいる」
私はそう宣告すると黒剣を目の前でサッと横薙ぎに一閃した。
「まさか……神器か……?」
「ご名答……」
その時、阿久聖の叫びが天を衝いた。
「スカーレットッ! 頼むッ!」
決めたか。
とうとう決断したのか。
私はお前の選択を尊重する。
私はお前の選択を歓迎する。
例え、それが追い詰められた末の選択であったとしても。
「任せろ。力を抜いて全てを受け入れろッ!」
私はそう言葉を返すと、阿久聖を目標に定めると指を鳴らした。
【霊質反転】
力を込めた言葉が意味を為し現象を起こす。
阿久聖の足下には六芒星が描き出されていた。
彼は翡翠色をしたドーム状の結界に包み込まれていく。
霊的なエネルギーを反転させるだけの簡単な作業だ。
これで勝負は決まる。
しかし――
パッキィィィィィィィィィィィィィン!!
突如、結界と六芒星が消滅した。
「何ッ!?」
何が起こった!?
そこへセルリアンの嘲笑が響き渡る。
「流石は魔神、程度が知れるな。そいつの黒子力の強大さを知っているのに魔人化の対策をしていないはずがなかろう?」
絶望が辺りを支配する。
「おいッ! そこの能天使を抑えろッ!」
「チッ……」
思わず舌打ちが口をついて出る。
これではあの天使に神人から人間に戻してもらう必要が出てきた。
それでセルリアンの術式は消滅し、元のフラットな状態に戻るはず。
だが、戦力が足りない。
阿久聖は力を上手く使えず、痛んでいる鬼神にすら敵わない。
ルージュはセルリアンの連れて来た神人と互角の戦いを演じていて余裕はない。
残りは力天使5体。
天使と能天使よりも上位の天使が5体もいる。
あの能天使が阿久聖を助けたのは意外だったが、それでもきつい。
考えれば考える程、彼我の戦力差は明らかだ。
地上の鬼神が動き出す。
「おい。余所見している暇はないぞ、貴様」
私は視線をセルリアンへと戻す。
いくら神器を使っても瞬殺できる程の実力差はない。
最早これまで。
ここは退くべきか。
いくら膨大な黒子力と黒子回路を持ち、更に魂に神器を宿す者をむざむざと死なせるのは痛い。
しかし我々が滅びてまで続行する任務ではない。
だが……だがどうしてここまで私の精神が乱れるのか?
特定の人間と接しすぎたのか?
それとも阿久聖自身に何かあるのか?
「愚かな魔神よ。貴様らの企ては潰えた。貴様も地獄へ帰してやる」
セルリアンの口調には揺るぎない自信が戻って来ていた。
私が阿久聖の下へ向かったとして、セルリアンがそれを許すはずがない。
ヤツの飛翔能力は図抜けている。
私は思わず天を仰いだ。
「スカーレットッ!」
ッ!?
絶叫に近いほどの大音声。
慌てて声の主に目を向ける。
そこには人間に戻りゆく阿久聖がいた。
何が起きた?
あの天使がやったのか?
やってくれたのか?
今、考えることではない。
私は今出来ることを実行するのみ。
【降魔降臨】
再び、阿久聖の足下に六芒星が出現し、更に頭上にも六芒星が描き出される。
上下の六芒星が円柱状のフィールドを形成し、プラズマのような光が荒れ狂う。
「鬼神ッ! モタモタするなッ! 速く殺れッ!」
セルリアンの悲鳴に近い命令が飛ぶ。
阿久聖が魔人化するのがよっぽど嫌なようだ。
「ふん。殺れるものかよ」
さぁ後は目の前の外道天使を倒すのみ。
お前の言葉、そのまま返してやろう。
地獄へ突き落してくれよう。
私は虚空を蹴って動揺の色を隠せないセルリアンへ飛び掛かると、黒剣を振りかぶった。




