第40話 ルージュの戦い
「さて、戦ろうか? 魔神の女」
無我と呼ばれた神人が不敵な笑みを浮かべつつ、あたしの方へ近づいてくる。
そう。まるで散歩にでも向かうかのようにゆっくりと。
ったくコンビニにたむろしてるヤンキーみたいよ。
ガラが悪いったらありゃしないわ。
「あたしには鬼丸ルージュって名前があんのよ。舐めた言い方しないで欲しいわ」
「カッ! 鬼丸ルージュねぇ……名前まで人間気取ってンのかよ。胸糞わりぃな」
「言うわね。あたしは案外、この名前を気に入ってんの。あんたにどうこう言われる筋合いはないわ」
「俺はな……魔神共が人間みたいに振る舞ってるだけでムカついてンだ。元の醜悪なナリに戻れよ。殺すぞ」
「殺す? 面白い冗談ね。1度死んでみたいと思ってたのよ、あたし。でもね……ただの神人なんかがあたしを滅ぼせるなんて思えないわね」
「全く魔神ってぇのはどうしてこうも高慢なンだろうな?」
「あたしから見たらあんたも十分高慢ちきよ。鏡を見なさい」
「カッ! やっぱりアレか? 脆弱な人間如きと舐めてンのか? どうせあの男も所詮は駒の1つだとしか思ってねぇンだろ?」
とんだ捻くれ者だわ、こいつ。
流石のあたしもカチンときたわよ。
お兄ちゃんが駒?
人間だけが高度な感情を持つと思ってるなら思い上がりもいいとこだわ!
「確かに人間は弱いわ。それに人間なんてどうでも良い存在だと考えてる魔神だって多い。でもね。あんたには言われたくないわ。何知ったふうな口を利いてんのよ。人間の方こそあたしたちの何を知ってるって言うの? 舐めてるのはあんたの方じゃないッ!」
「カッ! おーおー言ってろ。テメーが何を言おうが魔神共がやってることは変わんねぇンだよ。人間を見下すゴキブリ以下の存在が……」
「いくら話しても無駄なようね。時間が惜しいからさっさとかかってきなさい」
「ああ、そうだな。俺の名前は夢中無我。お前を滅ぼす人間の名前だ。せいぜい覚えとくンだな」
「ちょっとクスッときちゃったじゃない。少しは面白いことも言えるのね。でもお兄ちゃんに比べればまだまだ聞けたもんじゃないわ」
「カッ! あの男のことか? お兄ちゃんときたもんだ。いい加減にその口を閉じろやッ!」
その言葉を皮切りに夢中無我が突っ込んでくる。
やっとこさ戦いの幕は切って落とされた。
あたしは黒刀を構えると、地面スレスレを高速で飛翔する。
無我が動く気配はない。
長剣を肩に担いで余裕の態度を崩さない。
そのニヤけた表情が近づくにつれ、ルージュは頭が沸騰しそうになる。
ホンット、ムカつくッ!
そのまま迎え討つ気ねッ!
斯くして、あたしたち2人の初撃が激しい衝突を見た。
「ぐううううううううううぅ!」
「うおおおおおおおおおおッ!」
その交わりは文字通り火花を散らし、辺りに嵐の如き衝撃波を放った。
無我に引く気配はなく、一進一退の鍔迫り合いが続く。
もちろん、あたしも引く気なんてない。
どうやら口だけじゃないようね。
ならッ!
あたしの漆黒の翼がはためく。
【黒翼雨滴】
翼が黒い弾丸と化し、超至近距離から無我へと降り注ぐ。
黒い雨を受けなさいな。
引いたところを押し込むッ!
その時、無我の顔がニヤリと歪んだ。
「あめぇッ!」
無我が大喝一声、気を吐いた。
同時にヤツを中心に膨らんだ光子力が弾ける。
まさに突き刺さらんとしていた黒い弾丸は、光の衝撃を受けて消滅した。
「チッ!」
「その程度の魔術が効くものかよッ!」
思わず悪態を着いてしまうあたしに向けて無我の嘲りを含んだ声が響く。
あたしもこれで勝負がつくなんて思ってなんかない。
でもコイツ、思ったよりも――強いッ。
あたしはふっと腰を落として黒刀に込めていた力を抜いた。
急に支えていた力がなくなって前につんのめる無我に、あたしは黒刀を下から払い上げる。狙いは両腕だ。
無我は一歩だけ前へ踏み出すと同時に気を吐いた。
地球を思い切り踏み抜くかのような地鳴りと共に捻られた体があたしへと迫る。振り上げた黒刀が当たる前にその体当たりはあたしを多きく吹っ飛ばした。
こいつ喧嘩慣れしてるッ……。
吹っ飛ばされたあたしは、空中でピタリと静止すると左手から黒子力弾を連発する。次々と着弾し、爆発、または炸裂して周囲は轟音に包まれた。
辺りは土煙や黒粒子が舞い、破壊されてできた石礫が飛び交っている。
流石に黒子力弾程度で倒せるとは思っていない。
視界が利かない状況でどう出る?
そう考えながらも止めることなく黒子力弾を打ち続ける。
が、反応がない。
不意打ちを警戒してあたしは無我から距離を取ろうと浮かびかける。
そこへ、もの凄い速度で飛び出す影。
その動きは最早、電光石火。
さながら、一条の槍のような刺突があたしの胸に迫る。
まるで見計らっていたかのようなタイミング。
あたしの体は図らずも硬直する。
互角の戦いにおいて、その一瞬の逡巡が命取りだ。
何とか硬直から脱するも、長剣の突きが左肩へと突き刺さる。
そして更なる無我の言葉があたしの耳に入る。
神術だ。
【光纒打通】
光子力の乗った強烈な一撃が来る。
アレを喰らうのはマズい。
直感がそう告げるのをあたしは無条件で聞き入れた。
肉が裂ける嫌な音を残して左肩が抉れる。
無理に体を捩っているのだから仕方がない。
多重の防御フィールドをぶち抜いて迫り来る無我の拳を間一髪でかわし切ったあたしは、反撃とばかりに魔術を行使した。
黒刀で無我の防御フィールドを斬り裂いて、その本体に直接痛撃を与えるッ!
あたしの掌底が無我の脇腹へ触れた瞬間。
【滅理崩哭】
それは起こった。
まるで闇が光を浸蝕していくように無我の体が黒い塵へと変わっていく。
「舐めた真似をッ!」
無我が怒りの籠った声で吠える。
ふんッざまぁミソラシド!
一気に片を付けるッ!
あたしが有りったけの力を乗せた黒刀が無我へと振り下ろされる。
あたしの決意を敏感にも感じ取ったのか、無我はその場に踏みとどまって長剣で迫り来る黒刀を受け止めた。
【霊黒封圧】
その瞬間、無我の持つ長剣が神々しいばかりの光を放った。
単に光子力を籠めるだけではない強力な力が長剣に宿る。
パキィィィィィィィィィィィン!
澄んだ音を残してあたしの黒刀が粉々に崩壊した。
「んなッ!?」
動揺するあたしに更なる追撃の手が迫る。
無我の刺突があたしの胴体を貫通した。
「痛ぅ……」
口から情けない呻き声が漏れたことにあたしは屈辱を感じていた。
だがこいつは口だけなんかじゃない。
その攻撃は音速の域まで達している。
となれば――
あたしは上空へと舞いあがり、一気に高度を上げた。
魔術で勝負ッ!
無我が空を蹴りながらこちらへ向かってくるが――遅い。
【地獄の第三層におわす偉大なる魔神よ。黒衣の宰相よ。未だ封じられし御身の嘆きを! 哀しみを! その慟哭を全て吐きだせッ! 敵なる存在に怨嗟の懲罰を! 氷獄呪怨!】
地獄に封じられたままの最古の魔神が一柱。
その慟哭の声を聞いて死ぬがいいわッ!
無我を中心として黒粒子が発生し、闇の氷の結晶が集まっていく。
まるでクリスタルのように形成されたそれは瞬時にしてヤツをその中に閉じ込めた。
澄んだクリスタルの中で無我が苦悶の表情をしているのが見て取れる。
確実にダメージは入っているみたい。
効果は抜群だけど――ここでもういっちょ!
【おお、宇宙にあまねく黒粒子よ。今こそその力を結集する刻来たれり! 絶対神を弑逆したる……】
無我を覆っていたクリスタルがピシリと音を立てたかと思うと、ガラスを引っ掻いたかのような響きを残して割れて砕ける。
いけるッ!
完成まであと少し!
【傲岸不遜――神の存在を許すなッ! 星をも砕く漆黒の奔流をばら撒け! 漆黒怒涛!】
漆黒の奔流がクリスタルから抜け出したばかりの無我を直撃した。
憤怒と屈辱に歪んだ形相。
ああッ何て良い表情をするのかしらッ!
あたしの中に極上の感情が流れ込んでくる。
その大いなる力は大地に大きな穴を穿つと真上に向かってその力を解放した。
轟音――それが治まったあとには巨大な奈落が残るのみ。
流石にこれは効いたでしょうよ。
あたしは無我の光子力を探り始めた。
その時、お兄ちゃんの大声が耳をついた。
そしてそれに応えるのはスカーレット様の魔術。
「スカーレットッ! 頼むッ!」
【霊質反転】
お兄ちゃん……とうとう決断したのね。
あのあざとい天使の顔が脳裏を過るが気にすることなんてない。
神器を取りだせさえすれば後は野となれ山となれ――そんな外道な天使共のことなんか気にしてやるもんか。
これで――これで形勢は逆転するはず。
しかし。
あたしの思いとは裏腹に、スカーレット様の魔術は呆気なく消滅した。
耳に届いたのは澄んだ音の残響。
何が起こったッ!?
あたしの注意が逸れる。
あたしが混乱していると、近くで唐突に感じる強大な光子力。
「なッ!?」
あたしの目の前にはいつの間にか無我が迫っていた。
ちょっと目を離した隙にここまで?
一条の光のように輝く長剣による刺突。
その姿は長剣と一体化したかのような錯覚さえ抱かせる。
喰らうのはマズい!
軽々とあたしの防御フィールドを貫通してくるなんてコイツ……一体どいつの眷属なのよッ!?
あたしはファイト一発、気合を込めて防御フィールドに力を流す。
少しでも回避する時間を稼ぐッ!
よくて0コンマ何秒と言ったところか。
崩壊するフィールド。
迫る光の刃。
胸を反らせるあたし。
スレスレのところを通り過ぎる流星の如き一撃。
かわし切った。
いや、完全にはかわせなかったのか、力の余波があたしの服を、そして胸部を焼き焦がし斬り傷をつける。
でもこの程度の傷なら超回復で何とかなる。
無我はあたしとすれ違った後、上空でピタリと静止したままこちらを見下ろしていた。
「カッ! 運だけは良いみたいだな。このゴキブリ女」
「はッ! あんたのその笑い方、止めてくれない? いちいち癇に障るわ」
あたしの正直な感想は何故だか逆鱗に触れたらしい。
遠目にも表情が歪むのが分かる。
気にしてたのかな?
「テメェは殺すッ!」
「上等ねッ! やれるもんならやってみなさいよッ!」
虚空を蹴ってあたしへと迫る無我。
馬鹿の1つ覚えもいいとこだわ。
あたしは再び、黒刀を創り出す。
長剣が上段から振り下ろされるが、その攻撃を受け流しつつもあたしはどんどん斬り込んでいく。
攻撃は最大の防御なり!
そう人間の誰かが言ってたってね。
「力押ししか能のない神人ね? 少しは頭を使わないと脳みそが壊死して死んじゃうわよ?」
「黙れよクソッタレッ!」
再び、あたしの黒刀と無我の長剣が交わる。
10合、20合とお互いの斬撃をぶつけ合う。
さながら刀と剣の乱舞ってとこね。
無限に続くかと思われた戦いだけど、いつまでもこうしてはいられない。
早いとこお兄ちゃんの助太刀に行かないと……。
そうは言っても余裕はない。
ま、最初に比べたらこうして考えていられるだけマシかもね。
それでも気になるのは悲しい性。
あたしはチラチラとお兄ちゃんの方へ目をやって様子を窺う。
そこであたしが目にした光景、それはあの天使――神崎セピアがお兄ちゃんに寄り添うところだった。
――近づく距離、近づく唇。
んなああああああッ!?
「スカーレットッ!」
そして響く力ある言葉はスカーレット様のもの。
【降魔降臨】
ゾワリ――
お兄ちゃんを中心に広がるのは――あまりにも強大な黒子力。
まさかこれ程!?
強大なんてチャチなもんじゃない。
こんなの言葉では言い表せない。
「余所見かよッ! いい度胸してんなッ!」
無我の苛立ちの混じった声にあたしは我に返り、何とかその剣撃を受け流した。
やばかった。
落ち着け落ち着け落ち着け。
でも――
これで目の前の戦いに集中できる。
魔人化したお兄ちゃんに負けはなくなった。
あのアバズレ天使のことは気にしない……。
今だけだけは。
この神人をあたしは倒すッ!




