第28話 久々にまったりしてみたけど、これはこれでアリかも知れない
今日は昨日とは打って変わって快晴だ。
俺は部屋の窓を全開にして思いっきり外の空気を入れる。
昨夜の鬱屈した空気を部屋から追い出したかったのかも知れない。
緑の風が暖かい空気を運んでくる。
今日は日曜日なので会社へ行こうと思っていたのだが、何となく行く気になれなくて、昨日に引き続きお休みにする事にした。
いや、日曜日なので出勤ってのも変な言い方だが……。
最近、何故か業務に余裕が出てきているので別にいいだろう。
しかし今まで仕事にのみ打ち込んできたのだ。
打ち込んできたと言うより、仕事で全ての精神力を使い果たして、何も出来なくなっていたと言った方が正確かもな。
急に休みに何かしろと言われてもすることがないのは仕方ないと思う。
朝食は、ルージュが軽く作ってくれたものを食べた。
魔神であるルージュには複雑な思いもあったが、彼女はセピアにも俺にも手出しはしていない。それどころか世話になっていると言っても良いくらいだ。
魔神にも派閥がある。
ルージュの上位魔神がスカーレットで、更に上位の魔神が昨日のローシェンナであると言う。以前、スカーレットも言っていたことだ。
ローシェンナは最上級魔神の1人でセピアを傷つけたバーガンディーと同格の魔神だと言うことだ。
バーガンディーが俺を襲った理由は、間違いなく黒の心臓であるようだ。鬼と同じように魔神もそれを喰うことで自分の力を高めることができるらしい。
鬼は邪魔をするなら人間だけでなく、天使だろうが魔神だろうが関係なく襲ってくると言うことなので、どうせ狙われるなら強い力を扱える魔人になった方がいいと言える。
しかし俺はとても魔人になる心境にはなれなかった。
目の前で魔神にセピアが殺されかけたのだ。
そんな辛気臭い顔をしている俺に気をつかってくれたのだろう。
ルージュがだらけている俺の下にやってくると、明るい口調で言った。
「お兄ちゃん、気晴らしにどこかに行こうよ」
「自慢じゃないが、遊びに着ていく服がない」
「なにそれ? 部屋着とかはあるじゃない。適当にジャケットとか着ていけばいいよ。前に着てた服もあるでしょ?」
ルージュはそう言うとクローゼットを勢いよく開けると、中を覗き込んだ。
スーツと部屋着しかないんだよなぁ……。
以前、ヴィオレさんに会いに行った時の服もあるにはあるが、気合が入らないんだよな。分かるだろ? スーツだと何かビシッと気が引き締まるんだよ。
朝のダウナーな気分と倦怠感を払拭して会社へと赴くためには必要な装備だ。
「俺の服はスーツだけだ」
彼女はかかっているのがスーツばかりという事実に驚いているようで、目を大きく見開いている。箪笥の引き出しも開けてみているようだが、ジャージやパーカーなど、いつも部屋で着ているような服ばかりで顔をしかめていた。
「じゃあスーツでいいじゃん」
ルージュのその言葉で何故か俺はスーツを着る破目になった。
ワイシャツを着てスーツに手を通す。
そして極め付けはネクタイだ。
これがないと締まらない。
ルージュはいつも通りライトな服装をしている。
今日は黒のスキニーに青色のパーカーを着ている。
パーカーを見ると橘刹那を思い出すな。
いつもフードを目深にかぶり口元しか見えない。
昨日の戦いで顔は見たが、まだまだ謎の多い人物だ。
「じゃあ、どこ行こっか? ゲーセンとか行ってみたいかも?」
「お前の知識ってどこからきてんだよ……。じゃあ近場のゲーセンでも行くか」
「わーい。デートだデートだ」
はしゃぐルージュを駅の近くにある大きな建物に連れて行く。
ここは駅近辺にしては大きなゲーセンだ。
まだ、昼前だと言うのに、スーツ姿の男性から学生服を着た少年たちまで、多くの人の姿が見える。お前ら真昼間から暇すぎだろと思いつつも、今日が日曜日であることを思い出す。
「ゲーセンって結構、人がいるのな。もう廃れてると思ってたわ」
「そうなの? 皆、楽しそうにしてんじゃん」
「俺が学生の頃だな。ゲーセン全盛期は。タバコくさい中で不健康そうな人間共がいっぱいいた記憶があるわ」
「人間共って。ふっふっふ、お兄ちゃんも魔人色に染まってきたわね」
何故か嬉しそうなルージュ。
「そんなもんかね」
「お兄ちゃんは形から入るタイプなのね?」
「ほっとけ」
「あー、あれって何? 面白そう」
ルージュは奥の方にある筐体を指差しながら言った。
そこにあったのはリズムをとって太鼓を叩くゲームだ。
もちろん、リズム感が皆無な俺の苦手分野である。
今は学生っぽい青年が情熱的にバチを振るっている。
「あれなー。太鼓叩くやつな。俺はやんないぞ?」
「見ててくれればいいよ」
「まぁ俺はロム専だからな。ゲームもネットも」
「ああ、半年ロムってろ! ってやつね」
なんで知ってんだよ……。
ホントにこいつの知識の源泉はどこなんだ?
その青年のプレイをしばらく眺めた後、ルージュが実際にプレイしてみることになった。お金を入れて準備を整えるルージュ。
「そういや、今更だけどお金どうしてるん?」
「野暮なことは聞かない!」
こいつ錬金してんのか……?って、それどこのハイスコアガールだよ。
その後、ルージュがひたすら太鼓を叩く姿を見守った。
彼女はハマったようで何度もプレイしている。
でも人間界の音楽とかも知ってんのかな。
結構上手なことに若干驚きつつ、俺はキョロキョロと辺りを見渡す。
駅の近くにゲーセンがあることは知っていたが、入ったのは初めてなのだ。
ロム専でも、どんなゲームがあるのかくらいは興味がある。
店内をうろつきながら、プレイヤーの背後にそっと立つムーブをかましていると、プレイを終えたルージュがやってくる。
「あ、いたいた。何か2人でできるやつやろうよ」
「あー。別にいいけど、俺はあんまりうまくないぞ?」
「あたしも初めてなんだから大丈夫よ」
「んじゃ、パズルゲームでもするか? ほらあれ」
「んー。よく分かんないけどやってみるかな」
ゲームなんて小中高生の頃にしかやったことのない俺にしてみれば、パズルゲームだろうがなんだろうが同じようなものだろう。
お金を入れて対戦モードを選択すると、ルージュと肩を合わせて筐体に向かう。
操作レバーとボタンに手をかけてゲームが開始されるのを待った。
このゲームは、ふよふよ玉と呼ばれるものを縦か横に4つ並べたらそれが消えて相手にダメージを与える仕様になっている。上手く連続で消して、連鎖がつながったら相手に与えるダメージも大きくなる。俺は頭の中で緻密にパズルを組み上げていくタイプではない。直感で積んでいくタイプだ。
つまり弱い。
ゲームが開始されると、昔の記憶を頼りにふよふよ玉を組んでいく。
この方法なら4連鎖くらいはいくはずなのだ。
俺がえっちらおっちらと何とかパズルを組み立てていると、隣でルージュが体を左右に動かしながら必死に操作していた。
あ、こいつ、ゲームの時、体が動くヤツや。
俺が確実な連鎖を目指してゆっくり操作していると、連鎖の時の掛け声が筐体から聞こえてきた。
ふッ、ルージュは初心者だからすぐに消しちゃったか?
多少のダメージが入るけど、即死にはならんな。
俺はニヤけながらルージュ側の画面をチラ見する。その間にもキャラクターのボイスが連鎖を伝えていく。
『おいッ!』
『アイヤー!』
『アイスクリーム!』
『ダイヤプリチー!』
『クロヨンダム!』
『ぽんぽこぴー!』
『だっよねーん!』
『だっよねーん!』
『だっよねーん!』
『だっよねーん!』
すぐに止まると思われたキャラクターボイスは延々と止むことなく続いていく。
俺の顔が絶望に染まった。
「じ、10連鎖だと……?」
もちろん10連鎖も喰らえば、相手側に大量のお邪魔玉が落ちてきて即死だ。
連鎖の途中でこちらの連鎖を開始すればある程度のダメージを相殺できるのだが、呆気に取られた俺は為す術もなくやられてしまった。
「やたーーー! コレ、あたしの勝ちでしょ?」
無邪気に喜ぶルージュに俺はぐうの音も出ない。
が、しょうもないプライドが顔を覗かせた俺は何とか彼女に言い返す。
まさに震え声ってヤツだ。
「ま、まだ2回戦があるし」
我ながらまったくもって大人げない強がりである。
2戦先勝で勝ちなので確かにまだ勝負はついていないのだが、自分で言ってて情けな過ぎんだろ。
そして2回戦がすぐに始まった。
隣の画面をチラ見しながら自分のふよ玉を組んでいく。
しかし速い!
どうやらルージュは閃き型のようだ。
焦った俺は、少ない連鎖でチクチクダメージを与えていく戦法に討って出た。
とりあえず3連鎖喰らえや!
『おいッ!』
『アイヤー!』
『アイスクリーム!』
ルージュ側の画面にお邪魔玉が落ちてきて組んでいたパズルに邪魔が入る。
「あーーーー! 初心者なのに容赦なし? 汚い。さすがお兄ちゃん汚い。」
「言ってろ!」
そう叫ぶと、再びイチから連鎖を組み始める。
またまた3連鎖くらいで攻撃だ。
自分の方にだけ集中し、必死になって落ちてくるふよ玉を操作する。
その後は2人共、2連鎖や3連鎖で攻撃し合うがどちらも決定打にはならない。
彼女は俺の攻撃にもう対応し始めていたのだ。
こいつ……センスの塊か!?
どうやら生まれてくる場所を間違えたようだな……。
俺がそんなことを考えていると、またまたキャラクターボイスが発せられた。
俺の連鎖はまだ完成していない。
ルージュの攻撃だ。
『おいッ!』
『アイヤー!』
『アイスクリーム!』
『ダイヤプリチー!』
『クロヨンダム!』
『ぽんぽこぴー!』
『だっよねーん!』
『だっよねーん!』
『だっよねーん!』
『だっよねーん!』
『だっよねーん!』
『だっよねーん!』
『だっよねーん!』
『だっよねーん!』
俺にはそのボイスが永遠にも感じられた。
「じ、14連鎖……」
既視感――
もちろん即死である。
「はい。あたしの勝ちー」
ルージュは勝ち誇った顔で俺の方に向け、勝利を宣言する。
くそう。とびっきりの笑顔なんだわ……。
「勝ったのに何もないって言うのもアレね……。そうだ! 次もあたしが勝ったらお兄ちゃんが魔人になるってーのはどうかな?」
「なってたまるか!」
何が悲しゅーて人間辞めねばならんのだ。
つっても神人になった時点で人間辞めてるんだけどな。
「せいぜい、昼飯おごってやるくらいだろ」
「ふーん。仕方ないわね。じゃあそれで我慢してあげる」
「俺が勝ったらどうするんだよ」
「あたしが負ける要素は見当たらないけど、一生お兄ちゃんの面倒を見てあげるわッ!」
「それ罰ゲームやんけ」
「ひ、ひどい……!?」
困惑の表情を浮かべるルージュ。ちょっと意地悪し過ぎたか。
「嘘だよ嘘。んー。じゃあ、セピアともっと仲良くしてやってくれよ」
「もしもーし? あたしたちは仇敵同士だってこと理解してりゅ?」
「分かってるさ。俺だっていつまでもこんなことが続くとは思ってない。だから俺が死ぬまでだけでも頼むよ」
俺も連日、鬼から狙われる身で長生きできるとは思っていない。
鬼の中でも弱い部類に入る虚無や般若ですら苦戦するのが俺の実力だ。今は何とか生き残っているが、この幸運がいつまでも続くとはとても思えない。しかもこれからも鬼だけでなく、魔神からも狙われる可能性も否定できない。今の俺はセピアとルージュに甘えっぱなしの状況なんだ。
ルージュには悪いが、恐らく俺はセピアに惹かれているのだ。
どこか儚げな彼女に少しでも心許せる存在ができればいいと思っている。
例えそれが敵であったとしても。
その声色から俺の本気を感じ取ったのか、ルージュはわざとらしいため息をつくと言った。
「わーったわよ。でも勘違いしないでよね。お兄ちゃんはあたしが護るんだから」
死なせないってことか。
俺は少し目頭が熱くなってしまい、俯いてしまった。
魔神は決して悪たる存在ではないのだ。
「助かる」
そんなシリアスな空気の中、再びゲームが開始される。
結果は、言わずもがな。
俺は1度も勝てず、勝負はルージュの圧勝に終わった。
そしてお昼は近くの定食屋でかつカレーとラーメンをおごらされたのであった。
無論、どちらも大盛である。




